――もう駄目だ、我慢できない。一体何だっての?ボクが何したっていうのさ?
はぁ、もう。そっちがアキラのこと好きだってのは、良く解ったよ。
ボクが邪魔だってことも解った。でも、だからってこういうやり方って、ないんじゃない?
ああ、考えただけでも腹が立つよね。確かにそっちは香港に住んでるわけじゃないから、
会う時間が少ないのも解るし、会いたい気持ちも解るよ。
けどね、だからってボクがほんのちょーっとアキラと会ってたからって、
あんな凄い目で目で睨んだり嫌みを言ったりしなくてもいいじゃないか!
あまつさえ、「こんな時まで独占しなくてもいいでしょ」だって?
ボクが何時アキラを独占したって言うの?出来るものなら、ボクだってしてみたいよ!
ボクだってアキラのこと好きなんだから!まったく、いつもは気が弱くてイジイジしてるくせにこういうときだけは
調子乗るんだもんね。
「男は女性に強く出られない」って確信犯なんだろ、どうせ。瞳ウルウルさせて
「だって……」とか言われたら、まるでボクが悪者みたいじゃない!事実、そう取られることだって有るし。
ただでさえ、ボクは天才だし容姿だって抜群だし、お金だって持ってるし、家柄だって一流さ。
僻んじゃうきもちだってわかるけどね。
それにしても……女ってホント参るね……。
「……あのね、ユージィン」
「はぁ……なんだよ?ボク忙しいんだけど?」
「お前が一人で悩む分にはこっちは一向に構わないけどよ、わざわざ俺のラボに来て悩まないでくれねぇ?」
「……いいじゃないか、愚痴の一つや二つぐらい聴いてくれたって」
「良くねーよ!一度や二度なら解らなくもないけどな、お前ここのところ毎日じゃねーの?
俺だって暇じゃないのよ?解る?」
そう言うとエクセルは組んだ腕を解いて、片手で軽くシルバーフレームの眼鏡をかけ直した。
最近流行りの、軽くて形状記憶のやつだ。ボクはキャスターの付いた椅子を転がして動かしながら、
デスクに肘を突いて頬を膨らませた。
「だって、毎日嫌なことが在るんだからしょうがないだろ。……キミこそねぇ
『暇じゃない、暇じゃない』って、仕事、あんまり進んでないじゃないか」
「なんだよ、ちゃんとやってるだろうが」
「ホントかなぁ?」
「なんだ、その言い草は?おまえ、用が無いなら追い出すぞ」
エクセルは平然と言い放つ。こいつはこれを本気で言ってるもんだから、余計性質が悪い。
「……お前さ……早く恋人でも、愛人でも、彼氏でも、彼女でも作ったら暇じゃなくなるんじゃね?」
「あのねぇ、ボクは愛人も彼女も作る気はないの。だいたい、
今の言い方だとまるで僕がもてないオトコみたいじゃないか、訂正しろ!」
「じゃあ、早く作ったらいーだろ」
「今はそういう話じゃないだろ!」
だいたいさ、皆が皆そんなに簡単に上手くいったら、世の中に恋愛漫画や小説、ドラマはウケないっての。
「お前、好きな人くらい居るんでしょ?だったらその人に告白して、付き合えばいいだけじゃねーの。」
「だーかーら、そういう話じゃないっての。」
「じゃ、なんだよ。」
「だから、今からその話をしようとしてるんじゃないか!この短絡思考早とちりオトコ!」
エクセルはジロリ、とボクをにらむと、腕の中いっぱいに山積みになった資料を、ボクの前にドサリと積み上げる。
「どうせ暇なんだろう。話聞いてやるから、その資料整理してろよ」
「……今度は何の仕事してるんだよ?」
山積みになった紙とフロッピーの山を掻き分けながら、視線を上げずにボクは聞く。
「ネンキンだよ」
「年金?」
「馬鹿だな、粘菌だよ。納豆とかにあるネバネバした菌のこと」
「天才の僕が解らないわけ無いに決まってるだろ、冗談が通じないヤツだな!……でも、何でまた粘菌なの」
「ああ?だって粘菌とかミドリムシって、未だに動植物の区別の付かない謎の生命体なんだぜ。
面白そうじゃねーの、そういうのって燃えるぜ?」
「……それは解ったけど、此処の会社の仕事と何の関係があるんだよ?」
「ジョーダンにきまってんじゃねぇか。なに?ホンキにしちゃったのか?」
そう大声で笑いながら、エクセルはボクの頭をグリグリとかき回した。
エクセルの仕事はおもにパソコン関連の事だ。驚くことにエクセルは25歳の若さで、
実際そうとうに腕のいいプログラマーである。でもまぁ、よくコンピュータ関連に秀でた人は変わり者が多いって
言うけど、 アレ、ホントなんだな。今度、その因果関係でも論文にしてみてやろうか?
