星に願いを――過去りし夢の記憶

「何じゃ……妙な所で会ったのう」
はそう言いながら草叢へ足を踏み入れると、手に抱いた花を握りなおしながら懐かしい友人元へと歩を進めた。
刺す様な日差しが眩しい。
は眩しそうに片手でひさしを作ると、数年前から変らぬかの場所を見つめた。
「ん――ご挨拶だね、相変わらず」
音を立てずに近づいたに、友人――カカシは気だるげに振り返る。
相変わらずその顔に張り付かせた仮面じみた笑顔と軽口は変らない。
「ま、そんなとこがいいんだけどさ」
そう言いながら、カカシはその瞳をにっこりと細めた。
は心底嫌そうな顔で笑顔のカカシに近づくと、抱いていた花を墓――代々の村の戦士たちの眠る共同墓石の前に手向ける。
そんなの動作を視線だけで追いながら、カカシは相変わらず飄々と質した。
「何がそんなに妙だったかな?」
「人嫌いのお主がこんな時間にここに来るというのが妙じゃと言っておる。お主はいつも朝、人の少ない時間にしか来んじゃろ」
はそれでも大した興味を引かれなかったかのように、機械的に花をいける。
「はは、そうだねえ。なんだか今ここに来たら、に会えるようなきがしちゃったのよ」
「……阿呆が」
「ひどいなぁ、いつもの事だけど」
はカカシの言葉を一蹴すると、墓の前に膝を折りその掌を合わせた。
ふわり、と風がの髪を揺らす。
カカシの視線が不意にの髪に注がれた。
サワリ、と風が木々を揺らし、遠くで鳥の鳴く声だけが二人の耳に届く。
ふと、がその涼しげな瞳を開いた。
僅かにその瞳を細めると、カカシは何事も無かったかのようにその視線を墓石に戻した。
「……カカシよ、ナルトに……オビトの事を話したそうじゃな」
「ん?ああ……でも、とのことは話してないから安心してよ」
「当たり前じゃ!」
がねめつける様にカカシを睨みつけると、カカシはいつもの様にその顔に乾いた様な笑みを浮かべる。
「……いいなぁナルトは。に愛されて」
「馬鹿者」
「うん、そうかもね」
はそんなカカシを一瞥すると、溜息と共に皮肉を吐き出す。
「お主は名前の通り、案山子じゃのう」
「ん?どういうこと?」
とぼけたようなカカシの言葉に、はその形のよい眉を顰めて視線を木々へと這わせた。
「心が無いんじゃ。お前の心はあの時にあの場所に置き去りになっておる」
「無いわけじゃないよ」
「そうか。ならば麻痺させておるじゃろう」
「………」
ふわり、と風が若葉を運び、カカシの頬を擽った。
「感覚を麻痺させてしまえば、苦痛は和らぐ。じゃがお主の心は永遠に救われぬままじゃ。いつまでもあやつに囚われて……それではお主は結局苦痛から逃れる事は出来ん」
カカシの視線が宙を彷徨い、眼下にあるの艶やかな髪で止まった。
その後現れた表情は、苦笑。
「本心なんだよ」
カカシはそう言うと、その隠された瞳を指でなぞる。
「強がりでも、冗談でも、なんでもなく……本心なんだよ。オレはね、……堪らなく羨ましかったの」
カカシは相変わらず溶けたような笑顔でそう言うと、その視線をから墓石に移した。
「オビトとのね……最後の会話も同じだったんだよ『いいなぁ、お前はに愛されて』ってね」
「………」
「アイツさ……何にも言わなかったけど」
そういってカカシはその銀色に輝く額当てを引き落とすと、両眼で墓石にかかれた文字を追った。
も同様にその名に視線を寄越す。
「結局それがオレとオビトとの最後の会話になっちゃって……オレさ、柄にも無く後悔しちゃったんだよね」
「………」
「だからさ……ナルトには言わないよ」
オビトみたいに苦しませたくないからさ、と何でもないことのようにそう言うと、カカシはその瞳をいつものように微笑ませた。
は無言で立ち上がり袴の土を払うと、溜息と共にカカシを見上げる。
「わしに言ったら……同じことじゃろう」
「同じじゃないよ。どうにもならない事を、どうにもならない相手に言うのとはワケが違う。だってオレの言葉で、がオレに傾くかもしれないじゃない」
「……カカシ」
は怒ったような困ったような顔をしてカカシを見上げる。
カカシはの視線を笑顔で受け止めると、さわさわとざわめく木々に視線を向けた。
若葉の匂い立つような香りが鼻孔を擽る。
太陽の光が緑の葉に反射して、光が入り乱れた。
「ねぇ……オレを囚えてよ。あいつじゃなくて、キミがオレを囚えてよ」
不意に、真剣さを帯びたカカシの声がに耳にコトリと落ちた。
痛いほど強い瞳が、を見つめている。
縋るような、求めるような、強い……それでいてどこか脆い視線が、を捉えた。
は視線を逸らす事も拒絶する事も叶わぬまま、ただカカシの視線を受け止める。
ザワリ。
一際強い風がの髪をたなびかせると、一瞬はその睫毛を2度瞬かせた。
「……っ」
が次にカカシの瞳を見上げた時、既にその瞳には真剣さの欠片も見受けられなかった。
「なんて、ね」
カカシはそう言っていつものように微笑むと、の髪をゆっくりと梳いた。
はカカシを見上げると、ふとその瞳に自嘲の色を滲ませて無理矢理笑顔を作った。
「……あやつに囚われておるのは……わしのほうかも知れん」
「……うん、そっか」
カカシは何も言わず、ただそう頷く。
「わしは……ナルトが傍にいなければ……当の昔に崩壊していたやも知れん」
「……オレもだよ」
そう言うと、カカシはの髪を優しく2、3度撫でる。
「阿呆じゃのう……阿呆はわしの方じゃ」
はそう言うと、切なげに唇の端を吊り上げる。
「他人がおれねば生きてゆけんのはわしの方じゃ」
「……皆、そうだよ。キミだけじゃない、ナルトにはキミが必要だし……オビトだってそうだった」
カカシはそう言うと、にっこりと笑顔を作った。
「それにしても……オレにそんな顔を見せてくれるなんて……さては、オレのこと好きでしょ」
「なっ!」
は一瞬にして表情を引きつらせると、伏せていた視線を上げてカカシを見上げた。
「話の内容がオレのことじゃないのが気に入らないけど……ま、それは気を長くもって待ちましょうかね」
そういうと、カカシは太陽に向かってパンッと手を合わせた。
「いつかがオレの事をすきになりますよーに!」
「あ、阿呆か!太陽に願う奴がどこにおる!」
「だって太陽だって星でしょ。問題ナシ」

いつだって、誰だって人は何かに縛られて生きている。
人に関わるとはそう言う事なのだ。
過去を乗り越える事は、過去を忘れる事ではない。
だから人は願うのだ、新たな関係を求めて。

カカシは空を見上げた。
ね、オビト……ちゃんと見守ってあげなよ、彼の事。
そうしないと、オレが幸せにしちゃうから。

たった一つの願いは相反するもの。
それでも小さなその願いは、青い空に溶けて消えた。

星に願いを。



*****
後書き

思った以上に暗くなってしまいました……。
お友達夜桜水月さんに脅されて書いた兄さんの過去編です。
思いのほかカカシが出張って(元々そのつもりではありましたが……)しまいましたね。
それは涼澤がカカシスキーなのが原因と思われます。

ブラウザのバックでお戻りください。