クァッフル <ビクトール・クラム>

……僕の練習に付き合ってくれ」
「ええ?今から?」
ビクトールはそう言って自分の箒を持ってさっさと部屋を出て行ってしまう。
いつもながら唐突なやつだ。
俺の意見も聞かずになんでも決めてしまう。
もっとも、彼の提案に従わなかった事の無い俺だから、彼にとってはいつもの事なのだろうが。
俺は仕方なく読んでいた本を閉じると、自分の箒を持ってビクトールの後に続いた。
「待ってよ、ビクトール!」
「……遅い」
ビクトールはその険しい眉を更に顰めると、俺を振り返って扉の前で立ち止まる。
「全く……いきなり誘ったのは君じゃないか。少しは待ってようとは思わないの?」
「今、待っているだろう」
当然のことのようにビクトールは俺を見下ろしながら言う。
俺は溜息をつくとビクトールの鼻先に指を突きつけながら、皮肉を言った。
「……ダームストロング代表の君は期末のテストが無いからいいけどさ、俺もう直ぐ試験なんだけど?」
俺はそう言いながらも、自分の箒を持ってゆらゆら揺れる船の扉から地上へと飛び降りた。
「……君はいつも主席じゃないか」
「勉強してるからね」
「しなくても主席だろう」
「じゃ、君はクィディッチの練習をしなくてもブルガリア代表なの?」
「だから、今から練習をしようとしている」
「だから、俺だって勉強しようととしてるんだけど?」
俺はまっすぐにビクトールの瞳を見上げると、肩に降り積もる雪を払いのけた。
ビクトールは一瞬黙って、俺の瞳を見つめる。
「……嫌か?」
「誰も、そんな事言ってないだろ……」
いつも、そうだ。
ビクトールのこの瞳に見つめられるとNOとは言えなくなる。
俺は参ったとばかりに溜息をつくと、盛大に肩を竦めた。
「解ったよ、付き合うよ」
そう言って、俺は小脇に抱えていた自分のクァッフルをビクトールに投げ渡した。
「……そうか」
ビクトールはその険しい眉を僅かにほころばせると、俺のクァッフルを軽々と受け取る。
俺は草地を踏み分けながら少々広い空き地に出ると、ビクトールを振り返った。
「今日はもう暗いし雪も降ってるし、スニッチやブラッジャーを使っての練習は出来ないよ?」
「そうだな」
ビクトールはそう言うと、俺のクァッフルを俺に投げ返す。
「シーカーの君の練習が出来ないんじゃ、どうしようもないと思うけど」
「でもチェイサーの君の練習は出来るだろう」
「……それじゃあ本末転倒じゃないか」
俺はそう言うとそのクァッフルを受け取り、ビクトールを振り仰ぐ。
ビクトールは相変わらず無表情のまま俺を見下ろすと、それでも構わないという様に頷いた。
こうなったビクトールはてこでも動かない。
俺は仕方なくクァッフルを右手に持って箒にまたがった。
クンっと地面を蹴って空へと舞う。
慣性の法則にしたがって、雪が激しく俺の顔にまとわりついた。
「……久しぶりだ」
俺は久々の箒とクァッフルの感触を思い出して、思わず顔を綻ばせた。
「……そうだな」
いつのまにか隣を飛んでいたビクトールがそれに同意する。
俺はふわりと空中で停止をすると直ぐ後ろのビクトールを振り返った。
「……どうした?」
ビクトールは僅かに眉を寄せると、静かにそう質す。
「ん……いや、さ……前から思ってたんだけど……クァッフルの意味ってなんだろうなって」
「何だろうとはなんだ?」
「クィディッチってさ、つまりはシーカーの腕で勝負の8割が決まってしまうようなものじゃないか。チェイサーがいくら頑張ってクァッフルをゴールに入れても1ゴールだったの10点。大してシーカーがスニッチを捕まえてしまえば150点。例えチェイサーの力量に差があって140対0でも、シーカーが優秀ならその試合は150対140で勝っちゃうだろう?ねぇ、じゃあチェイサーって……クァッフルの意味って何?」
俺はそう言うと、ビクトールにクァッフルを投げて寄越した。
ビクトールは複雑そうな顔をすると、それでも器用に俺の投げたクァッフルを片手で受け取る。
「俺の意味って……なんだろ?」
?」
ビクトールは怪訝そうな顔で俺を見ると、傍らに箒を寄せる。
ビクトールはいつも輝いている。
クイディッチをしている時も、何かに向かって努力をしている時も。
それに比べて自分はどうだろう。
ただ出来るのは勉強だけだ。