なのにもかかわらず、何故かエクセルの会社人達は(大方)普通の人が多いんだ。
それだけに、皆はエクセルの行動がイマイチ把握できなくて大変らしいけどね。
心中お察しするね、まったく。まあ、ボクはさすがにもういい加減慣れたけどさ。
「……それで、毎日ウチに来るほど悩んでることって何なんだよ」
「……うん、まあボクは天才だから、大したことじゃないんだけどさ」
「だったら来るなよ」
「社交辞令だよっ!ホントは大したこと有るに決まってるじゃないか!じゃなきゃ来ないだろ、こんなトコ!」
「面倒くせぇ、俺相手に社交辞令なんて使うなよ。」
「あのさぁ、普通そういう時は“大したことないわけないだろ……さあ、話してごらんなさい”くらい言うのが
優しさってもんだろ。」
「――『大したこと無い分けないだろ、さあ、話して御覧なさい』――どうだ?」
「心が篭ってない。」
「お前、そんなことばっかり言ってるから恋人が出来ないんだぜ?」
ふん、と組んでいた腕をほどいて、部下に淹れさせた珈琲をすすりながら、
さも面倒くさそうにエクセルが眉を顰める。コイツって珈琲も自分で淹れないんだよね。
研究以外でエクセルが自分でなにかやってるとこ、ボク見たことない。
でも、この間はボクも紅茶なんか淹れてもらったっけ。……淹れてるとこは見てないんだけど。
「それにしても、ボク大層な言われようだね」
「何がだよ、恋人が出来ないって言ったことか?」
「そうだよ」
「ふうん。……なぁ、お前好きなヤツいるの?」
「いないよ」
「なんだよ、この俺に相談なんだっていうから、俺はてっきり「恋の悩み」だとおもったよ」
「キミにだけは相談しないと心に誓えるよ。」
ボクは不機嫌そうにそう答える。核心付いたエクセルの答えに一瞬慌てたボクは、
思わず持ってた資料を落としそうになってしまった。
エクセルの友達のカオルーン君が心配そうにこちらを覗いているのが解る。
「生意気なガキだな。じゃ、なんなんだよ?その『天才ユージィン様』にも解けない問題があるってか?
でもなぁ、恋の悩みじゃなくても、女関係であることに間違いはねぇだろ」
エクセルのぴしゃりとした断定的な声に弾かれて、今度は本当に資料を落としてしまった。
なんでこういう下世話な話のときにだけはこんなに鋭いんだ、エクセルは!
ボクは膨れっ面で彼の顔を軽く睨み付けた。しかし、当のエクセルは素知らぬ顔で珈琲をすすり続けている。
その横を先程のカオルーン君が慌てた顔で駆け寄ってきた。そして大急ぎで床に散らばった資料を拾い集める。
この様子から見るに、ここのラボではこんなことが日常茶飯事なのか?
落ちた資料を拾い集めるカオルーン君の手付きは実に鮮やかだ……とは言いがたく、
てんやわんやといった様子だ。さっきから彼がこっちを見ていたのは、
エクセルが……ああ、ひょっとしたらボクもかも知れないけど……また何かやらかすと思われてたからなのかな?
……って、思いふけってる場合じゃないって!
「カオルーン君、ボク拾うよ」
「いや、いいですよー」
「でも、一応ボクが落としたんだし」
「そぉだぜ、コイツに拾わせればいいんだぜ?カオルーン」
「えっ、でも……」
カオルーン君の顔が心なしか赤い。ああ、普段のラボでの風景が目に浮かんでくるようだ。
「……エクセル!キミの傍にあるの、それくらいとっても罰はあたらないよ?」
「どうしてだよ、面倒くせぇ」
「あ、あのエクセル……」
「なんだよ」
「キミの足の下に資料が挟まってるの!まったく無駄にデカイ図体してるから嵩張るんだよね」
「あ、ああ、ぼくが取るから……」
「いいよ、それくらい」
――よいしょっ、とボクは机の下に入り込む。全く、エクセルだったらちょこっと屈むだけなのに。
ホンットーに面倒くさがりだな。それとも嫌がらせか?ふむ、ありうるな、エクセルなら。
「ユージィン」
「なに?!」
ボクは屈んだままの間抜けな姿勢のまま、返事をする。ああ、情けない、コレが天才の姿か。
「腹見えてるぜ?どっかのアイドルみてー」
「――……??!!」
「だからカオルーンが拾うって言ったのに。人の好意は素直に受け取った方がいいぜ?」
な、な、な……?
「な……!そういうことはもっと早く言えよ!エクセルの大馬鹿!」
嫌がらせだ!地上最高の天才少年捕まえて、言うに事欠いてアイドルだとぉ?!
