ローブ <ビル・ウィーズリー>

「なんだか君のローブの色、皆のローブの色と違わないか?」
「ああ、うん、違うよ。これ、父親のお下がりだから」
はじめて会った入学式の日、ビル・ウィーズリーはそう言って快活に笑った。
1年生の中では比較的身長の高い彼でも、そのローブは大きくだぶついている。
黒いローブは僅かに蝋燭の光を反射しグレイに輝くと、彼が動くたびに初めからそこに付いていた模様のようにふわふわとその様相を変えた。
僕には信じられない事だ。
お下がりなどと言うのは決して笑って言えるような自慢すべきことではない。
むしろ恥じ入って赤くなりながらボソリと呟くか、あるいは恥ずかしさのあまり笑い話のように乾いた笑みを浮かべて話すのが大概だろう。
僕なら絶対に前者だ。
むしろ、恥ずかしくてホグワーツなどには入学しない。
それが普通だと思っていた。
だが、彼の笑顔はそのどちらとも違うもので、なぜだか負のイメージを感じさせる物とは程遠い笑い方だった。
僕の中での彼の第一印象はそれで決まった。
ヘンナヤツ。
程なくして僕はスリザリンに入寮が決まり、彼がグリフィンドールへの入寮が決まった時、僕らは類に漏れず互いを敵として認めるようになった。
その後の彼への印象は最初のそれとはかなり違う物だ。
イヤナヤツ。
成績はいつも主席、教授陣からの信頼も厚く、クィディッチも上手い。
その性格から人望もあり、彼の周りにはいつも人垣が出来ていた。
彼はいわゆる魔法界のエリート……純血と呼ばれる一族だったが、なぜかマグルへの関心が高かった。
どうやら聞くところに拠れば父親が相当なマグル贔屓だという。
それゆえにエリート派閥のどこにも属せず、魔法省に勤めながらも下級役人の如き仕事をこなしているらしい。
息子に新品のローブすらも買ってやれない生活水準をしながら、よくもまぁマグルなんかに関わりあっていられる物だ。
僕ならそんな父親の下では耐えられない。
僕は自慢ではないが、いわゆる一流と言う裕福な家庭に生まれた。
マルフォイ家と並んでも遜色ない超一流の家柄。
僕は長男でこそ無かったが、欲しい物は何でも与えられたし、当然ながら生活に困った事など生まれてこの方一度たりとも無い。
兄達は当然のように官職につき、政治的手腕を振るっていた。
大抵のスリザリン生は程度の差こそあれ似たような物であろう。
純血を重んじ、一族の繁栄を望み、それ以外のものを排除する。
そんな事が当然として教えられてきた僕だ。
彼の人生を否定しこそすれ、賛同できる箇所など一箇所も無かった。
そんな僕たちが互いを認め合えるはずも無く、僕らの関係はグリフィンドールとスリザリンの縮図と言った関係に落ち着いていた。

「……まさか君、魔法薬学の教科書も、薬草学の教科書も、全部お下がりなのか?」
「うん、そうだよ。父親のね」
彼はそう言ってまた恥じ入った様子も無く快活に笑った。
僕は信じられない物を見るような眼で彼の教科書を眺めると、わざとらしく肩を竦めて問題点を数え上げた。
「確かに古書と言う物は価値のあるものだと思うけれどね、ウィーズリー。それは文学的な書物や社会学的な書物などという文系の書物に限っての事なのであって、化学書に関して言えばは古書は日進月歩の新説や新物質の記載がされていないのだから、その存在意義が半減していると思うのだけれど?」
当然のことながら僕の教科書は最新版だ。
新しい版が重ねられれば、すぐに実家から梟便で届けられる。
僕は優越感に浸って自分の教科書にちらりと視線をやった。
真新しい皮表紙が誇らしげにその題名を輝かせている。
「うん、でもそういった新説の載った雑誌や論文なんかの新書はほぼこのホグワーツの図書室に入るだろう?だから、僕は僕の古い教科書が新しい物と替わらない知識を蓄えるために、僕自身がその新説をこの教科書に書き写してるんだ。そうすれば、古書だろうが新書とその情報価値は替わらない。僕の兄弟たちも困らなくて済むからね」
そう何でもないことのようにいう彼の教科書を垣間見れば、確かに丁寧で綺麗な彼の筆跡と、恐らく彼の父親の物であろう少々癖のある筆跡が所狭しと文章の合間に敷き詰められている。
「ただ読むより、自分で理解して書き写した方が効率がいいからね、僕の場合は」
そう言って、ビルは自分の教科書を愛しそうに撫でる。
ただの負け惜しみだ。
僕は無性に腹が立って、乱暴に席を立って図書室を後にした。

