In Suo stato stato nato, io Grazie a Dio |
夕闇の迫る薄暗い部屋の中、は何の気なしに流していたテレビのニュース番組に視線を送った。 アナウンサーは深刻そうな顔で、遠い日本と言う国の学生の自殺者の特集記事を読み上げている。 曰く――学歴社会がとどまること激化する中、学生達のストレスは極度に増し、いじめやうつ病が尻上がりに増え続けている。子供達は親の言う通りのレールをブリンカーを嵌められただ爆走し、テキストを聖書としてあがめる。そんな彼らだから、人生で僅かな段差や壁にぶつかると全てを放棄し、自らの殻に閉じ篭もる。そんな彼らを救うために行われているのは『自分捜しの旅』。専門家によれば、これらは全て日本の教育問題に端を発していると思われ―― 声高に訴えるアナウンサーの台詞に、は面倒そうに溜息をついた。 「……くだらねぇ」 は気だるげにソファに身を沈めたまま前髪をかきあげた。 全てがくだらない事のようにには思える。 の人生は、全て生きていることの方が奇跡と言うものであった。 生きるためなら何でもした。 しかし、自分というものに疑問を持つこともなかった。 生きている心地がしないような危機の時でさえ、生きている実感があった。 それなのに、この若者達の惰弱さはどうだ。 悪いのは、全て無関心だ。 ブリンカーをつけて受験勉強に鞭をしならせる親は、子供自身への関心がない。 全ての関心事は自分のちっぽけでつまらないプライド。 だから、その子供にとって本当の最適な環境が何であるのかが見えないのだ。 そして、子供自身も自分自身に対して、だんだんと無関心になっていく。 自分にとって一番大切な事、それが解れば安易に自殺など考えない。 はそう思う。 「……フン、自分でつけた番組を見て文句言えば世話ねぇな」 はゆったりとした動きで声のする方に視線をやった。 振り返らなくとも誰かと言うことなど解っている。 「入るならノックの一つでもしろよ、ボス」 「うるせぇ。お前はオレの物だろうが。お前の許しなんか必要ねぇ」 そう言うとその男……サンザスはの正面にドサリと腰を下ろし、その長い足を優雅に組む。 乱暴にしているようなその行動も、ザンザスがするとなぜか優雅に見えてしまう。 それも全てこの男の見せる余裕の為せる技なのだろうか。 ぼんやりと、はザンザスを見つめながら思う。 「なに見てんだ」 「ザンザスの顔」 「フン、馬鹿も休み休み言え」 ザンザスはそう余裕気な笑みを浮かべると、の言葉を一蹴した。 「で、そんなくだらねぇもん、お前は何で見てやがる」 「参謀としては、一般常識も必要なのさ」 はククッと喉の奥で笑うとその黒い革張りのソファから上半身を起こした。 「……好きにしろ」 ザンザスは既に興味が失せたようにスクリーンから視線を離し、重厚な窓に視線を這わせた。 紅が、青い天幕を引きながら地平線に向かっている。 「ザンザス……お前は、自分が何で生きてるかとか、考えたことあるか?」 不意に、真摯な色を帯びたの言葉に、ザンザスは視線を変えずに答える。 「下らねぇ。あるわけねぇだろ」 「だろうな」 はどこか安心したようにそう頷く。 「おい、いい加減にしろ。用がねぇなら帰るぞ」 「そうは言いながらも、ちゃんとオレの言った通り部屋に訪れてくれるんだから律儀になったもんだな」 「あぁ?お前が来いって言ったんだろうが!下らねぇ用なら殺すぞ」 窓辺の視線をへもどすと、ザンザスはその眉根を強く寄せる。 しかし、その姿勢は深く腰掛けたままで、勿論殺気など微塵も感じさせない。 ザンザス自身、この無駄を好まないが下らない用で自分を呼びつけるとは思っていないからだ。 恐らく、今行っている計画についてのブリーフィングだろう。 「ああ……いいワインが手に入ったんだ。二人で空けようかとね」 しかし、の口から漏れた言葉はザンザスの予想を大幅に裏切るもので、思わずザンザスはその眉を僅かに緩めた。 「……あぁ?」 「おや、お気に召しませんか、ボス?」 おどけた様にが笑うと、ザンザスは呆れたように溜息をついた。 「いや……悪くねぇ」 は再びクッと喉を鳴らして笑うと、ワインクーラーから適度に冷えたワインと、部屋にしつらえられたサイドボードからは1対のグラスを引き出した。 「ほら、抜けよ」 はザンザスにボトルを差し出すと、ザンザスはその眉を顰めてを見返す。 「ああ?お前がしろ、面倒くせぇ」 「いいから」 「……チッ」 舌打ちをしながらもザンザスはボトルを受け取る。 ひんやりと、緑色のボトルの冷たさと重みが指先に心地いい。 ザンザスは何の気なしにラベルに視線を落とした。 「……おい、これ」 不意に、ザンザスの視線はそのラベルの一箇所に誘われるように釘付けになる。 「ああ、お前の生まれた年のだな」 可笑しそうに笑うの不躾な視線を面倒そうに受け流すと、ザンザスはますます目の前の男の意図が解らず苛々と舌打ちをした。 「何の真似だ」 「なんだ、まだ気がつかないのか」 は大袈裟にフゥと溜息をつくと、優雅にその腕を腰に当ててザンザスを見下ろす。 「今日はXの称号を二つ持つ10月10日、お前の誕生日だろう」 「………」 ザンザスは一瞬言葉を失うと、その視線をラベルからへと移した。 「オレは、お前がいたから、見失わずに済んだ」 はいつになく真剣な表情で、ザンザスの瞳を見つめる。 「全ての世界が色あせて下らなく思えた時、お前がいたから絶望せずに済んだ」 「なんだ、急に」 「いや、今のうちに言っておこうと思ってな」 はそういって苦しそうに潜めていた眉根を解き、ふと破顔する。 「今日、この日にお前が生まれてきてくれた事を、オレの前に今居てくれる事を、オレはたった一つ神に感謝するよ。……ありがとう、ザンザス」 「……馬鹿が」 僅かな沈黙の後、ザンザスは低くそう言うと、その唇に薄い自信に満ち溢れた笑みを浮かべた。 「てめぇはオレのモンだって言ってんだろうが。例えどんな状況でも、この世でもあの世でもお前はオレの下に来る事になってんだよ。もし、その時にお前が逃げてたとしても……オレがどこまででもお前を引きずり出しに行ってやる」 クッと心底可笑しそうに喉を鳴らしてザンザスが笑う。 「いいか、覚悟しとけ」 「……ああ」 ――地の果てでも、地獄まででも、どこまでもついて行くさ。 |
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