愛しいという気持ち

――愛しいと思う
規則正しい寝息を立てているクリスの柔らかな髪を優しくなで上げ、フィラは今し方心の中に浮かんだ不可思議な感覚を、その端正に引き結ばれた唇より紡ぎだす。
――愛しい……?」
なんて不思議な響きを持つ言葉だ。
……愛しい?何なのだ、それは。
人というものは誰しも、誰かに教えられたわけでもないのに「愛しい」と言う感情を解るようになる。親を愛しいと思ったり、兄弟を愛しいと感じたり……。
――ならば今、自分が心に抱いている感情は「愛しい」なのであろうか?
感覚などとうの昔に忘れてしまった今となっては、その答えも解りかねる。
ただ一つ解ることといえば、この心の動きは「恋愛」などという生易しいものではなく……もっと生々しい、激しくうねる理解しがたい物……そう、まるで身体中に電流が走ったような狂おしい感情だということだ。
「……では、何だ……?」
支配欲……?――いや、独占欲と言ったほうが近しいか。

自分以外の誰にも奪われたくない。
触れさせたくない。
誰も見て欲しくない。
自分だけを見て欲しい。
自分の心が止められない。

理性などとうの昔に吹き飛んで、この間など危うくクリスを狙う反逆者の一人を、彼に止められなければ殺してしまうところであった。

総てが欲しい。
総てを受け止めたい。
彼を傷付ける総てのものから守りたい。
その甘い唇より出づる総ての言葉を心に止めて忘れたくない。
忘れられない……

それでも戸惑ってしまうのは「愛しい」と言う言葉の意味を、未だ確信しきれていないからなのだろうか?手探りで、昔自分が持っていたはずの小さな感情を暗黙の中必死で探してみる。捨ててしまおうと思った、でも捨てきれなかった、甘やかな感情。報われぬ恋に身を焦がした、あの頃の……。しかし今ならば、思い出だと言えるような気がする。
開け放たれた窓からは澄んだ、優しい風が流れ込んでフィラの頬をなで上げる。
もう、夜明けだ。ゆっくりと昇ってゆく太陽が微笑みながら、万物に色と温かさを与えてゆく。
「綺麗だな……」
――多分、同じことなのだ……。「愛しい」という気持ちが、それと同じくらい自然なことであると自分は知っていた筈なのだから。
フィラはそっとクリスの微かに朱に染まった柔らかな頬に、唇を寄せる。
「愛しているよ……」
いつか、そう言える筈だ。
「……ん……、フィラ……?」
いつか、彼に、愛していると。
――それは遠い日のことでは、無い。
「お早う、クリス……。今日は温かいな」

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