GHOST BUSTERS シリーズ NIGHT MAREの誘惑 -03 |
十月一四日 午前二時頃 「へぇ、あの結界を破ってここまで来るとは、なかなかやるじゃねーか……!」 計ったように現れた殺気。郁生はゆっくりと振り返る。 「へへ、余裕だねぇ。たった一人でこんなところに乗り込んでくるなんてよ……」 低い、嘲笑を含んだ男の声。男は唇の端を吊り上げながら、その目で郁生の姿をじっくり見まわす。 「……なんだ、どんな奴かと思ったら、ただのなまっちろいガキじゃねーか。ボスの言うことも、案外あてにならねーな」 「……ねぇ、あんたのボスってどんな奴?」 郁生は唇に笑いをたたえながら、大胆に言った。しかし、その瞳は冷静に相手の全身をとらえ、分析をはじめる。更に郁生は自身の周りに目を走らせた。 ――大方、喧嘩と腕力に自信ありってとこか? 郁生はそう判断を下すと、更に不敵な笑いを浮かべる。 「はっ、俺がそんなこと言うと思うのか?バカが」 「だろうね」 「ま……心配しなくても、お前はボスになんざ逢えねぇんだから、知る必要ねぇさ」 ――5……7……8人か。 「ね、あんたさ……土の一族だろ?」 「……へっ、俺のこと知ってやがるのか?」 「知ってるさ。土の魁煉って、あんたの事だろ?」 魁煉は薄笑いを浮かべた。 「知ってるなら話は早ぇ。……お前達、手ぇ出すんじゃねーぞ!」 「へぇ、紳士だね」 「俺ぁ弱いもの虐めは好きじゃねぇが……おとなしく、くたばっちまいな!」 魁煉はお決まりの台詞を吐くと、吼えるように唸りながら突進してくる。 「……ちっ」 流石に凄い殺気だ。気迫だけでピリピリと髪の毛が逆立ちそうな迫力である。郁生はすばやく身構えると、軽くステップを踏む。 「オォルァ!」 郁生は迫り来る魁煉の腕を、腰を落としてかわし、更に続いて襲い掛かる足を横っ飛びにかわした。 「ヌン!」 郁生が地面へ着地したのと同時に、魁煉の拳が地面を叩きつけた。その勢いで工場内に溜まっていた埃と小石が飛び散る。郁生は体を跳ね上げて飛び起きると、片手で降り注ぐ小石をはらった。 「はははっ!どうした!逃げてばかりじゃ俺は倒せねぇぞ!」 埃と暗闇にまぎれて魁煉は郁生の背後から、わき腹へ目掛けて渾身の一撃をぶち込む。 「……くっ!」 郁生は体を反転させ、わき腹への致命傷を右腕でガードする。 「はははっ!致命傷をかわした反応のよさは認めるが、腕がイカレちゃ反撃のしようもないか!」 魁煉が豪快に嘲笑する。郁生はそれを聞き、まるで何事もなかったかのように、嘲笑を不敵な笑いで返した。 「よかった、アンタは本物みたいだね」 「……!? 効いてねぇのか 」 拳を受けた腕がびりびりとしびれている。やはり力は本物だ。しかも思ったよりスピードもある。 ――これは……ちょっと厄介な相手だな。 「なら……これならどうだっ!」 魁煉は勢い良く跳躍すると、組んだ両腕を振りかぶる。 「あんまりむやみに飛ばない方が……!? 」 「これでいいんだよ……!」 魁煉は空中で組んだ両腕を解き、紙一重で避けかけた郁生の頭を掴み、そのまま郁生の頭を目掛けて自分の頭を振り下ろした。 「オオラァ――!」 ゴッ……! 鈍い音と共に、頭に火花が散ったような感覚がおこる。次の瞬間、眩暈のしそうな熱い痛みが郁生を襲った。 「………痛ッ!」 郁生は激痛に眉をしかめながらも、頭を掴まれたままの魁煉の腕を掴み、腹筋に力を入れると一気に膝を蹴り上げて、今度は魁煉の鳩尾に膝をめり込ませる。 「……ぐっ!」 魁煉は郁生の頭を離すと、一歩後ろへ引く。魁煉の腕から開放された郁生は、着地と同時に地面を蹴ると腰をひねりながら回し蹴りを仕掛ける。 