「なぁ、。君またローブを新調したのかい?」
魔法薬学の教室に向かう途中、ダニエルは僕のローブを指差して質した。
「ああ。前回の魔法薬学の授業の時に薬品が跳ねてローブに穴があってしまったから……母上が梟便でよこしてくれたんだ」
僕は大して興味もなさそうにそう答えると、ダニエルは羨むような視線を僕に向ける。
「流石だな、家は。この手触り、カシミア製か?」
「恐らくね」
「僕の家だってそこそこの家柄だと思うけど、君のところには負けるよ。ま、グリフィンドールの奴らなんかに比べられるほど低い家柄じゃないけどな」
そう言ってダニエルがクッと可笑しそうに喉の奥で笑う。
下らない。
自分の力では何一つ出来ないのに、自信とプライドだけは一人前だ。
僕は一つ溜息をつくと、魔法薬学の教室へとつつく地下階段に視線を向けた。
反対側の廊下からは、グリフィンドール生たちがぞろぞろと向かってきているのが見える。
その中心には彼……ビル・ウィーズリーが生徒たちに囲まれるようにして歩いていた。
相変わらず、彼のローブの色は人と違った輝きを発している。
しかし、負の要素を示すはずのそれは、なぜか年月を得るごとに増す皺と解れと色合いが彼の経験と知識と人望を表しているようにも見えて、彼を飾り立てる要因の一つのように思えた。
彼のローブには、彼の歴史が総て詰まっている。
僕のローブには、それが無い。
「よぉ、ウィーズリー!今日もお古のローブがお目々に眩しいな!布が潰れてテカテカ光ってさ!」
ダニエルがそう言っていつものようにビルのローブについて囃し立てた。
当然のように周りのスリザリン生はクスクスと笑い声を漏らしたり、大っぴらに蔑んだような視線をビルに投げかける。
「なんだって!もういっぺん言ってみやがれ!」
そんな反応にグリフィンドール生は狂ったようにいきり立ち、今にも戦争がはじまるのではないかという緊張感が周りを走った。
ビルは今やホグワーツの中でもっとも有名な人物のうちの一人となっている。
彼の人気はグリフィンドールだけに留まらず、レイブンクローやハッフルパフにまで轟いているらしい。
それがスリザリン生には気に食わないのだ。
自分たちよりも秀でた物を、スリザリン生はすべて排除しようとする。
スリザリン生のビルに対する反応は相当な物だった。
「何度でも言ってやるぜ!ウィーズリーは全部お下がり!ローブも、杖も、教科書も、全部だ!なんていっても貧乏人だからな!」
「てめぇ、ハットン!」
グリフィンドールのマッギリスがダニエルの言葉に憮然として一歩前に進み出る。
マッギリスはビルと仲の良い友人の一人で、マグル出身の魔法使いだった筈だ。
「やるのか?!マッギリス!」
その様子に、スリザリンとグリフィンドールの生徒は一速触発のような緊張感を漂わせた。
下らない。
実に下らない。
とてもイライラする。
貶されているのは自分なのに、それをまるで他人事のように落ち着き払って達観しているウィーズリーにも、無いもの強請りで他人を中傷するダニエルにも。
胸がむかむかする。
この場の空気総てに。
この場にあるもの総てに。
「おい、!お前も何か言ってやれよ!」
ダニエルがそう言って僕に視線を寄越す。
スリザリンと、グリフィンドールの視線の総てが僕に向かった。
スリザリンからは期待、グリフィンドールからは敵意。
「見ろよ、ウィーズリーとのローブの違い!このホグワーツに入って、何度ローブを新調した事か。しかものローブはカシミア製!見た目も手触りも、何もかもが違うぜ!な、?」
「……黙れ」
身体中の血が総て沸騰する感覚。
ぐらぐらと煮えたぎったような脳内。
「……え?」
「黙れと言ったんだ!ダニエル、君は一度でもウィーズリーに勝ったものが存在するか?勉強もで、実技でも、クィディッチでも、自分の力で何か彼に勝ち得た事があるのか?!」
「な……?」
「君は、自分の能力の無さを棚に上げて、自分自身では得られぬものでしか他人を貶める事ができないのか?!一度でも、彼に自力で勝ったことがあるのか!?ウィーズリーが気に入らなければ成績で蹴落とせ!そんな事も出来ないくせに、自分の力で得た以外のものでしか噛み付くことが出来ないなど……スリザリン生として恥を知れ!」
僕の剣幕に、一瞬その場が凍りついたように静まった。
「ご……ごめん、
たっぷり10秒ほどたった後、ダニエルはバツが悪そうにモゴモゴと口の中で謝ってその場を去った。
周りの観衆はいまだその場を動かず、僕とビルを交互に眺める。
不意に、ビルが口を開いた。
「あー……その、ありがとう、なのかな?」
ビルは相変わらずどこか達観したような瞳で俺に向き直ると、そう言ってその顔に笑顔を浮かべる。
「……助けられたとも思っていない癖に、礼なんか要らない」
そうだ。
どうせ君の目には『子供じみた、下らない喧嘩』とでも思っていたのだろう。それが証拠に、君はダニエルの言葉にちっとも傷ついてなんかいなかったんだから。
「それに、僕は君を助けたのではなく、無様なスリザリン生を許しておけなかっただけだ。礼を言われる筋合いは無いね」
そう言って僕はビルに視線を向ける。
「そして、僕もだ」
「え?」
「僕もまた、君に一度として勝ったことが無い無様なスリザリン生だ」
ビルの瞳が驚いたように見開かれた。
今更驚く事など無いだろう。
彼が万年主席なのは周知の事実なのだから。
「だが、次はそうはいかないぞ、ウィーズリー!次こそは僕が主席だ」
「そっか……うん、でも僕も負けないよ」
そう言ってビルはにっこりと笑う。
イライラする。
ビルのあの余裕の笑顔を見ると、まるで自分など眼中に無いかのようで。
「負けないからな!」
僕はそれだけを言うと、彼に背を向けて魔法や苦学の教室へと足を向けた。

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