赤頭巾ちゃんの大冒険?

「はぁ〜〜〜?!いったいどういうこと?!」
今日も今日とて王城高校アメリカンフットボール部のクラブハウスから、アメフト部……いや、王城高校きっての問題児兼アイドル兼マスコットキャラクターのの、ハァハァ三兄弟も真っ青な叫び声が木霊した。
既に中学時代から慣れっこになっている部員達は『またか……』などと人事のように(実際人事なのだから当たり前だが)遠巻きに彼……を見ていた。
は怒りで顔を真っ赤にしながら、チームメイトの進にジリジリと詰め寄った。
対する進は全く恐れることなくの真っ赤な顔を見下ろしている。
「決まってしまったものは仕方が無いだろう。諦めろ」
彼の表情には困惑だの、同情だのという感情は0.01%も見られない。
完璧なポーカーフェイスだ。
「学園祭の恒例行事で毎年の事だろう。何がそんなに嫌だというのだ、演劇の」
「俺の役がだよ!」
はその形の良い眉毛をキリキリと吊り上げながら、進から受け取った台本を机にたたきつけた。
「よりによってなんで俺が主人公で!女の子の役なんだよ!!うちにはれっきとした女の子のマネージャーがいるんだから、彼女が主人公でいいじゃないか!!」
そう言うと、はその腕を大儀そうに組んで、進の瞳を挑戦的に睨み付けた。
「出来るはずが無いだろう。今回の劇の演目の『赤頭巾』は狼に……その……」
「うん、狼に襲われちゃうからねー。劇とはいえ、一応ね」
一瞬続きが口に出来ないとばかりに口ごもった進に、桜庭が助け舟を出す。
「ってことは俺は男に襲われるのか!?」
「ばっはっは!まぁ決まっちまったものはしょうがないだろう!いい加減腹くくれや、な」
不意に横から大田原のデリカシーの無い台詞が聞こえ、はその大きな瞳を最大限に細めながら大田原を睨みつけると、そのまま報復とばかりに彼の脛を蹴り上げた。
大田原は2秒ほど経った後にやっと「うおっ!」っという悲痛な叫びを上げたが、進はこの際その声を無視する事にした。
「陰謀だ!人が委員会で部活に遅刻した時に人をスケープゴートにするなんて!だいたい、何で俺なんだ!」
の叫びに、部員一同は『お前が部内で一番かわいいからだよ!』と頭に思い浮かべたが、殊勝にもその口を開く事が無かった……一人を除いて。
「ばっはっは!そりゃお前、お前がかわいいからだろうが!」
いつの間に復活したのか、大田原が大口を開けての肩を叩きながら禁句を口走る。
次の瞬間、ドゴォ!っと骨の一本や二本折れたんじゃないか?という轟音を響かせながらのハイキックが綺麗に大田原の額にクリーンヒットすると、大田原は再びその巨体をクラブハウス内に横たえた。
桜庭はその巨体の下敷きにならないように密かにその場から離れると、やはり大田原のうめき声は都合よく耳から追い出すことにした。
「だいたい演技は桜庭のテリトリーだろ?!お前が主役やるべきじゃないのか!」
は未だに怒り冷めやらぬといった風に桜庭に詰め寄る。
「桜庭君には狼役をやって貰う事になっているよ。知っているかい?演技というのは主人公よりも悪役の方が演じる事が難しいんだよ?」
的にはズバリといい所をついたつもりだった提案だが、その提案は知将高見によって敢無くキッパリサッパリ却下された。
「ぐっ……!」
はその頬をまるでハムスターか!というほど最大限に膨らませ、自分の怒りをアピールするが、周りにはその光景は『微笑ましい』というようにしか見えていない事実を本人だけは気がつかない。
「……じゃあ、進は?!進は何かやるの?!」
突如、はそういって高見の手から台本を奪うと、配役に目を走らせた。
その瞳は何とかして進をも仲間に引き入れてやろうという心がしっかりと表れている。
「どうせ何の役もやらないつもりなんだろ!そんな事は俺が許さな……」
「俺は……一応猟師の役を……やることに決まっている」
の言葉に、進は視線を横にずらしながら照れたようにぶっきらぼうに言う。
「……へ?」
「その……不公平だろう。お前は勝手に役を決められていたのに、俺が何もしないのでは」
そう言うと、進は険しく寄せていた眉根を更に寄せて腕を組んだ。
本人は勤めて平常を装っているつもりなのだろうが、その行動は彼がこの上なく照れているのが丸解りである。
この時点で彼の演技力の底が見えよう。
だが、本来こんな企画に演技力など必要のないことは進以外の誰もが解っているので、そんな事はたいした問題ではなかった。
要するに面白ければいいのだ。
あの進が演技をする!というだけで面白いし、桜庭が出演する!というだけで女子生徒があつまり、が女装する!というだけで男子生徒が集まるだろう。
ついでに自分たちの欲望(……の女装が見たい!)も満たしてしまえばそれでオールオーケー。
チケット一枚を500円と計算するとして……高見の脳内で数字が踊った。
――……打ち上げは盛大に出来るね。
そしてあわよくば新しいPCソフトを購入できるかもしれない。
高見がほくそ笑んでいる隣で、は進の友情に感動の涙……は流してはいなかったが、いつものように進の腕に抱きついて喜びを身体中で表していた。
「あーもうだから進好き〜〜!」
「……っ!」
「あ!俺だって出演するのに!」
「春人は演技するのなんて慣れっこだから、平気でしょ!」
まんまと高見の策略にはまっているとも知らず、3人は無邪気にじゃれあっていた。
「彼だけなんだよね……君がいないときに役を決めるのは、君がかわいそうだといったのは」
そして高見の呟きは、の耳に入る事は無かった。



