それを表すとするならば、友達って感じじゃない |
焼けたな――と海辺を眺めながら少年がポツリと呟く。 呟いた少年の肌はうっすらと焼けてはいるが、その肌の色からは本来の肌の色の白さが窺える。 真夏の太陽がまぶしい。 少年は左手で庇を作ると、その睫毛を眩しげに2、3度瞬かせた。 その赤い唇に浮かぶのは、微笑。 彼の視線の先には海辺には、5人の少年のはしゃぐ姿があった。 「あーもう、駄目!オレギブアップ!進藤ちゃん達ったら元気すぎだよ!」 「なんだよ、立松体力ねぇなー。そんなんで本番行けンのかぁ?」 「オレ、おじいちゃんだからなぁ」 「最年長は高原さんですけどね!」 「………」 「アッ、そんなに睨まないで下さいよ……!」 そんな風に自分をからかう仲間に軽口を返しながら、立松は海から上がった。 水滴が身体を滑り落ち、白い砂浜に吸い込まれていく。 ジリジリと太陽が肌を焦がすのを感じると、立松は夏の海に奪われた体力を回復するかのように砂浜に寝転んだ。 立松の表情はぐったりとした全身とは裏腹に生き生きとしている。 「あー、砂浜ってなんでこんなにアチイんだろ!でも気持ちいー……」 そんな独り言を呟きながら、立松は首にかけていたゴーグルを手近な場所に放り投げる。 「あー……喉渇いた。でも海の家まで遠いなぁ……」 立松は相変わらず砂浜に寝転んだままそう呟くと、ぐってりと両腕から力を抜く。 「そんなこと言ってると、脱水症状を起こすぞ」 「へ!?」 不意にかけられた声に、立松は驚いたように視線を彷徨わせた。 グイと顎を逸らせて浜を仰ぐと、思わず立松の瞳が見開かれる。 目に飛び込んできたのは視界は逆様になっているが、それは紛れも無い懐かしい友人の顔。 「よ、憲男。こんな所でも有名人だな。さっきの溺れた少年が美女だったら、もっと絵になっただろう……なんていったら彼に失礼か」 そう言いながら、立松に近づいてきた少年は立ったまま立松を見下ろし、にっこりと微笑んだ。 「……もしかしてちゃん?ちゃんじゃないの?!」 「もしかしなくてもオレだよ」 そう言うと、は立松の隣に腰を下ろしてその額に汗をかいたスポーツドリンクを押し付けた。 ツ、と水滴が感を滑り、立松の額を濡らす。 「ちべてー!」 立松はそれでも嬉しそうに缶を受け取ると、ゆっくりと上半身を起こした。 「サンキュ、ちゃん!」 「welcome」 そう言いながらも自分のドリンクのプルトップを引き上げると、プシュ、という涼しげな音と共に冷たい湯気が立ち上った。 「……んでさ、質問なんだけど」 「ん、何?」 立松はグイと缶を煽ると、に向き直る。 「何でちゃんがこんな所にいるわけ?」 「オレ?」 立松の探るような悪戯っぽい瞳に、は苦笑を浮かべて立松の瞳を見つめた。 「当ててみなよ」 「え?んー……あ、そうだ、田中と同じで夏期講習の集中講義!……なわけないよな、ちゃんに限って」 「うん、違うよ」 立松はうーんと唸りながら汗をかいた缶を砂浜に置いた。 「じゃあ海の家でアルバイト!……なわけも無いよなぁ」 「うん、違うね」 の返事に、立松は一層盛大に考えています、といった表情を作ってワザとらしく顎を掴んだ。 「じゃあいっそのこと可愛い子ナンパしに来たとか!?」 「あ、正解」 「マジでー!?」 そう言って立松が驚いたように目を見開くと、はおかしそうにその口元を緩めた。 「っく……ははは!」 「アッ……ちゃん、騙したのー?!」 立松の大袈裟な口調に、こらえきれなくなったが笑い声を立てる。 そんなの笑い顔を見て、立松は目一杯哀しそうな顔を作っていじけたような仕草を始めた。 「はは、悪かったって。そんなに拗ねるなよ。……なんだ、オレがナンパってそんなに変か?」 「変……うーんそうだなぁ、変かっていわれると、別に変ではないけどさぁ。やっぱりオレの中ではちゃんとナンパって結びつかないわけよ」 そう言って立松は温くなりかけたスポーツドリンクを口に運んだ。 「ちゃんってさぁ、成績優秀で、運動神経も抜群で、性格だって悪くないし、おまけに男のオレから見てもイイオトコじゃん?」 「褒めてもこれ以上差し入れは出ないぞ?」 「なんだ、褒め損か」 「損まで言うか」 いいけど、といってが笑う。 