ある日気がついた些細な事。

最近ちょっと気になることがあるっすよ。
本当に本当に些細な事っすけど、気になりだしたら止まらない。
こんなこと君に言ったら笑われるっすか?
きっと、笑われるっすね。
だから、まだこれは僕だけの秘密っす。

「おっす、子津!」
「あ、おはようっす、君」
朝から元気良く、君に挨拶された。
なんだか今日はいいことがありそうな予感。
君は、いつもこの時間君はここを自転車で通る。
最近はそれを知ってていつもここを通ってるの、気がついてるっすか?
きっと気がついてないっすね。
君は普段は鋭いくせに、こういうことに限っては物凄く鈍い人っすから。
通り過ぎていく君と一言挨拶を交わす。
たったそれだけだけれど、それが無いとどうも調子が出ない。
僕は通り過ぎてゆく君の背中を眺めると、僅かに緩んでいた頬を引き締める。
……と、突然前方の君が自転車を止めてこちらを振り返った。
「なぁ子津、後ろ乗ってけよ!」
そう言って君はその綺麗な顔を微笑ませる。
うわ……本当に今日は朝からツイてる?
「え、でも、重くないっすか?」
でも、僕の口は思わず思っていることと反対のことを答えてしまう。
わ〜、せっかくのチャンスなのに、みすみす逃してしまうっすか〜〜?!
「野球部ほどじゃないけど、おれだって毎日運動部で鍛えてるんだぜ?」
そう言って、君は自分の後ろを指差す。
「ほら、遠慮してないで乗れよ!」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……」
「うむ、よし!人間素直が一番だぜ!」
そう言って、君は溶けそうな位甘い顔で僕に微笑んだ。


「子津も朝練か?」
「そうっす。今年こそは甲子園を狙うって、先輩たち凄く張り切ってるっすよ」
「そっか、おれの所も同じだ。今年こそはインハイ行くぞー!」
そう言って君が笑う。
前を向いている君が今どんな顔で笑っているのかが、容易に想像が出来た。
きっと本当に綺麗な笑顔をしてるんだろう。
僕の顔はそれを考えるだけで自然に緩む。
自転車を漕ぐ度に、ふわりと君の綺麗な髪が揺れて僕の頬を掠めた。
僕はその甘い匂いにくすぐったくなり、同時に目の前に表れた十二支高校の正門を恨めしく思う。
「とうちゃ〜く!な、早かったろ?」
「ほんとっすね。朝練の時間までまだ15分もあるっすよ」
僕が腕時計を眺めると、君は自転車を駐輪場に置き僕の隣に並んだ。
あ……これっす。
最近気がついたこと。
それは君の身長が僕の身長より3cm位高いことっす。
自転車に乗っていたときは気にならなかったけど、こうして並ぶとその差が明確になるようで、僕としてはちょっと複雑な気分。
僕は僅かに君から離れた場所を歩いた。
「子津」
「なんっすか?」
「ほれ」
僕が振り返ると、突然君がどこに持っていたのか肉まんらしき塊の半分を僕の口に押し込んだ。
「んん??」
「やるよ」
そう言って、自分も残りの半分を口にしながら微笑む。
「朝、お前に会う前に買ってきたんだ。腹が減っては戦が出来ぬ〜ってね。あ、ちょっと冷めちまったか?」
「いや、おいしいっす」
「そっか」
うれしいと思った。
肉まんより、君の気持ちが。
「ありがとうっす」
「いや、これって純粋な厚意じゃねぇから」
そう言って君は爽やかに笑う。
純粋なコウイじゃない?
どういうことっすか?
「これにはなー、おれの微かな願いが入ってんの」
そう言って君はガサガサと袋の中から肉まんをもうひとつ取り出した。
「食ったか?」
「え?はぁ」
「よし、子津、あーん!」
「へ?あ、あーん」
そういって口をあけると、ガポっと肉まんがもう一つ口に押し込まれた。
「ふぇ??」
い、いったいなんっすか??
「いいか〜?ちゃんと食べろよ?」
わけがわからないっす。
「そんで……早くおれの背を抜かすこと」
――へ?
今、なんてい言ったっすか?
「伸び盛りなんだから、3cmくらい軽いよな?」
そう言って君が照れたように笑う。
も、もしかして、それって……。
「あ、やべ、そろそろ時間だ!じゃあな子津!また後でな!」
君は僕の腕時計を覗き込んでそう言うと、くるりときびすを返した。
「あ、君!」
「ん?」
「あの、僕、すぐに君の背を抜かすっす!だから……その、それまで待っててほしいっす!」
う、うわ〜!いっちゃったっすよ!とうとう!
「んー、どうかな。おれ気が長いほうじゃないからなぁ」
「え??」
「うっそ!」
そう言って君は悪戯っぽい瞳を向ける。
「しょうがないから待っててやるよ!」
そう言いながら、君はスポーツバッグを肩に掛けなおして走り去る。
もう少しだけ、待っててほしいっす。
僕が君の身長を抜かしたら……そうしたら言いたいことがあるから。
それまでもう少し、成長をお休みして待ってて欲しいっす。
それまでは、僕だけの秘密。

「僕は君が好きっすよ」


* * * * *

子津のヤツ、鈍いよな。
おれがあいつの気持ち、気付いてないと思ってるんだから。
あの時間あの道を通っていたのも、おれの真横を歩かないのも、全部気がついてたんだぞ。
まったく、しょうのないやつ。
でもまぁ、そこが好きなんだけど。
仕方がないから少しだけ待っててやるよ。
だからおれの身長がこれ以上伸びないことを祈ってろよ?
それまでは、おれだけの秘密。

「おれは君が好きなんだ」

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