そして、当日――。
高見の策略……もとい、知略は功を奏し、初日から満員御礼という快挙を成し遂げた。
ちなみに最前列は闇取引で正規の値段の10倍の値段が付いている。
このダフ行為に高見が暗躍していたというのは、有名な話……かもしれない。
さて、そのころの舞台では、スポットライトが真っ赤なエプロンドレス姿のを煌々と照らし出していた。

「……赤頭巾や、赤頭巾、えーと、なんだ?おばあさんの所にワインとパンを届けてくれないかい?……って、これっぽっちで足りるのか?ばあさんは?」
なぜか母親役をやらされている大田原が台本以外の台詞を織り交ぜながら、セットの上に書かれたカンペを読み上げました。
観客はお母さん(大田原)の女装に大受けです。
「……ふぅ、おばあさんの所にこれを届ければいいんだよね?」
そう言って赤頭巾は明らかに顔を引きつらせながらそれでも一応愛想よく答えます。
どうやら観客の半数がこの笑顔でノツクアウトされたようです。
「そうだ、えーとな、森にはオオカミが出るから、気をつけて騙されないように注意するんだぞ?……まぁ襲われなきゃ話にならんのだけどなぁ」
そう言いながらお母さん(大田原)は満面の笑みで赤頭巾()に籠を差し出しました。
はっきり言ってお母さん(大田原)の言う通りですが、それを言っては元も子もありません。
しかし、この際そんな細かい事は無視をすることに観客一同は決めた模様でした。
「(……あのなぁ!)わ、わかったから!それじゃあ行ってきます!」
どうやら赤頭巾()はこれ以上お母さんの姿を凝視する事に耐え切れなかったようです。
赤頭巾()はそう言って籠を受け取る、と引きつり笑いを浮かべながら外に飛び出しました。
「ええと……森の中はオオカミが出るんだよな――じゃなくて……のね?怖い……」
なんだか少しずつ赤頭巾になり切ってきているがそう言って、両手で顔を押えました。
確かに森の中は暗くて不気味でなんとなく何か出そうな雰囲気ではありますが、はっきりいってさっきの母親より怖いものなどまず有りません。
むしろ、オオカミよりも強烈でしょう。
しかし、それはこれ、これはこれという事で、赤頭巾()は怯えながら森の中を彷徨いました。
そして話は都合上急展開を見せ――王城ホワイトナイツのランニングバックの30ヤード走4.6秒の足が功を奏し――、赤頭巾()はやっと見慣れたおばあさん(高見)の家を発見しました。
「あーよかった!どうやら無事に着いたようだな!」
赤頭巾()は笑顔でそう言うと、おばあさん(高見)の家の扉を開けました。
「おばあさーん!差し入れ持ってきたよ!俺お腹ぺこぺこなんだけど、これ食べていい?」
しかし赤頭巾()の声に、おばあさん(高見)は反応を示しません。
赤頭巾()は不思議そうにおばあさん(高見)の寝室の扉を開けると、大きなベッドへと近づきました。
「おばあさーん?」
赤頭巾()がベッドに近づくと、おばあさん(高見?)は布団を顔まで被って狸寝入りを決め込んでいました。
「おばあさん?」
