Dr.ユージィンの奇妙な冒険 |
ここはドイツの閑静な森の中に開けた、伝統ある名家クラウザー侯爵家の城。 しかし、ここの城は常に不思議な現象が起こると噂の立つ、曰く付きの城。 現在の当主は現ドイツ軍陸将ゲルハルト・クラウザー侯爵。 彼の留守中に聞える人の悲鳴、動物達の嘶き、数々の物音……。 ここの城では、毎夜何かが起こっています。 あなたは、その謎を解明できるでしょうか? 勿論、貴方に何が起こっても、助ける者は誰もいないでしょうけれど……。 ……ようこそ、クラウザー侯爵家へ…… 「……ジィ…ン…ま?……ユー…ジィン…さ…ま?」 ――声が、聞える。 「……返事を……なさってくださ……ユージィン…様! ……ユージィン様っ!!」 ――その声は、だんだんと……こちらへ近づいて来る……。 「……ヴァ…レー…ト」 僕は朦朧とする意識の中で聞き覚えの有る名前を、よく回らないままの舌で呟いた。 「――?ユージィン様?!」 「アル……ヴァレ…ト……!! 僕…はここだ……!!」 ――僕の意識は、そこで暗黒の世界へと落ちて行った……。 「……全く、あのような所で、一体何をなさっていたのですか?」 アルヴァレートは毎度の事の様に、盛大な溜息と共に僕の瞳を軽く睨んだ。さすがにこの家の執事として五年 間も勤めていると、年季が違ってくるらしい。アルヴァレートは慣れた手つきで、ピカピカの銀の水差しから冷 たく冷えた水をグラスに注ぎ、銀の盆に乗せ僕に差し出した。 「今回は、たまたま私が通りかかったからよかったものの、次回からは誰も見つけることが出来ないかもしれな いんですよ?」 「……だから、探し物をしてたんだよ!」 僕は先ほど出来た後頭部のたんこぶを擦りながら、グラスを受け取る。 「探し物っ!」 「……探し物、ですか?」 「そうだよ、僕が無意味に動き回るわけないじゃないか!」 「その審議は後に回すとしまして……何をお探しなんですか?ユージィン様は」 「黒いダイヤ」 「黒い……ダイヤ?」 「そう!幻の『黒いダイヤ』を探してるんだ」 「ですがユージィン様、宝石類がこの敷地内で発掘された史実はありませんよ?」 アルヴァレートは訝しげに首をひねると、僕の瞳を見た。……まあ、凡人には僕の考えを理解する事など出来 るとは思っていないから、この反応は予測済みだな。 「あのねぇ、アル……僕ほどの天才が、そんな初歩的なミスをするとでも本気で思ってるの?」 僕はふふんと鼻を鳴らすと、この城の敷地内の見取り図をベッドに広げた。更に、今度はその隣に、先ほど僕 によって綺麗に色分けされたばかりの『黒いダイヤ』の分布図を重ねる。 「……これは?」 「未だ解からないのか? 『黒いダイヤ』の分布図だよ」 「いや、それは解かりますけど……こんなに沢山のところで発掘されているものに、それほどの価値があるもの なんですか?」 「これは、ここ三〜四年の目撃情報を総て載せてあるからね。……そうだな『黒いダイヤ』一つにつき最高で八 万七千マルクだそうだ」 「八万……ダイヤにしては、それほど高くはないですね……」 「これには希少価値があるんだよ」 「希少価値……ですか?」 「そう。どんなに大切にしまっておいても、数年後には必ず跡形も無く消えてしまう……謎のダイヤなんだ!」 アルヴァレートは驚いた様に眼を丸くした。まあ、凡人にはこの謎は解けなくて当然だな!これは、天才にの み与えられた試練なんだ。 「……ユージィン様は、どちらにしてもお金が目当てなわけではないのでしょう?」 「あたりまえだ! こんなはした金僕が欲しいわけ無いじゃないか!そのくらいなら、僕の特許使用料ですぐ にでも稼げるよ!」 「ではやはり、ご自分の研究の為ですか?」 「研究じゃないよ、もう謎の解答はほぼ出てるんだ。後は証拠を探すだけなんだから」 「……しかし、お身体には十分お気をつけ下さいね。私はゲルハルト様……貴方のお父上様より、貴方のお 世話を申し付けられていますから、ユージィン様に何かあったら、申し訳が立ちません」 「僕はもう一七歳だ!立派な大人だぞ!子供をあやすみたいに言うな!」 「立派な大人の方は、ご自分の敷地内で帽子も被らず歩きまわり、日射病で倒れて後頭部にこぶを作ったりは しませんよ、ユージィン様」 むっ……アルめ、凡人の癖に数年間僕と一緒にいて、天才の恩恵を受けたなっ!