「ダァッ!」 「……させるかっ!」 魁煉は左腕でガードすると、そのまま右手の掌底で郁生の鎖骨を狙う。 「うわっ!」 郁生は身体を仰け反らせてかわすと、魁煉の腕の関節を取り、相手の力を応用して地面へと投げ技をかけた。魁煉の身体は、目標を失って地面へと激突する。 ズドォォォン……! 「はぁ……はぁ……あ、危ねー……」 郁生は砂埃を払い、身構えながらも不適に問う。 「……ね、アンタほどのBBが、こんな風に顎で使われてて平気なの?」 「……ほざけ。お前が知る必要はねぇよ」 ゆらりと起き上がりながら、魁煉が答える。 「あれ、ひょっとしてオレ、プライド傷つけちゃったかなぁ?」 「……ガキが……」 魁煉の瞳に炎が燃え上がり、口元には壮絶な笑みが浮かび上がる。 「なかなかやるな……が、やっぱりオレの敵じゃねぇよ……」 「口だけじゃないことを期待するね」 郁生はそう嘯くと更に挑発する。 「……オレは人間には拳以外は使わねぇことにしてるんだが……仕方がねぇな」 「へぇ? 意外とフェアなんだ」 「はっ、ふざけるなよ。人間如きに技を使っちまったら、ひねり潰す楽しみがなくなっちまう。ただそれだけの事さ。残念だが、もう泣いても喚いても遅いぜ」 「最初から助ける気もないくせに、よく言うヨ」 「わかってるじゃねぇか、その通りだ!」 魁煉はそう叫ぶと徐に息を吸い込むと、身体中のオーラを一点に集中した。 「………!?」 「おおおあああああああぁぁぁぁぁっ……!」 叫び声と共に魁煉の身体中……いや、その周りすらも震えだす。 ゴゴゴゴゴゴゴゴ………… ぐらぐらと地面が揺れだす。郁生はとっさに工場の柱につかまった。 「地震!?」 「食らえっ!アースクエイク 」 ひときわ大きい轟音と共に、工場の地面にぱっくりと口が開く。次の瞬間、それはまるで生き物のようにうねりながら郁生に目掛けて襲い掛かってきた。 「……くっ!」 郁生はとっさに地面を蹴ると、金属製の柱に飛び移る。 「は、逃げても無駄だぞ!」 うねる地面の怪物は方向を変えると、郁生の飛び移った柱ごとなぎ倒そうとする。 「うわわっ!」 郁生は格子状の柱をのぼり、天井から生えているパイプに手を伸ばした。 ドォォォン! 轟音と共に、柱が床に倒れ込む。郁生は間一髪パイプに飛び移った。 「……ちょこまかと……いいかげんにくたばれ!」 魁煉は土の怪物の口をひときわ大きく開かせると、パイプもろとも郁生を飲み込みにかかった。 「………ッ !!」 轟音と共に、郁生は怪物の口の中に吸い込まれてゆく。 「はははっ!そのまま地の底で永遠の眠りにつけ!」 魁煉は更に渾身の力を込め、土の怪物の口を閉じにかかる。 ――シュッ……シャラララ・……! 「――!?」 軽快な金属の摩擦音が、凄まじい轟音の中を軽やかに響いた。 「こ……これは……!」 いつのまにか魁煉の右腕には白銀に光る手錠が架せられている。その鎖は先ほど郁生が捕まっていたパイプを通し、その先端は先ほど自分が作った土の怪物の口のなかへと伸びていた。 「ま……まさか!」 魁煉はわが目を疑った。先ほど自分が作ったはずの土の怪物が、見る見るうちに崩れ、砂へと戻っていったのだ。そして崩れ行くその中からは、段々と郁生の顔が見えてくる。 「……正解」 郁生は口元に笑みを浮かべると、一気に鎖を引いた。 「せぇ……のっ!」 「うお……っ!!」 次の瞬間、魁煉の身体が急激に宙に浮いた……正確にはには天井のパイプを通し、引っ張りあげられたのだが。 「この鎖はちょっと特殊でね……捕らえたBBの特殊能力を無効化する働きがあるんだ。