赤頭巾()があからさまに不審そうにおばあさん(高見?)の顔を覗き込みます。
「……起きてるよ」
おばあさん(高見??)はボソリと小さく呟くと、僅かに布団から顔を出しました。
「あれ?なんか今日のおばあさんいつもより眼がギョロっとしてない?」
赤頭巾()は素朴な疑問を思わず口にしました。
「……それはお前の顔をよく見る為さ……」
おばあさん(高見??)はそう言ってその目をギラリと輝かせました。
「……にしても、その耳は尖りすぎじゃないか??」
赤頭巾()は再び素朴な疑問を口にすると、腕を組んでおばあさん(高見??)の顔を覗き込みます。
「そりゃあ、お前の声をよく聞く為さ……」
思わず赤頭巾()は心の中で『桜庭って大根俳優とか言われてるけど、やっぱり何だかんだで演技上手いじゃないかー』等と思っていたのですが、そこはそれ、顔には出しません。
「ふーん?あ、じゃあ何でその口はそんなに大きくて牙が生えて……って牙?!」
赤頭巾()は思わず演技も忘れて素っ頓狂な声をあげると、おばあさんの口を思わず覗き込みます。
「クックック……それはなぁ……俺がお前を喰っちまう為だぜ!Ya―――Ha―――!!」
ガバリ!っという擬音を立てて、おばあさん改めオオカミ(桜庭……?)が布団を蹴飛ばし、赤頭巾()に襲いかかります。
「ギャ――――!!!蛭魔じゃないか―――!?」
赤頭巾()は演技も忘れて大絶叫を上げるとその場に腰を抜かしました。
「なんでこんな所にお前がいるんだ――っ!!っていうか、春人はどこだ――!!」
「ああ?ジャリプロ?さぁ、知らねぇなぁ?」
オオカミ(決定:蛭魔)はニヤニヤと笑いながらジリジリと赤頭巾()に近づきます。
なんだか後ろのセットのクローゼットがガタガタと揺れているような気がしますが、今の赤頭巾()にそれを確めている余裕はありません。
「ギャ――!来るな――!!」
赤頭巾()は半泣きで後退りますが、ガシっとその肩をオオカミ(蛭魔)につかまれ、恐る恐るオオカミ(蛭魔)を見上げます。
「ケケケ、どうやって喰ってやろうか?」
なんだか微妙に漢字変換が台本と違うような気がしますが、オオカミ(蛭魔)はニヤリとその口元を不敵に吊り上げると、赤頭巾()を横抱きに抱き上げました。
「うぎゃ――!!放せ――っ!!!」
赤頭巾()はジタバタと暴れますが、オオカミ(蛭魔)は全くその腕を緩めることなくベッドに赤頭巾()を乱暴に下ろしました。
「チッ……ジタバタすんじゃねぇよ!」
オオカミ(蛭魔)が面倒そうにそう言うと、赤頭巾()の腕を掴みベッドへと縫い付けます。
赤頭巾()の大ピンチです!
このままでは蛭魔夢(しかも裏内容)になってしまいかねません。
「ギャ――!!進―――っ!!助けて、進――っ!!」
赤頭巾()は本気で泣きそうな顔でそう力の限り叫びました。
バァン!!
――っ!!」
偶然の一致?それとも運命でしょうか?
赤頭巾()の叫びに顔を真っ赤にしながら肩で息をしている猟師(進)が、勢いよくおばあさん(故?高見)の寝室に転がり込むように侵入してきました。