僕に言葉を返すとは! 「……ふん、凡人には僕の凄さが解かるまいさっ!」 そう言って僕はベッドのシーツの海から這い出る。 「あ……まだ歩いてはいけませんよ、ユージィン様!」 「天才だから、大丈夫だよ」 「そう言う問題では、無いでしょう? 少なくとも後一時間は横になっていてください」 「……じゃあ、アルヴァレート」 「――はい?」 「ここにメモしたもの、用意しといて」 僕はサイドボードの上からメモ帳と羽ペンを取り上げると、いくつかの品物をあげ、その作り方を簡単に書いた。 凡人に合わせて、かなり丁寧に書いたんだぞ。さすがは天才! 「……畏まりました」 アルヴァレートは一瞬不振そうな顔で僕の書いたメモを見つめる。 「――?何か、不都合なことでもあるの?」 「あ、いえ……女性用のストッキング……ですか?」 「そうだよ。『黒いダイヤ』を手に入れるための、必需品だ!」 「そう……ですか、畏まりました」 ――みてろよ、『黒いダイヤ』……!! 「……で、ユージィン様、結局『黒いダイヤ』とは、一体どういう物なんですか?」 アルヴァレートは木にネットを張りつけながら、こちらを振り返った。 「何だ、未だ解からないのか?」 「ええ、さっぱり」 アルヴァレートは木から下りると手を払い、首を傾げる仕草をした。 「数年経つとふっと掻き消えて……絶対に何年と同じ人間の手元には無い」 「そうだよ」 「独りでに、消えるんですか? それとも、他に理由が?」 「自分で、無くなるんだよ。……独りでに、ね。喩え僕が持ってたとしても、十年は持っていられない。さすがに 天才の僕でもね」 アルヴァレートはふむ、と腰を屈めるとと、僕の顔を覗き込む。 「さて、と……仕事は以上ですか?」 「うん、ご苦労。本格的な採集は今日の夜からだ」 「夜……ですか?」 「そうだ、そこからが勝負なんだ……!」 「……なんだか…あ…いえ、何でも……」 心なしかアルヴァレートの顔が曇って見えたのは、きっと僕の気のせいだろう。 「――あの……ユージィン様……これは……もしかすると……?」 アルヴァレートの顔が薄暗い夜の帳のせいか、白い肌が余計に青白く見える。 「なんだよ、言ってみなよ?」 「昆虫採集……というやつでは……?」 「やっと気が付いたの? そうだよ、僕達はオオクワガタを探してるんだ」 「……やはり、そうでしたか……。しかし、オオクワガタが、八万マルクで本当に売れるんですか?」 「問題は、そこなんだよ。世界最大のオオクワガタは、体長が一二〇ミリほどもあったって伝説がある。それが 八万マルクだったんだ」 「一二〇?!」 「凄いだろー? けど、ここで問題が起きた。うちの森には体長一〇〇ミリを超えるクワガタがここ二〜三年で、 続出し始めたんだ」 「……何故です?」 「僕が、天才過ぎたから」 「……ユージィン様……」 「信じてないだろ?!本当にそうなんだよっ!」 アルヴァレートの顔から、今度こそ本当に血の気が引いてきているのがわかる。 「……も、もしかして……三年前に……」 「そう、その『もしかして』なんだよ……」 僕はゆっくりと足を止めるとアルヴァレートを振り返った。 「ほら、僕の従兄弟のユリウス、あいつ遺伝子工学やってるだろ?僕もその頃ちょうど医学生やってたしね、 二人でちょっと遺伝子操作しちゃったんだ」 「……ちょっとって……」 「あんなに上手くいくとは思わなかったよ、さすが天才だね。しかも、ちゃんと生殖機能も損なわずに!」 「そう言う問題じゃ有りませんよっ!ユージィン様!」 「だから、こうして騒ぎになる前に回収しに来てるじゃないかっ!」 「二人だけで、回収しきれると思ってらっしゃったんですか?!明日は従業員総出でクワガタ狩りですよ っ!!」 「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜?!嘘でしょ〜〜〜〜〜?」 「嘘じゃ、ありませんよっ!」 夜中に聞える人の悲鳴、動物の嘶き、不気味な物音……。 毎夜、この城では、何かが起こっている……。 貴方はこの謎を解明することが出来ますか……? もっとも……貴方がいなくなっても誰も探す物はいないでしょうけれど……。 |
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