星に願いを……天女の羽衣

「なぁ兄ちゃん、七夕って何?」
「なんじゃ、藪から棒に……」
そう言いながらは呆れたようにナルトの顔を見下ろした。
「んーもうすぐ七夕ってやつだって聞いたからさ」
ナルトはそう言いながら少し小振りの笹の枝を差し出した。
「こんな物どうしたのじゃ?」
「コレ、イルカ先生に貰ったんだってばよ!でもさ、でもさ、どうしたらいいのかわかんないってば!イルカ先生にって聞いたら兄ちゃんが知ってるから兄ちゃんに聞けって言ってたってばよ」
「……あやつめ、面倒がりよって……」
はナルトの言葉に容易に想像できてしまった場面を頭から消して嘆息すると、彼の手の中の笹を見下ろす。
「ねーね!どうすんの、コレ!」
ナルトはいつものようにに甘えるように駄々をこねる。
本来ナルトは意外なほど大人っぽい所がある。
いや、誰かに甘えた事が無いから甘え方が解らないのだ。
そんなナルトが唯一気兼ねなく甘えられる人物……それがだ。
何処か不器用に、それでも必死で甘えてくるナルトを、も可愛がっていた。
「解った、教えてやるからそう騒ぐな」
は溜息をつくと、ナルトをベランダへと誘った。
「見えるかナルト、天の川が……」
「天の川?どれだってばよ??」
「お主……アカデミーで何を習っておった……」
はこれ見よがしに溜息をつくと、前方にキラキラと光る星の川を指差した。
淡く空にレースを飾りつけたように輝く一筋の流れ。
「あれが天の川じゃ。星がキラキラ輝いてまるで天に流れる川のように見えるじゃろ?だから天の川という」
「すげーってば!」
ナルトは天の川に負けぬほど瞳を煌かせると、首が痛くなるほど空を見上げた。
「昔な……遠い昔じゃ。牽牛という牛飼いがおった。その者は性格がよく働き者でのう、人々からの信頼も厚かった。また、天には織姫という機織りの天女がおった。彼女は性格もよく、美人で働き者だった。牽牛はそんな織姫が好きだったんじゃが……彼女の父親は天でも偉い身分の人でのう、結婚など無理じゃと思っておった。しかしな、牽牛は働き者で皆に慕われておったものじゃから、なんと織姫の父親は二人の結婚を許し、牽牛は織姫と結婚する事が出来たのじゃ」
「へー!なかなかイキなことするってばよ!」
「ところがじゃ、幸せは長くは続かなかった……。織姫も牽牛の事を気に入り、二人は幸せに幸せに毎日を過ごした。そう、自分たちの仕事をする事も忘れて、二人はそれはそれは愛し合ったんじゃ。この事態に最初は喜んでいた織姫の父親も、働き者の二人の堕落に頭を悩ませはじた。そしてそれが『このままではいけない、二人を引き離そう』と言う結論に達するのに、そうは時間がかからんかった」
はそう言うと、僅かにその長い睫毛を伏せて地面を見下ろした。
「遂に二人は引き離され、それぞれ天の川を挟んで西と東に分けられてしまったのじゃ。二人はそれは嘆き悲しんだ。じゃが今更自分の愚かさを悔やんでも遅い。二人は泣く泣く仕事に戻ったが、その二人の様子に織姫の父親は流石にかわいそうに思った。そして条件を出したんじゃ。『お前たち二人が真面目に仕事に取り組めば、年に一度橋をかけて二人が会う事を許そう』と。その年に一度の日が7月7日……七夕じゃ。」
そういい終わると、はナルトの瞳を覗きこんだ。
「どうじゃ、満足したか?」
「うん!よく解ったってばよ!でもさ、でもさ、コレってばどうすんの?」
ナルトはそう言ってイルカから貰った笹を揺らしながら、無邪気にを見上げる。
「ふむ……ちょっと待っておれ」
そう言いながらは卓から立ち上がると、戸棚の奥から短冊と紙縒りを持ってくる。
ナルトはその珍しい紙切れを覗き込むようにして見つめた。
「この笹の葉にな、自分の名前と、願い事を書いた短冊を吊るすんじゃ。そうすれば上手くすれば願い事が叶うかも知れんということじゃ」
「えーっ!それってば本当?!」
目を輝かせたナルトに、は呆れたように溜息をついた。
