Silent Knight 〜Christmas 特別企画夢〜


W. SilentNight : XANXUS

頬に付いた返り血を乱暴に拭い、はゆったりと空を見上げた。
ちらちらと星が煌いている、澄んだ夜空だった。
吐く息が白い。
は銃をホルスターへ仕舞うと、コートの前をかき合わせた。
冷たい風が頬を撫で上げる。
は踵を返すと、僅かに痛む足を引きずりながら館への道を歩き出した。
今頃はヴァリアーのメンバーもミッションを終えて帰還していることだろう。
このミッションを計画した自分ひとりが足を引っぱるわけにはいかない。
例え、予想外の出来事があったとしても、何食わぬ顔で帰還することが使命。
逃走用の車までは、残り300m程度。
クラリ、と視界が揺れるが何とか踏みとどまる。
後250m。
遠い。
目の前がかすむ。
は歯を食いしばるともう一歩足を踏み出すが、その膝ががくりと落ちた。
「……っ!」
膝が地面に付く瞬間、不意に重力がなくなった感覚に陥る。
「……おい、何してやがる」
耳元で囁かれる、乱暴で不機嫌な声音。
本来なら、こんな所で聞くことの無いはずの声。
「……ザン、ザス?」
は軽く頭を振ると、視線を左へとやった。
そのザンザスの赤い瞳は不機嫌に細められ、自分を見下ろしている。
「無様だな」
そう言うとザンザスは乱暴にの腕を引き、を立ち上がらせた。
「……言い訳もできねぇな」
は自嘲気味に笑うと、溜息をついた。
脇腹が熱い。
まるで身体中の熱がそこから流れ出ていくかのようだ。
「参謀のオレがコレじゃ、全く面目が立たねぇ」
その言葉にザンザスは眉をぴくりと跳ね上げると、冷たくを見下ろす。
「……馬鹿が。オレはそんなこと言ってんじゃねぇ」
言いながらザンザスはの身体をしっかりと支える。
「最初に言ったはずだ……オレより先にくたばるんじゃねぇってな」
無言で歩き出しながら、ザンザスはそう漏らした。
「………」
後、100m。
「聞いてんのか?」
「……ああ」
はそれを肯定すると、隣にあるザンザスの端整な顔を見つめた。
「てめぇは……オレの為に生きてぇのか?それとも、オレの為に死にてぇのか、どっちだ」
静かに質される。
「どっちも」
「馬鹿が」
不愉快気に眉を顰めると、ザンザスはを助手席に押し込む。
暫くして自分も運転席に乗り込みながら、ザンザスは吐き捨てるようにもう一度『馬鹿が』と呟いた。
「死ぬのは許さねぇって言っただろうが」
「あぁ……そうだったな」
「てめぇに選択の余地はねぇ。てめえの命はオレのもんだ」
ザンザスはそう言うと、乱暴に後部座席からワインのボトルを掴んで引き出す。
そのまま無言でコルクを引き抜くと、徐にの脇腹に盛大にかけた。
「……っ」
傷口に、アルコールが焼け付くかのように染みる。
「自業自得だ、我慢しろ」
ザンザスは空になった瓶を再び後部座席に放ると、代わりに真新しいハンカチをへ投げた。
「……あぁ……折角、今日開けようと思ってたワイン……だったんだけどな」
はそれで脇腹を押さえながらも、皮肉気にそう言って薄く笑う。
「ぬかせ。どうせその傷じゃ飲めねぇだろうが」
「ま、大体クリスマスって柄でもねぇしな」
ザンザスはそう言うを横目で見ると、ゆっくりと車を発進させた。
ぼんやりと、景色が流れ出す。
高級車特有の低いエンジンの音と、タイヤが地面を擦る音しか聞こえない。
「おい……」
不意に、前を向いたままザンザスがそう発する。
「……ん」
は視線を這わせるようにザンザスを見つめた。
「てめぇは捨て駒じゃねぇ」
「………」
視線は合わない。
しかし、そのザンザスの真剣な眼差しは痛いほどに伝わって、は僅かに眼を細めた。
「今後もする気はねぇ」
「……オレ、愛されてんのな」
おどけた様なの言葉。
しかし、ザンザスの眼差しは変わらない。
「自覚があるなら死に急ぐ真似するな、
不意に告げられた真摯な言葉に、の時は永遠とも思えるような一瞬、時が止まった。
「否定、しないのか」
「して欲しいのか」
「……いや」
は視線を外すと、駆け抜けるように流れる景色に視線を戻した。
こんなことは計画に無かった。
ただ、ザンザスの為になることなら何でもすると、それだけで良かったはずだった。
思いは自分の一方通行の筈だった。
なのに、この妙な感覚は何だ。
駆け抜ける視界がぼやけて歪む。
「……不意打ちは、卑怯だぜ、ボス」
吐き出される言葉は冷たい夜気に震えた。
「フン、知るか」
そんな言葉にさえ、熱を感じてしまう。
「いいか。二度といわねぇからしっかり聞いとけ」
不意に、ザンザスは視線を変えぬままそう切り出した。
「オレはてめぇをずっと傍に置いておくと決めた。命令だ。だから、それを破る事はゆるさねぇ」
「……死ぬまでか?」
「死んでも、だ」
「………」
「だから、もう二度と……死に急ぐんじゃねぇぞ、カス」


例え、世の中の誰もが永遠など無いと笑おうとも、それでも二人は今、永遠を誓う。
聖し、この夜に。



「今の言葉、魂に刻むよ」

END 

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