つまり、あんたの怪物はただの砂に戻るってことさ。でも……アンタ隙がなかったから、特殊能力を最大限発揮して、一瞬の隙ができるとこまで待ってたのサ」 「………! お前、その額の紋章……! まさか……! 『ウィル・オー・ザ・ウィスプ』!」 魁煉は愕然とした顔で郁生の顔を見つめる。青白く輝く、禍々しいその紋章は……見間違いではない。確かに本物だった。 「………そ。生まれた時から特殊体質でさ。力を発動すると浮き上がっちゃうんだよネ。……それにしても……やばいな、本格的にやばい噂が広がっているのか……」 郁生は苦笑すると、手錠のもう片方を魁煉の左腕につないだ。 「さて、と………じゃ、しばらくそこで待ってなよ」 「くっそぉぉおおお! 殺せ!」 瞬間、郁生は悪戯っぽい笑みを浮かべて振り返ると、舌を出しながら言う。 「……やだね!後で賞金に換えてやるから、少しそこで反省してな」 十月十四日 午前四時 「……いるんだろ、そろそろ姿を見せたらどうだい?」 郁生の声に、暗闇から人影らしき者がかすかに動いた。ことり、と何かを置く音が聞こえる。 「……どうやらチェックメイトのようだね……残念」 「そうだぜ、負けた奴はちゃんとペナルティーを払わなきゃな」 「そうだね……」 「……でも、敗者復活戦をやるつもりだって言うなら、乗り気じゃないケド相手になるよ」 郁生はゆっくりと身構えると、声のする方を見据えた。 「………そうできるといいんだけどね。でも……残念ながら、僕自身にはキミのような単体戦闘能力は無いんだよ」 クスクスと笑いながら、声の主は悠然と答える。 「だから、この戦争はキミがこの僕の目の前に立ったところで、本当のチェックメイトなのさ」 「……」 「それよりも……よくこのトリックが解けたね。流石はコードネーム『ウィル・オー・ザ・ウィスプ』と、言っておこうか」 「あー……その呼び方、やめて欲しいんだけど。実はオレ、あんまり好きじゃないんだよネ」 「……不思議な奴だ。まぁいい。どうしてこの謎が解けたのか、是非聞かせて欲しいものだ」 郁生はほんの少し頭を掻くと、一呼吸置いて口を開いた。 「……つまりはさ、最初の結界がそもそもの罠だったんだよな」 「………」 「最初の結界は……いや、そもそも本当は最初に結界なんか無かったんだ。最初に『いかにも怪しい』幻影をオレ達侵入者に見せておいて、そこに結界があるんだと思い込ませる」 「………」 「それを俺達はまんまとだまされて、結界を解くために磁界を曲げる……と、そこで本当のトラップ――つまりそこで初めて結界が発動する」 「それによって得られるメリットは?」 「オレ達は自分で結界を解いたと思い込むことで、そこにあるものが全部実態だと思い込むことになる。でも……実はそれこそがナイトメア……あんたの作った悪夢だということを考えもせずにね」 「なるほど……続けてくれ」 ナイトメアは楽し気に、ほんの少し声を立てて笑った。 「オレはこの工場に入ってから、何か違和感を感じてた。どれだけ走っても外にたどり着け無いし、同じような刺客ばかりがやってくる。明らかに無限回廊の状況だ」 「……だが、それだけでは君達CHが違和感に気が付かないわけが無いだろう?」 「そこだよ。ナイトメア、ティエフ。あんたの能力の特殊なところサ。あんたは人の気配までもを忠実に再現させることができるんだ。この世界の大抵の奴は気配を読むことに長けてる。だから逆に"気配があれば"って信じちゃうんだろう」 「違和感に気が付いたきっかけは?」 「オレが倒した刺客の一人の気配だよ。倒した瞬間気配が消えた。……でオレはさっき言ったようにココがむしろ本当の結界内じゃないかってことに気が付いた。