『翼が欲しいと思ったりした日』 Side‐C |
好きな人がいます。 その人のそばにいたいと思います。 でも、その人とは離れていなくちゃいけなくて。 その人にも俺にも、生活ってものがあって。 わがままを言っちゃいけないのは解ってるけど。 それでもどうしても会いたい日っていうのがあって。 そんな日は。 背中に翼が欲しいなんて、思ってしまったりします。 あの人のところへ……飛んでいけるから。 「…………」 最近の俺は本当に、どうかしてる。いつだってチリチリと焦げる胸の痛みをこらえきれずに、高鳴る鼓動をもてあましている。こんなのは、本当の俺じゃない。 「……?智?」 弁当箱から目を離せずにいる俺を見て、が不思議そうに首をかしげた。さらさらの髪が白い頬に流れ落ちる。俺は軽く溜息をつきながら視線をやった。 「……なんだよ?」 「なんだよって、なんだよ。俺はお前が黙って弁当を見つめてるから……あ、もしかして嫌いなものでもあるのか?もしそうなら俺が……」 嬉しそうに聞くの手を払いながら、俺は手早く弁当を広げた。 「……自分が作った弁当に嫌いなもの入れるわけないでしょ」 「ちぇ、残念」 「何が残念だ。油断も隙もないやつだね」 「チャレンジ精神旺盛といってほしいなぁ」 そう言いながら、は手にしたヤキソバパンを一口ほおばる。休み時間の残りと比較すると、いつものにしては量が減っていない。……きっと性懲りもなくなにか考え事をしてるんだろう。能天気そうに見えて、意外と細かいことを悩んだりする性質なんだ、こいつは。 「あのなぁ、智……」 「なんだよ」 軽く抗議するような、冗談とも真面目とも見えるの声。こういう声を出す時は、十中八九SOS信号なのだ。俺はいつまでたってもこいつに甘い。 「なにか聞いて欲しいことがあるんでしょ、どうせ。早く言いなよ。今しか聞かないよ、俺」 どうせ、相談内容はわかっている。そして、その後に受ける自分のダメージも。 「今日は……水曜日だよなぁ」 「日曜でないのは確かだね」 「土曜日までは……あと2日もあるんだよなぁ」 「ああ、いくら君でもそのくらいの計算は出来るんだな」 「……聴く気があるのか?お前」 拗ねたようなの声。 「聞いて欲しければ、要領と的を得た発言をして欲しいね」 「だからっ、俺が言いたいのはっ!早く土曜にならないかなって事っ!以上終わりっ!!」 俺の言葉にはむきになってまくし立てる。俺は要領と的を得た発言をしろといったはずだけど、これじゃあさっきの発言と変わりはしないな。 「……そのくらい言われなくても解ってるさ、君じゃあるまいし」 ――胸がチリチリする。 イライラするのは……きっと彼の話が要領を得ないからじゃない。 「どうせ彼なんでしょ……。義直さんだっけ?君がはじめてビリアードで負けたって人」 心を落ち着かせようと、俺はコーヒーを口に含む。独特のほろ苦い香りが口中に広がって、俺は微かに眉をしかめた。 「え……ああ」 驚いたようなの顔。 「……のろけ話しならこれ以上聞かないよ」 「のろけって……違うって!」 必死に否定すればするほど、俺の中での予感は確信に変わって行く。 「違わないだろ。君は早く土曜になって、義直って人のところに行きたいとおもってるんだろ。違うの?」 「いや、違わない……けど」 「ほら、やっぱりノロケじゃないか」 「う……」 ――瞳の奥が……焼けるように熱い。 「なぁ……智」 「……何?」 「お前、思ったこと無い?『翼が会ったらなぁ』って。翼があったら……どこへでも飛んでゆけるのに……って」 もし君に翼があったら……、君はどこに飛んでいくんだ?そう、多分君は……。 「……無いね」 「本当に?一度も?」 「一度も」 それは、嘘。 いつだって、俺は翼が欲しいと思っていた。もし俺に翼があったら……俺は、彼のところに飛んでいってしまった君を連れ戻しに行くだろう。 ――でも…… 「……君には翼なんていらないだろう、」 「え?」 そう、君には……翼があるんだ。彼への想い、という名の翼が。 「君には足がある。いつだって……いていけるじゃないか」 できることなら……君の翼を手折ってしまいたい。君が、どこかへ飛んでいってしまわないように。君が、俺の目の前から消えてしまわないように。 ――心が暴れだす。じれて、焦がれて、張り裂けそうだ。 「サンキュ、智!」 曇ることのない、君の瞳。 「俺は別に礼を言われるようなことはしてないよ」 欲しいのは、闇の色をした翼。君を繋ぎとめる、鎖。 俺は……君が思ってるようなイイヤツじゃないから。 「……わからないかなぁ」 狂おしいほどの想い。 いっそ……この胸が潰れてしまえばいいのに……。 この空のように……心はぽっかりと空いたまま。この空白は、埋まることは……ないのだろう。 好きな人がいます。 その人のそばにいたいと思います。 そんな日は。 背中に翼が欲しいなんて、思ってしまったりします。 あの人のところへ……飛んでいけるから。 END |
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