「で、さ。そんなちゃんなのに、今まで一度も彼女とかの噂聞いた事無いじゃん?オレ、密かにちゃんはホモなんじゃないかとか思っちゃってたんだよね」 怒らないでね?と疑問系で付け足しておいて、立松は風で舞い落ちた前髪を軽くかき上がる。 そんな仕草を見て、は苦笑を返した。 「そうか、憲男の中でオレはそんな存在だったのか」 「ちょっとちょっと!勿論それだけじゃないよ?」 立松はそう言うと放り投げたゴーグルを拾い上げ、熱の為に僅かに曇った部分を軽く擦った。 「んで、ホントは何しに来たの?」 「憲男に会いに来た」 「またまたちゃんたらそんなこ……」 「これは本当だよ」 「………」 そういって、はぼんやりと残りのメンバーのハシャぐ海に視線を這わせた。 ザン、と白い砂浜に波が押し寄せる。 貝殻が1つ、波打ち際に打ち上げられた。 「お前はさ……前の学校では絶対に人に心を開こうとしなかったよな。表面上では笑顔で馬鹿やっても、絶対に本心を見せようとしなかった。お前の中に、友達ってのはいなかっただろう」 カラン、と缶が倒れた。 僅かになった残りの液体が流れ出し、ジワリと砂浜へと染み込む。 「だから心配だったんだ、上手くやれてるか。でも、心配なかったみたいだな」 「……」 「やっと心を許せる友達が出来たみたいだから」 栗色の髪が風に舞って、頬にまとわりつく。 はその髪を軽く抑えると、綺麗に笑った。 立松は僅かに頬を染めると、軽く唸りながら照れたように髪をかきあげる。 「あーそれ、ちょっと違うかも」 「違う?」 「うん。そうだなぁ……俺たちの関係を表すとしたら、それってやっぱり友情とか友達って感じじゃないんだよね」 そう言うと、立松は神妙そうな顔つきで4人に視線を送った。 「強いてあげるなら……うん、そう――『仲間』ってやつ?」 「……やだなぁ、ソレ、ノロケ?」 「ちょっと、なに言ってるの、ちゃぁん!」 立松は心底嫌そうな顔で舌を突き出す。 は声を立てて笑うと、悪戯っぽい視線を立松に送った。 立松はそんなに心外そう眼で抗議を送る。 「それにね、ちゃん。もイッコ訂正させて貰うからね。ちゃんはオレに前の学校でオレが誰にも心を開いてないって言ってたけどさ、オレちゃんにはしっかり心を開いてたつもりなんですけど?」 そう言いながらジロリ、と立松がに視線を送ると、はまるで面食らったような表情でポカンと口を開けた。 「……それは、オレの事を友達って思ってくれてたって事?」 「ま、それだけでもないけどね」 立松はそういうと、しれっとした顔で青空に顔を向けた。 「それだけでもないってどういう……」 「まーまーちゃん!イイオトコには少しばかり秘密があるものなのだよ」 そういうと、立松は青空をバックに快活な笑みを浮かべた。 「ね、折角だからさ、ちゃんも泳いできなよ!皆の事紹介するから!」 「あ、ちょっと……憲男!」 そう言うと立松は勢い良く立ち上がっての眼前に手を差し伸べる。 「オレ、ちゃんがいたから転校に踏み切れたし、ちゃんがいたから転校するの迷ったんだぜ」 「憲男……」 「だから、オレはどこに行ってもに心を開いてるから」 この感情を表すなら、友達って感じじゃない。 それじゃあ何かと聞かれたら、それはそれで困るだろう。 それでも、今はこの関係が心地よくて。 真夏の太陽のした、もう少し今の気持ちを味わっていよう。 あとがき ついにやっちゃった、ウォーターボーイズドリーム……。 しかも立松君夢ですよ。 まぁ、書くなら立松君か高原君か田中君の3Tトリオの内の誰かにとは決めていましたが(笑)。 日記にスランプとか書いておきながら、連載も書かずに水泳少年か(笑)。 でも今日のOA見てどーしても書きたくなってしまったのだよ。 一応短編でも良いように書いたけれど、気が乗れば(話は考えてあるけれど)続編登場で田中君とか高原君との関係も明らかになる……かも? まぁ、あまり反応が良くないようであれば書きませんが(死)。 というわけで、感想どしどしお待ちしています。 朝比奈歩 |
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