LAS PALABRAS DE AMOR

司馬が無事野球部に入って、既に1週間が過ぎた。
最初の1週間は、彼ら1年達はかなりのショックで打ちのめされたと思う。
いきなりのランキング発表に、実力を否定するかのような発言。
しかし、それらは綿密に計算された彼の手の上で踊らされていることだということに、彼らもじきに気がつくだろう。
今年の羊谷監督は、その名前とは裏腹にかなりの狸だ。
絶妙な心理操作に突飛な練習メニュー。
彼は、本気でこの十二支の復活を考えている。
堅い勝負など臨んでいない。
狙うのは全国への大博打。
きっと今年の一年はそれらに答えてくれるだろう。
骨のあるヤツばかりだから。
「……ふぅ」
俺は溜息とともに部誌の記録欄を閉じた。
練習メニューは去年からほぼ俺と牛尾に任されている。
だから、自然と記録欄を書くのは俺の仕事になってしまった。
最近こそ羊谷監督の特別練習メニューを組み込むこともあるが、基本メニューは相変わらず俺と牛尾が組んでいる。
「さ……俺も帰るかな」
俺は伸びを一つすると部誌を引き出しへと仕舞い、ロッカーの向こうで雑誌を読んでいた司馬に声をかけた。
「悪いな司馬、おまたせ」
俺の声に司馬が顔を上げ、にこりと微笑みながら頭を振る。
「………」
「……?」
俺が司馬を無言で見つめると、彼は不思議そうに俺を仰ぐ。
「なぁ、司馬」
「……?」
「俺の前では、これ外せって言っただろ?」
「……!」
俺はそう言いながら司馬のサングラスを取った。
「約束違反だから、罰則な」
俺の言葉に、司馬は不安そうに僅かに眉を下げる。
そんな司馬の表情を見て俺は少し笑うと、その唇を掠めるように奪った。
「罰は、キス1回」
「………」
司馬が照れたように笑う。
「……かも」
「ん?」
「……わざと外さないかも」
そういって俺は司馬に腕を引かれ、彼のの腕の中に閉じ込められる。
「……こら、司馬」
先輩……」
司馬に名を呼ばれると、ゾクリと背に熱い電流が走る。
俺は司馬の温かい胸に顔を埋めた。
司馬の心臓の音が、耳に伝わる。
「司馬の心臓、ドキドキいってる」
「………」
「生きてるんだなぁ、俺もお前も」
「………」
「生きて、お前はここに居てくれてるんだなぁ」
「………」
司馬がコクリと頷く。
「ありがとう」
「……?」
不思議そうに司馬が首をかしげる。
「お前が俺を探してくれたから……俺はお前と居られる」
「………」
「俺は……本当は怖かったんだ」
ギュっと、司馬の腕が俺の背を強く抱く。
「お前に会って……お前に背を向けられるのが」
俺は日に日にお前を好きになって……忘れられなくなった。
お前を好きになったのは俺の方。
自分の気持ちを伝えて、幻滅されるのが怖かった。
「毎週お前が来る度に……俺は自分の気持ちが溢れていくのを感じてた」
苦しいほど。
好きで好きで、仕方が無くなって。
「だから、お前から離れた……どうしようもなくなる前に」
離れて忘れてしまおうと。
お前にとって、俺はただの通りすがりの人物であると思っていたから。
だから――俺はお前に連絡先を教えなかったんだよ。
「でも、もう遅かったんだよな」
離れて、解った。
もう遅すぎたこと。
俺はお前を、どうしようもないくらい好きだったんだと。
「馬鹿だよなぁ……離れてから気がつくなんて」
俺は司馬の背に腕を回す。
「あんな気持ちになるくらいなら、最初から駄目モトで告白すればよかったのに」
それでも俺は……それをしなかった。
「いっそ、嫌われた方が楽だったかもしれないのに」
「………」
「でも、お前は俺を探してくれたんだ」
こんな俺がいいと、追いかけてくれていた。
「俺にお前は勿体無いよな」
「……先輩」
司馬の瞳が不安そうに俺を見つめる。
「でも、放してやらない」
お前に俺が不釣合いでも、俺はもう迷わない。
繋いだ指は、絡まって解けないよ。
「俺はお前が好きだから……もう間違えない」
司馬の背に回した指を、しっかりと繋ぐ。
「だから……俺を探してくれて、ありがとう」
にっこりと、司馬の瞳が笑った。
「……先輩が好きです」
「俺も……司馬が好きだよ」
ふわり、と司馬の唇が俺の唇に触れる。

お前とここにいられる。
それが――俺の幸せ。

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