君に好きと伝えたらこの関係はどんな結果を迎えるのだろう。

――ふわり、と唇の触れた感触がする。
ほんの少しひんやりして柔らかい、なんともいえない心地よい感触。
俺は思わずビクリと跳ねた背中の震えを隠すように目の前の人物……進の視線から顔を背けた。
ドクドクと心臓がおかしくなりそうな位に暴れる。
嫌いなはずのブロッコリーの味すら、もはや判別は不可能だった。
「どうだ?」
「どどど、どうだって……」
別に、進に他意はないだろう。
ただブロッコリーの感想を聞いているだけなのだ。
恐らく進にとって、唇が触れた事くなど動揺にも値しない事で……もしかしたら、唇が触れた事すら気がついていないかもしれない。
「お前が思うより不味くは無かっただろう?」
ほら、やっぱりそうだ。
進にとって自分の存在など、ただ手のかかる弟みたいな物。
「あ、味なんて感じてる余裕は無かったよ……!」
きっとこんな事を言ったって、なんの揺さぶりにもなりはしない。
「そうか。だがその方が良かったんじゃないか?」
「そ……そりゃ……」
その通りだよ、進。
でも、こんな気持ちになるくらいなら、普通にブロッコリーの味を噛み締めていたほうがマシだったかも知れない……。
「……よく頑張ったな」
「……え?」
滅多に見せる事の無い、進の微笑。
俺は思わずその真摯な中に優しさの垣間見える進の顔に、放心したように見ほれた。
そんな顔、俺に見せるなよ……。
胸の奥がギシリと締め上げられるような感覚。
ああ、今の俺は本当におかしい。
「……さぁ、あと残り2つだ」
「ま……まだあるの?」
俺は目の前がグラついたような、妙な感覚が視界を占有するのを感じた。
ただでさえ、今お前の顔を見るのがやっとなのに?
俺の心臓は壊れそうなくらい早鐘を鳴らせていて、これ以上は無理だと本能が告げている。
「いくぞ」
「い、いいよ!もう充分!後は……一人で食べられるから!」
そういった進の言葉に、俺は思わず箸で器用にブロッコリーを持ち上げた手を反射的に押さえつけた。
「なんだ、急に」
「だ、だって……いいよ、もう自分で食べられるよ、俺」
俺は掠れた声でやっとそれだけを告げると、無理矢理ブロッコリーの一つを摘み上げて自分の口に放り込む。
更に最後の一つも詰め込んで、必死でその味を吟味しないように噛み砕くと、それをお茶で喉の奥に流し込むように飲み込んだ。
幸いな事に、ブロッコリーの味など感じている余裕は俺には無い。
しかし、このブロッコリーという俺の宿敵は、最後まで俺を楽にさせてくれるつもりは無いらしい。
もそもそとしたその食感の総てを飲み下すことが出来ずに、俺の喉の奥にまるでしこりのように引っかかってしまった。
もどかしくて更にお茶を口にするが、それでも喉の奥のモヤモヤは無くなってはくれない。
「……っ」
「無理をするからだ」
そういって、進は吐息を一つつきながらゆっくりと俺の背を撫でる。
大きくて少々骨ばったその掌が包み込むように俺の背を往復しているのを感じると、俺は自分の目頭が自然と熱くなっていくのを感じた。
このしこりは、まるで俺自身の気持ちのようだ。
いつまでも俺の心に残って、消えてくれようとはしない。
忘れたくても、いつもそこで自己主張を続けるように鎮座し続ける。
お前はこの汚らわしい感情を捨てきれる事が出来ないのだと、ひっそりと呟き続けるように。
「泣くほど嫌いか?」
進はまるで子供をあやすように俺の背を撫で続けながら、そう言う。
俺はその問いに首を僅かに振るって否定の意を示すと、涙の所為で薄く湿った自分の唇を噛み締めた。
「では、なぜ泣く」
「……何でも無い」
「何でもなくて、泣く奴はいない」
「………」
「……仕方の無い奴だな」
答えない俺に溜息をつきながら進はそう言うと、俺の背に回していた手を強く引いた。
俺はその衝撃によってバランスを崩し、身体ごとに進の腕の中に倒れこむ。
「……っ!」
進はそのまま俺を抱きこむ形で背に腕を回すと、再び俺の背をあやすようにさすった。
「……、オレはお前に泣かれると、どうしていいのか解らなくなる」
「……進……?」
「オレは今お前が何故泣いているのか検討もつかん。辛いのか、哀しいのか……それさえ、だ」
「………」
「だから……一人で抱えていないでオレに言え」
進はそうぼそりとそう呟くと、背を撫でている方とは反対の手で俺の肩を掴む。
「お前の気持ちを聞かなければ、オレはお前に何もしてやれん」
頬に寄せられた進の胸板の厚みはシャツ越しでも伝わり、その温かさに思わず頭の芯が痺れるようなめまいを覚えた。
――もし……
もし、君に好きだと伝えたら、俺たちの関係はどんな結果を迎えるんだろう?
「……俺は……」
「……ん?なんだ、
「俺は……進が好き」
例えどんな結果になろうとも、もう自分を偽ることなんて出来ない。
「………」
「俺は、進が好きなんだよ」
思わず、進のシャツを握り締める。
頭の中で血管がドクドクと脈打っていくのに反比例して、背筋が段々と冷たくなっていくのが解った。
「……そうか」
進はそれだけを言うとゆっくりと俺の背を起こし、その真剣で深い瞳で俺の瞳を覗きこむ。
「それなら、何故泣く?オレはお前に嫌いだと告げた覚えも、そういう素振りをした覚えも無い」
「それは……」
「……お前が泣く理由がそれだけだとするなら――、お前は泣く必要はない」
進は俺の頬の涙の跡を親指で拭い瞳を覗きこんだまましっかりとそう言うと、その目元を僅かに緩める。
「……つまり――オレもお前が好きだという事だ」
「……!」
俺の頭を支配していた動脈の拍動が、段々と遠くなっていくのを感じる。
心臓は相変わらず早鐘を鳴らし続けているが、さっきまでの息苦しさは欠片も無い。
進が、俺を好き?
例え俺が進を好きなような、同じ気持ちじゃないとしても。
それでも……「好き」な気持ちは同じだよな?
「……なんだ――ハ……アハハハ」
「どうした、急に?」
急に笑い出した俺に、進が訝しげな顔を向ける。
「何でも無いよ」
「お前はそればかりだな」
「だって、ただ嬉しいんだ、今」
そう言いながら、俺は込み上げる笑いを押しとどめようとせず心のままに笑い続けた。
「進がいるだけで、嬉しいんだよ」
「……そうか」
僅かに、進の視線が和らぐのを感じる。
それさえもが、今の俺には喜びに感じた。


君に好きと伝えたらこの関係はどんな結果を迎えるのだろう。
それは、今までよりももっといい関係。
これからも、俺は君を好きでいたいです。

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