ビターハート・スイートハニー

「アイスクリームが食べたい!」
突如として、クラブハウス内に我侭度全開の声が轟く。
部員は「またか」とでも言うように苦笑して声のした方に目を向けた。
皆、聞かずとも声の主は解る。
俺も例に漏れずその声の主……の方に視線を寄せた。
「たーべーたーい!」
そう言うとは上半身の服を脱いだままの格好で、長椅子に腰をかけて足をバタバタとさせる。
が動くたびに、ふわふわと緩くウエーブをかけた髪が揺れてシャワーの水気を飛ばした。
もともと「愛くるしい」という表現が似合うだけれど、そうしていると本当に子犬みたいだなぁ……。
俺は一瞬そんな事を考えて思わず髪の毛を拭く手を止めている自分に気がつく。
なんか……俺今あらぬこと考えてないか?
、シャワーの後はちゃんと髪を乾かせといっただろう」
「うわっ!」
不意に俺の思考を遮るように、進がじたばたと暴れるに有無を言わさずタオルをかぶせ、強引にその頭をワシャワシャと擦る。
「い、痛い痛い!!進!痛いってばー!」
「我慢しろ」
いつものように暴れる
それでも意にも介さない様子で頭を拭き続ける進。
いつものように見慣れた風景。
「よし」
1分ほど後に進はそう言って頷くと、をタオルから開放した。
タオルの下から現れたのは唇を尖らせたの顔。
髪の毛は既にふかふかと乾いている。
「痛いのが嫌なら自分でちゃんと乾かせ」
そう言うと進はのシャツを投げて寄越す。
「だって面倒なんだもん」
しぶしぶとシャツを受け取りながら、は不服そうに反論した。
――ホントは違うだろ。
面倒だから乾かさないんじゃなくて、進に構って欲しくて拭かないんだよ。
進も大概鈍いよな。
まぁ、そんな事に鋭い進なんて進じゃないか。
俺はそう言いながら頭の上からタオルを剥ぎ取り、シャツに袖を通す。
本人ですら気がついているかどうか判らないけど……進だってにしか世話を焼かない。
たとえ俺の頭が濡れていようが、渋い顔をして「拭け」と言うだけだ。
「桜庭、お前もだ。そのままでは風邪を引くぞ」
「はいはい」
そんな事実にはきっと気がついていない。
ズキンと胸が痛むのは、きっと彼らの間に自分の入り込む隙間が無いからだ。
俺たちトリオは、いつからコンビとソロに分かれてしまったんだろう。
「ねぇ――、アイスクリームが食べたいなら、帰りに俺とダッツにでも行こうか?実は昨日臨時収入が出てさ、奢るよ」
不意に口をついて出た言葉に、俺は自分自身でも驚いた。
「えっ、マジ?!行く行く行くー!春人ダイスキ!」
そう言うとはまるで子犬がじゃれるように俺に抱きついてくる。
と俺とでは身長差があるから、俺の視線ではの頭頂部しか見えないが、その顔はなんとなく想像が出来た。
「間食は身体には良くないぞ」
横から進の僅かに不機嫌そうな声が聞こえたが、俺はあえて聞こえない振りをする事にする。
「じゃ、進は来なくていいよーだ!俺春人と二人で行くもん」
進の言葉に頭を上げたが、頬を膨らませてそう反論する。
「そういう問題ではないだろう」
心なしか先ほどよりも不機嫌そうな声が響くと、進は俺に視線を向けた。
「桜庭、あまりを甘やかすな」
「いいじゃないか、たまには。だいたい、過保護なのは進の方だろ」
進の意図はわかっていたけど、俺は衝動的にそう答える。
「……勝手にしろ」
暫くの沈黙の後、俺の言葉に進は不機嫌そうな顔でそう言うと、力を込めてロッカーを閉じた。
ギシリ、と金属が歪む音が響く。
それは、どこか俺の心臓を締め付ける音に良く似ていた。



「うーどうしよ、凄く迷うー」
アイスクリームのショーケースの前で、がガラスに手をついて真剣な顔で悩んでいる。
「うー……チョコもいいし、グリーンティーもおいしそうだし、あー迷うー!」
「じゃあダブルにしなよ。チョコとグリーンティーがいいんだよね?……じゃ、その二つと、俺はクッキー&クリーム」
迷ってる姿も可愛いけど、後ろの女子高生がこちらを窺っている。
練習の後で疲れてるし、追っかけの相手はしたくないし、なにより……折角の寄り道だし。
「キャー、春人ダイスキ!」
はそう言って俺にじゃれつく。
「はは……嬉しいけど、ちょっと腕を離してくれないと会計が出来ないよ」
「あ、そっか。ごめん」
てへへ、と笑って腕を外すとは目をキラキラさせて、店員がディッパーでアイスクリームをすくう姿をショーケース越しに覗き込む。
その姿はまるで餌を前にお預けを食らった子犬のようだ。
「お待たせしましたー」
俺はそういった店員からアイスクリームを受け取ると、ダブルの方をに手渡す。
「わーい!ありがと!」
は嬉しそうにそれを受け取り、待ちきれないとばかりに歩きながらアイスクリームに口をつけた。
幸い追っかけの女の子たちも追いかけてきてはいないようだし、このまま暫くはのんびりと寄り道を楽しむことが出来そうだ。
俺達は公園のベンチに腰を下ろすと、に倣ってアイスクリームに口をつけた。
甘いアイスクリームの冷たさが喉を通ると、練習の疲れを一気に吹き飛ばしてくれる気がする。
「うまい」
思わず口をついてそんな台詞が出る。
アイスクリームなら、数週間前のCM撮りで死ぬほど食べた。
その時はたった一口のシーンを撮る為に口の中が甘い物を受け付けなくなるまで食べさせられて、アイスクリームなんて暫くは見たくもないと思っていたはずだ。
それでも今、自分の喉を潤すこの食べ物は俺の疲れを飛ばしている訳で……。
「ホント、おいしいね」
ふと、のその言葉が俺の思考を現実へと戻す。
「そういえば春人って、ダッツのCMやってたんだっけ?いいなーCM撮りのときってアイスクリームたくさん食べられるんでしょ?」
無邪気なの問い。
「確かにたくさん食べたけど……正直いつも『もう二度と食べるか!』って思ってたよ。口の中が甘ったるくて冷たくてさ、自分が食べているのが何の味かも判らなくなるんだ」
「へえ、そうなんだ。大変なんだね、CMっていうのも」
「まぁね。でも……今日のはうまい」
「じゃあ、練習の後の甘い物は格別って事なのかな」
にっこりと笑ってがそう言う。
練習の後だからおいしいのか?
……それもあるのかもしれないな。
でも……
「今日はさ、きっとと一緒だからおいしいんだよ」
「きゃー、春人くんたら殺し文句!」
俺の言葉にがキャッキャと笑いながら俺の脇をつつく。
「あれ、口説かれてくれるの?」
「キャ、そんな、アタシの口からは言えナーイ!」
そんな事を言いながら、がふざけた様に照れたポーズをとる。
こんなやり取りもいつもの事。
その笑顔はとても甘いね。
進が君に甘いのも頷ける。
甘い甘い君といるから、いつも俺の心はほろ苦い思いでいっぱいだ。
でも……これでいい。
スイートハニーとビターハート。
足して2で割ったら、ビタースイート。
それでも今日は、甘い気持ちでいさせて。


今日だけは、君は僕のもの。
君は僕の大切なひと。

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