「……チッ!もうトラップを抜けてきやがったか!」
オオカミ(蛭魔)は小さく舌打ちをすると、不愉快そうに猟師(進)を眺めました。
どうやら猟師(進)の様子から見るに、座り込んで立てなくなった老人を背負って家まで送り届けてみたり、子供が生まれそうな妊婦産を病院まで送ってみたり、迷子の子供を交番に連れて行ったり、OLの落としたコンタクトを探したり……等など、オオカミ(蛭魔)のトラップを潜り抜けてきたらしい様子がありありと見られます。
「貴様!を放せ!」
そう言いながら、猟師(進)はその瞳に炎を燃やし、オオカミ(蛭魔)に必殺『スピア・タックル』をかましました。
「……チッ!」
オオカミ(蛭魔)が間一髪それをよけると、猟師(進)のスピア・タックルがクローゼットにクリーンヒットします。
バキッ!
クローゼットは無残にも扉を弾き飛ばし、中からゴトリと大きな物体が2体転がり出ました。
「ん――っ!ん――――っ!!」
それらの物体は猿轡を噛まされながらもジタバタと暴れています。
「……!春人!高見さん!」
転がり出たのはなんとおばあさん(生存確認:高見)とオオカミ(本キャスト:桜庭)でした。
「……蛭魔っ!覚悟!!」
猟師(進)は再びスピア・タックルの構えをすると、蛭魔に向かってその腕を突き出しました。
ドゴォ!
今度はサイドボードが破壊されます。
その様子を見てオオカミ(飛び入り:蛭魔)は悔しそうに捨て台詞を吐き捨てました。
「今回はここで引いてやるが、次回は容赦しねぇからな!覚えておけ糞バカ共!!」
「逃さん!」
猟師(進)はオオカミ(蛭魔)を追いかけようとしますが、その足は赤頭巾()の声によって遮られる事になりました。
「進―――っ!!」
「うおっ!」
赤頭巾()はスピア・タックル顔負けの勢いで猟師(進)に飛びつくと、おばあさん(瀕死:高見)を助ける事も忘れて猟師(進)に感謝の気持ちを表しました。
「俺、怖かったよ、マジで――っ!」
「そ、そうか……。遅れてすまなかった……だが、お前が無事でよかった……」
「……進……!」
なにやら本編とあっているのかいないのか、このままでは『本当は怖い・アンデルセン』になってしまいそうな予感がした幕係は、必死で幕を下ろせと命令をしました。
……え?『本当は怖いアンデルセン』ではどうなったか、ですか?
それは――今回の所は秘密……ということで。


「それにしても……なんで蛭魔がこんな所にいたんだろう……?」
「……さぁ、な」
相変わらず自分の人気の高さに気が付いていない王城ホワイトナイツ・ランニングバックのが、そうこぼしたと言うのはそれから数日後の話。



あとがき

祝!5000 ACCESS記念に水月ちゃんに捧げさせていただいたアイシドリームですv
やはりどうしても最後は進で終わらせてしまうのは、涼澤が進スキーだからです。
ちなみに夜桜水月さまは100のお題でアイシドリームを書いておられます。
一見の価値ありですよ!

水月ちゃんののサイトはこちら

ブラウザのバックでお戻りください。