不意にビクトールの声が耳に降って来て、俺は視線を彼に寄越した。
「今のはまるでクァッフルの存在に、チェイサーの存在に意味が無いような言い方だったが……まさか、本当に君はそう思っているのか?」
ビクトールはそう言いながらいつも通りの厳しい顔でまっすぐ俺を見つめる。
俺はビクトールの視線を捕らえたまま、質問に答えた。
「無いなんていっていないさ。でも……存在の意味は薄いと、そう言ってる」
「じゃあ、なぜ今年のクィデッチワールドカップで……ブルガリアはアイルランドに負けた?」
「………」
俺はビクトールの言葉に思わず口をつぐんだ。
ビクトールがシーカーとして出ていたあの試合。
俺はそれを観客席から眺めていた。
「シーカーはスニッチを取った。だが試合はアイルランドが征した。それは何故だ?」
「ビクトール……」
その答えは、明確だ。
「それは、チェイサーの力量がアイルランドに劣っていたからだ」
はっきりと、しかしそのよく通る低い声が俺の耳に届く。
「もしチェイサーが……ブルガリアにもう一人だけでもアイルランドに劣らないチェイサーが居たら、ブルガリアは勝っていた」
そう言うと、ビクトールは俺にクァッフルを投げる。
「ビクトールは……そう思っていたから、負けるのを承知でスニッチを取ったの?普通作戦だったら、まず確実に点差を150点以下に抑えてからスニッチを取るのに……」
「恐らくあのまま時間を稼いでも、点差は広がるばかりだっただろう。そうであれば、出来るだけ点差の開かないうちに自分の手であの試合を終わらせたかった。」
そう言うと、ビクトールは前髪に落ちかかる雪を振り落とす。
ビクトールはあの試合を心から悔しがっているのだろう。
そして……それをばねにして、再び競技場を飛び回るのだ。
「だが……あの場に君が出ていたら……そうはしなかった」
唐突に言われたその言葉に、俺は思わず驚いて小さく声をあげた。
「え?」
「もし君があの試合に出ていたら、僕はあの試合に勝てていたと思う」
ビクトールはそう言うと、しっかりと俺の瞳を見つめた。
「だから、クァッフルにも、チェイサーにも……勿論君にも存在価値はある。スニッチと同様の存在意義が」
「ビクトール……」
「解ったなら、来期のワールドカップの時は試合に出られない程の怪我なんかするな」
「……ああ」
俺が照れたように頷くと、ビクトールはその引き結んでいた口を僅かに綻ばせる。
ふわり、とクァッフルが弧を描いて夜空に飛んだ。

たとえ小さな役回りでも、その存在価値に違いなど無い。
来期のワールドカップで優勝した時、ビクトールの受け売りだとコメントしよう。
俺はそう心に決めると、箒を目一杯上昇させた。


後書き

こんなこと書いてる涼澤は実はクァッフルの存在意義がわかりません。
と、いうかシーカーの役回りがどうしても大きすぎる気がして、つまんないなぁと思っております。
小説でも書きましたが、スニッチの得点が30点くらいなら駆け引きも出来て面白いのですが、流石に150点あったらチェイサー頑張れませんよ。
「150点以上引き離されなきゃうちの優秀なシーカーがスニッチとっておしまいだい!」ってなもんでしょう。
100点くらい相手に取られたら、30点ぐらい取る……なんて状態でも、シーカーが優秀なら勝てちゃうんだから、盛り上がるとは思えないんだけどなぁ。
だから涼澤にはどうしてもクィディッチはハリーを引き立たせるためだけの競技で、スポーツとしての有意義度は低いと思います。
ま、仕方がないのかなぁ……。

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