……で、ココが結界内ならやることは一つ。結界をもう一度……正しくは自らが発動させてしまった結界を壊せばいい」 「………」 「それらの事を総合すると……ティエフ、あんたの特殊能力は「磁界増幅・操作能力」と……おそらく「精神感応力」じゃないのか?あの"気配"の正体は多分……オレ達自身の脳みそから精神感応力で真実に近い幻覚を引き出してた……違うかなぁ?」 「………あはは、全問正解だよ。見事だ」 「……通りで俺の知ってるゲームと敵キャラの出現の仕方が似てるはずだ」 その人物は、ゆっくりとした歩調で郁生の前に姿を現す。郁生はその光景を見て、思わず気の抜けたような叫び声をあげた。 「ガ……ガキだって……?」 薄明かりの中現れたその人物は、確かに郁生の肩ほどまでしか身長のない、せいぜい小学生ほどの子供のように見えた。しかし、その子供は最近の若者よりもよっぽど流暢な日本語を、淀みなく話している。 「……何を驚くことがある? キミだってあの魁煉を、その細い身体で倒してきたんだろう?要は能力と頭脳の問題さ。容姿で人を測るのはナンセンスだと思うけど?」 「そ……それは……」 そういうと、彼は象牙でできたチェスの駒……キングを差し出した。 「ボクはナイトメア、ティエフ・レッドフォード。CHイクミ、キミの勝ちだよ、受け取りたまえ」 「か……かわいくないガキ……」 十月十五日 午後二時 トゥルルルル……トゥルルル…… 「ふ……ふぁい、こちら超優秀で超親切、CHたかおかでぇ〜〜す……」 「やあ、悪いね。まだ寝ていたのかい?」 「……桐嶋サン……」 郁生の頭は、桐嶋の声で否応無く冴えさせられた。 「ちょっと頼みたいことがあってね」 「……今度は何なんですか……。面倒なことなら受けませんからねっ!」 郁生はベッドから身を起こすと、大きなあくびを一つした。 「大体ボク、本業は大学生なんです。最近まともに講義出てないし……」 「安心してくれ、講義には差し障りが無い……というか、役に立つかもしれないよ?」 「……は?」 「まぁ……詳しいことは本人から聞いてくれないかな?そろそろそっちに着くころだと思うから」 ――本人? 来る? ピンポーン……ピンポーン…… 「あ、来たようだね。それじゃあ、よろしく頼むよ、郁生君」 「………?」 すでに受話器からはツーツーツーと通信音しか聞こえない。郁生はベッドに腰掛けると、不可解そうにうなだれた。……と郁生の視界が急に翳る。 「……まったく、いくら日本が平和だからって、こんなに簡単な鍵一つで、良く生活していられるものだな……」 頭の上から降ってくるのは、聞き覚えのある声。 ――この声は……まさか! 郁生は一瞬にして顔を上げた。 「………! ティエフ? お前……なんで……。っていうか、どうして部屋にいるんだよ?」 「なんだ……ヨウスケから聞いていないのか?」 「ヨウスケ……って桐嶋サン……?」 「そうだ。……これからしばらく世話になるぞ」 「ちょっとま……世話になるって……?」 「特別処置でね。クリ―チャーハントを手伝うという条件付で、僕は釈放されたってわけさ」 郁生は目の前がくらくらと揺れたような気がした。 ――なんで……面倒ごとは皆ボクのところへ回そうとするんだ……! 「き……桐嶋サンの鬼ぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」 マンションに郁生の悲痛な叫びがこだました。 |
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