「前にも言ったが、願い事の叶う叶わないなどというものは本人の努力次第じゃ」
の言葉にナルトが不満げに頬を膨らませた。
「それじゃ、なんでこんな行事があるんだってばよ」
抗議するようなナルトの眼に、は僅かに瞳に悲しみの色を滲ませながらその瞳を伏せた。
「ナルトよ……殆どの人間は弱い……。たった独りで、それでも自分の願いを保ち続けるということは途方もなく力のいることなんじゃ。じゃから自分の願いを再確認する為に、自分の中での意気込みを絶やさぬように願い事を書いて、自らの心に留め置いておるんじゃ……本来はな」
はそう言ってナルトの頭を優しく撫でた。
「ただ願って待っておっても絶対に願いは叶わん。けれどな……努力を続けていても、どうしてもくじけそうな時、人は神仏に縋るんじゃ」
そういうとはナルトに短冊と筆を手渡した。
「さぁ、お主もいつものようにその目標を書くと良いじゃろう」
「………」
「なんじゃ?どうかしたのか?」
「あ……あのさ……。その、兄ちゃんも願い事ってあるの?」
はナルトの唐突な質問に、驚いたように目を見開いた。
「……そうじゃなぁ……お主が立派な忍者になれるように、という所じゃろうな」
はそう言うとすずりに墨汁を垂らす。
「そうじゃなくて!……えと、その、さ!なんか……もっと一杯想ってる事ないの?」
「どうしてじゃ?……お主、どうかしたのか?」
「なんか……兄ちゃん、ちょっと辛そうな目をしてたってばよ……だから……」
ナルトはそう言うと、最後は消え入りそうな声でを見上げた。
子供の観察力は凄いとは思う。
特にふとした時のナルトの観察力には舌を巻くことが多い。
は苦笑を浮かべると、墨汁を机に戻した。
「確かに……たった一つ、願い続けておる願い事はある。いや、願いではなく希望か。でもそれが実現する事はありえないのじゃ。わしとそやつは……生と死という天の川に挟まれておるのじゃからのう。その天の川に橋がかかる事は無いんじゃ……わしが死ぬ以外にはな」
「なっ……兄ちゃん死んじゃだめだってばよ!」
の言葉に過敏に反応したナルトが必死での袂を掴んだ。
は苦笑を浮かべながら安心させるように、そんなナルトの小さな、しかし数々の経験をしてきた頼れる手を握る。
「馬鹿を言うでない。こんなまだまだ頼りない小僧を一人置いて死ねるわけなかろう。わしは短冊にそんな願いは願わんよ」
ナルトはの言葉に安心したが、今度はその大きな瞳を残念そうに伏せた。
「……そっか……じゃぁ駄目だってばよ……」
「なんじゃ、もしかしてナルト、お主わしの代わりにわしの願い事を書くつもりじゃったのか?!」
はそう言うとナルトの頭を優しく小突いた。
「ち、ちがうってばよ!」
顔中を高潮させて否定するナルトに、は優しげな視線を送る。
「わしはな、ナルト……お主が居れば、今は幸せじゃ」
はそう言うと、にっこりと笑顔を浮かべた。
「さぁ、願い事を書くんじゃ。夜が明けてしまえば天の二人がお前の短冊を見る事が出来なくなってしまうぞ」
「うん……わかったってば!」

は空を見上げる。
空は梅雨の合間を縫って快晴。
今ごろは二人は無事に1年ぶりの再開を果たしているだろう。
はその瞳を細めた。
――わしの代わりに……どうぞゆっくり逢瀬を楽しんで。


願わくば、あの人よ安らかに。
ナルトのことを天から見守って。
星に願いを。


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このネタは前回同様夜桜水月様に捧げた作品です。
今回また個人的に気に入っていたので前回の主人公設定で……しかも過去アリっぽい内容。
彼の願いって……彼が会いたいと願っている人は誰なんでしょう。
一応設定はあるのですが、書く予定は今の所無し(笑)。
気が向いたら書こうかなぁ……。

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