口笛 |
「さっきは口笛の練習をしていたのかい?」 僕は部室で書類の整理をしている君の器用な手元を見ながら、そう言った。 先ほどは思わず「練習試合のミーティング」等と言ってしまったがそんなものは真っ赤な嘘だ。 ただ彼と一緒に居たいがために思わず口をついて出た出任せだった。 僕のそんな僅かな後悔をよそに、君はちょっと拗ねた様に頷く。 「そうなんです。天国達に『口笛も吹けない』ってバカにされたのが悔しくて!」 猿野……今年入った元気のいい新人だ。 確かに彼なら言いそうな事だな。 「猿野君か……、彼は本当に仕方がないなぁ」 僕がそう言うと、君は苦笑しながら書類をしまう為に立ち上がった。 「まぁ、あれはあれで悪い奴じゃないんですけどね」 そう言うと君は書類のファイルを棚にしまおうとするが、最上段まで僅かに背が届かない。 「僕がやるよ」 そう言いながら僕は君の背に回り、彼の手を包み込むよう後押しするようにしてファイルを押し込む。 「ありがとうございます」 「どういたしまして。ところで、僕が教えようか?口笛」 僕は、彼の手を握ったままそう提案した。 「えっ?本当ですか?」 君は嬉しそうに僕を振り返る。 ああ、駄目だよ、そんな顔をされたら僕の理性が飛んでしまうから。 「本当だよ。まずはね、唇はこう……」 「こう?」 「そう、そのまま吹いてごらん?」 「……ふ――ッ ……あれ?」 君は勢いよく息を噴出すが、音は出ない。 顔を真っ赤にしてがんばる君の顔の可愛いこと。 僕は彼の瞳を見つめると、打開策を考える。 「う―――ん……ああそうだ、昔ヘレン・ケラーは発音を人の唇に触って覚えたそうだから、こうしてはどうかな?」 そう言って、僕は君の指先を自分の唇に触れさせて、口笛を吹く。 「〜〜〜♪ どう?解りそうかい?」 「う……よく解らない……」 君は済まなそうに困った顔で僕を見上げる。 ああ、君はどんな表情をしても可愛いね。 「しょうがないな……指じゃ解りにくいかい?それなら……」 僕はそう言いながら君の唇を自分の唇で塞ぐ。 「んっ……」 初めて触れた君の唇は柔らかくて、その甘さに一瞬の眩暈を覚えた。 「んんっ……」 僅かに身じろぎをする君の背に腕を回し、彼の身体を窓に押し付ける。 僕はゆっくりと唇を揺さぶって君の唇をこじ開けると、彼の校内にすばやく舌を滑り込ませた。 「……っ……ふ……」 丁寧に彼の歯列に舌を這わせ、口内すべてをくまなく蹂躙する。 そしてそのまま彼の柔らかい舌を、自分の舌で絡めとった。 僕は逃げようとする彼の舌を吸い上げて絡めると、そのまま自分の口内へと招き入れる。 「……ふ……んっ……」 君の眉が切なそうに寄せられたのを見て、僕は彼の舌を優しく噛んだ。 彼の呼吸に合わせるように唇をゆっくりとずらすと、再び舌を絡ませる。 「―――……?」 ふと視線を感じ、僕は唇を重ねたまま瞳だけで窓の外に視線を移した。 ――あれは……子津君? 窓の外の彼の視線は僕を見据え、固まっている。 彼の顔は青ざめ、傷ついたような、信じられないような目をして立ち尽くしていた。 ――ああ、そうか。君も君を好きなんだね? 僕は窓についていた手で君の右手を握って窓に押し付けると、更に深く口付ける。 軽くついばむようなキスから、口内を攻め立てる強引なキスを繰り返す。 ピチャピチャと卑猥な水音が鳴るのを聞くと、僕の背に甘やかな電流がゾクリと伝った。 ――君は誰にも渡さないよ。 「んんっ……む……っ」 君の左手が探るように動くと、僕のシャツの背を掴む。 「………」 僕は軽く音をさせながら、ゆっくりと唇を離した。 銀色に輝く糸が、キスの激しさを物語っている。 「……っは……はぁっ……」 君は全身の力が抜けたように、その華奢な身体を僕に預ける。 僕はその身体を支えながら、しっかりと彼を腕の中に抱きしめて耳元にささやいた。 「……君が好きだよ」 君の上気した頬に唇を這わせる。 「こんなにも、君が好きだ」 「……先ぱ……」 「いつか、君を僕だけのものにするから」 そのためには、何をしたって構わないよ。 友情を無にしても。 信頼をなくしても。 僕は君を愛してる。 |
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