ルーモス <トム・マールヴォロ・リドル>

「……、どうしたんだい、こんな所に……」
夕食も済んでもう間もなく消灯時間という頃、リドルは書庫の隅の暗い場所にたった一人座っていた。
開いている本も読まれた形跡は無く、持ち込まれたランプもつけた形跡は無い。
ただ、ぼうっと闇の中の一点を見つめていたリドル。
まるで闇の中が自分の真の居場所だとでもいうように、当然の如くにそこに佇んでいた。
僕はそんな光景にかき立てられた不安を振り払うように、ポケットから杖を取り出した。
「司書の人がもう消灯時間に近いから、呼んで来いって。彼女、まだ新人だから……処理に時間がかかると思うから、早めに切り上げてあげたほうがいい」
僕は一歩リドルに近づくと、軽く杖を振るって光を放つ。
「……ルーモス」
淡い光が書庫内を照らし、リドルの赤い瞳を煌かせた。
「ランプもつけずに本を読んでいては、目を悪くするよ」
「……そうだね、ありがとう」
そう言いながら、リドルは禁書をパタリと閉じる。
この図書館の書庫まで入り、その禁書を閲覧することを許された人物は稀だ。
僕はふとそのリドルの指先に視線を落とすと、チラリとタイトルを読む。
『闇の魔術の生い立ち――』
ああ、まただ。
彼の心に広がった闇は、彼の光を蝕んでゆく。
――どうした?」
リドルは椅子から立ち上がると、心配そうな瞳を自分に向けた。
その瞳に闇は無い。
「なんでも……ない」
僕は無理矢理笑顔を作ってリドルを振り仰ぐが、リドルはその眉根を寄せたまま僕を見下ろしている。
「……なんでもない人間の瞳じゃない、今のは」
「………」
「僕にも言えないことかい?」
リドルは僕に優しくそう質す。
もし僕がここで君に正直に僕の不安を話せば、君はここに留まってくれるだろうか?
僕の傍から消えたりしないだろうか?
「リドルが……」
「僕……が?」
「リドルが……遠くへ行ってしまいそうで……」
「………
リドルはそう言うと、優しく僕の手を握る。
「……いつの日か目覚めたら、君のベッドが空になっていて、シーツを触っても君のぬくもりはもう感じなくて、君が隣にいない様な気がして……怖いんだ」
僕の言葉に、リドルは驚いたように目を見開いた。
そして、その瞳を優しげに細める。
……僕は君を置いては行かないよ、絶対に」
リドルはそう言って僕の指先を強く握ると、その指に自分の指を絡めた。
僕は誘われるままにリドルの広い胸に身体を預ける。
そっとリドルの腕が僕の背中に回された。
「何があろうとも、僕は君の事を絶対に一人にしない」
そんな言葉すらも僕の不安を消し去る事は出来ない。
君の心の闇よりも、僕は強い?
君の心の闇を止める力が僕にはある?
答えは……ノーだ。
「リドル……リドル……」
彼の背中にしがみ付く僕に、リドルは優しく微笑むとそっと口付けた。
「好きだよ……僕が愛しているのは君だけだ、
囁くようにそう言うと、再びリドルは息が詰まるほどに僕の唇を奪う。
君に愛していると言われるたびに、君の闇が濃くなるのは僕の気のせいではないだろう。
瞼に落とされたキスを受けて、僕は瞳を開く。
「……ルーモス」
「……?なんだい、それ」
不意に口にした僕の言葉に、リドルが不思議そうな顔で質す。
「君の心に光が燈りますようにって……」
……」
僕は彼の胸に指先をつけると、再び呪文を唱える。
「ルーモス……リドルの心に光よ」
彼の心に溢れるほどの光を灯して。
「僕の心の光は、君だよ」
リドルはそう言って僕の指先を掌で包み込むと、キスを落とす。
それは、朧だ。
僕などという存在は、仮初めの光でしかない。
それでも……そんなリドルの台詞に喜びを感じてしまう自分が居る。


ルーモス、光よ……。
リドルの心の闇を消すほどの光よ……。
彼の心の闇を、どうかその光で覆い尽くして。
彼を、闇に連れて行かないで。


後書き

暗い。甘くしようと思ったのに、暗い。

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