ボクは弾かれたように立ち上がる。多分今のボクはまるでゆでダコのように、全身真っ赤になっていることだろう。
「まあ大体お前が男のくせに、そんな短いシャツに股上の浅いハーフパンツはいてるほうが悪いんだろ。
アイドル御用達ファッションってね」
「……!!」
「やだねぇ、冗談に決まってるだろ。なんて顔してんだよ」
「キミが言うと冗談に聞こえないよ」
「でも、場は和んだだろ。……ほら、カオルーンも笑ってるしな?」
「引き攣ってるって言うんだよ!あれは!」
「それで、なんの話だった?」
エクセルが、もう既にそのことには全く興味失せたような顔で、眼鏡を上げる。
……一応ボクの話を聞く気は有ったんだな。彼はボクの脱力した表情とは裏腹に、
興味津々という顔で丹念に、かき集めた資料を読みあさっている。
「だから……」
「ああ、お前に恋人が出来ないって話だったか?」
「そんな下らないことまで思い出さなくていいよ!」
「んでも、女関係なんだろ?」
「……まぁ」
「そうそう、人間素直が一番だよ、ユージィンくん」
エクセルが勝ち誇ったかのように二マリと笑った。
「んで?」
「――この間の、ケータイ会社のパーティの時にアキラの横にべったりくっついてた女性、覚えてる?」
「んん?――えーと、だれだっけ?」
「ほら、エクセルがその時『スゲー女』っていってたじゃないか」
エクセルが思い出せずに悩んでいると、カオルーンがふと思い出した用で、横から口をはさんだ。
「……ああ、彼女ね。彼女がどうした?惚れちゃった?」
エクセルはニヤニヤと笑いながら僕の顔を見下ろしてくる。その隣ではカオルーンがそわそわと落ちつかなげに
歩き回っていた。
きっと心配してるんだろうね、いつものことだけど。
「エクセル、すぐそういう方向にもっていくのはオヤジの証拠だよ?」
「うるせーよ、ちょっと若いからって、どの道お前もすぐオヤジになるっつーの。」
「彼女に……その、ちょっと困ってる。」
「――はぁ?」
エクセルは文字通り「口をぽかんと開けたまま」ボクの顔を見つめた。
「彼女はアキラが好きなんだそうで、彼女に『アキラに近づくな』と言われた。」
「………」
「そりゃ、お門違いの八つ当たりであることはボクだって重々承知さ。
でも、相手は一応女性だからね、手荒なことはできないし、説明したんだよ、ボクの正当性を。
でも、凡人の彼女はそれを理解しようとしない。正直お手上げだ。」
「ぷっ……」
「――?」
「ぷっ……ぶっわっはっはっはっはっはっは!!」
「なっ……コラ、ソコの凡人!笑うにも程があるだろっ!?」
「だっ、だってよー……は、ハライテェ……!だ、駄目だ……助けてくれ……。」
エクセルは自分のデスクをバンバンと叩くと、そのまま突っ伏して肩を揺らしている。
失礼なことに、笑いすぎでいきができずに呼吸困難に陥っている。
くそ、そのまま永遠の眠りにつかせてやろうか……。ボクは不機嫌になりながらふと隣を見ると、
カオルーンまでが口を抑えて笑っている。
「なっ……!キミまでなんで笑うのさ!?」
「えっあっ、ご、ごめんね!で、でもね、きっとそれってこういう事だと思うよ。」
カオルーンはためらいがちに、それでも笑い覚めやらぬ、といった風情で説明を始める。
「それって、きっと彼女がユージィン君の事を女の子と間違えてるってことだよね?」
「――!?」
「彼女はユージィン君をライヴァルだと思ったんだと思うよ?」
「だって、そうだろ?!普通女が男を取り合って男を脅迫するか?!そりゃ、お前さんの故郷
『ゲイの老舗のヨーロッパ』だったら、それに気がつかねえでも無理は無いかも知れないけどな!」
カオルーンの言葉を引き継いで、未だ苦しそうなエクセルが、笑いで引きつる声を必死で絞り出した。
「ドイツを馬鹿にするな!香港人!」
「怒るなよ、ドイツ人。お前にだって少しは香港の血が混じってるんだろ?
でも、ま、とにかくだ。そのお嬢さんに今度会ったら言ってやれ『俺はオトコです』ってな。」
……なんでボクが男だと気が付かなかったんだ?!彼女は」
「そりゃ……クク、ま、言わねーでいてやるよ。」
「……彼女、それで納得するの?」
「少なくともヤバイ世界を知ってなきゃな。あとはお前がゲイだって事をばらさない様にすればいいんじゃないか?」
「誰がゲイだ!?」
「みなまではいわねーよ。さ、これでお前の悩みもめでたしメデタシってわけか。」
「複雑だ……女心はわかんないね。」
「よかったな、天才少年!こんなことはあんまり体験できることじゃないぜ。」
この後、ボクはめでたくこの問題から開放されることとなったわけだけれど……、
このことはかなり長い間、ボクの心のしこりになったことは言うまでも無い話だった……。
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こちらはDr.ユージィンシリーズ出張版です。
ユージィンと話しているエクセル君とカオルーン君は涼澤の心の師、サッカリン様のキャラクターをお借りしています。
Dr.ユージィンシリーズとホンコン☆フラワーは微妙にリンクしているという設定。
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