X-炎 Episode-0 後編 | 隠し弾2 X-炎 外伝 |
9月16日 PM11:50 「様子はどうだ、」 イヤフォンマイク型の無線機から、ザンザスの低く耳障りの良いテノールが響く。 「ハッ、誰に聞いてんだ?」 の挑戦的な声音に、ザンザスは低く笑う。 「それだけの口が叩けりゃ上等か。カズ鮫どもはどうだ」 「相変わらずだ」 「フン……カスはカスか。いいか、あのカス共に全て完璧に仕上げろと伝えとけ」 「あぁ」 「う”お”ぉぉぉい!聞こえてるぞぉ!!」 思わず流されそうになる会話に、スクアーロは怒りをあらわにした。 実行部隊のリーダーであるスクアーロも、勿論無線機をつけている。 「聞こえるように言ってんだろ」 ワザとらしくが肩をすくめると、スクアーロはの胸倉を掴みあげた。 「なんだとおぉぉ!貴様ぁぁ!?」 「……おいカス鮫、余計なことしやがったら灰にするぞ!」 「……ぐっ」 ザンザスの一言に、スクアーロは一瞬躊躇うかのように止まったが、不承不承といった様子で胸倉をつき離した。 「もう……何言われたか知らないけど相変わらず短気ね、スクアーロ」 そういいながらルッスーリアは溜息をついた。 「しししっ。短気っつーか、単にクラウデイオが気に入らないだけじゃね?」 ルッスーリアの言葉に、ベルフェゴールがそう答える。 「まあ!私はちゃん好きだわ〜とっても綺麗だしね!」 「うわっ!このオカマうざっ!」 ルッスーリアとベルフェゴールの掛け合いを見つめながら、マーモンは面倒そうに溜息をついた。 「ま……気に入らないっていうか……むしろ気になる存在だからこそ食って掛かってるように見えるけどね、僕には」 そのマーモンの独り言は、誰の耳に入ることも無く闇に溶けて消えた。 「だから、言ってるでしょう!あなた方の言い値で金は払う。勿論キャッシュで。なのに何故、人質を解放しない?」 オッタビオは苛立ちを隠せないまま、軍人崩れの犯人達と押し問答を続けていた。 『オッタビオさん……オレたちはアンタが思ってるほど馬鹿じゃない。アンタが金を払って、速やかにオレたちを逃がすとは到底思えない』 「なぜ信じられないんです?!今の私には何より人質の命が大切なんです。あなた方を裏切るつもりなんて……」 『自分の名前を教えないようなヤツを、一度はオレたちを見捨てようとしたヤツを、どうして信じろと?』 「それは……」 『いいか、金を積んだ船を一艘用意しろ。それをマレ・ディボラ島対岸のD-5ポイントにつけておくんだ。金を確認し、逃走ルートが確保されていることを確認したら人質の内140人は解放する。無事、逃走できた時点でレポートを持たせた残りの人質を解放しよう』 オッタビオは戸惑った。 レポートはこの手に入らなければ意味が無い。 かといって人質を見殺しにすることなど出来ない。 そもそも、何故犯人達は取引相手が自分であることを割り出し、しかも自分が統括するこの島でパーティをすることまで嗅ぎ付けたのだろうか。 解らない事が多すぎるが、ここで感傷に浸っている暇は無い。 オッタビオは切れた携帯電話を握り締めると、目の前で弱弱しい光を発する島を見つめた。 ――ゾクリ 瞬間、身体中を包むように発せられた殺気に、オッタビオは反射的に身構える。 ヴァリアーに所属していたときの癖が未だに抜けないが、それに助けられることも少なく無い。 「……誰だ」 身構えながらも、視線だけで殺気の主を探す。 「……てめぇとも在ろうものが、とんだ大失態じゃねぇか!あぁ!?」 殺気が頬を撫で上げると、オッタビオの瞳が大きく揺れた。 「……ま、まさか……!」 9月17日 AM01:10 「さて、と」 は黒塗りのボックスカーの中でハイエンドのパソコンに送られてくる映像と、音声を聞きながら退屈そうに頬杖をついていた。 今の所スクアーロたち実働部隊にも、オッタビオに接触しているザンザスにも、マレ・ディアボラ島の軍人達にも動きは無いようだ。 は画面を眺めながらインカムのスイッチをONにした。 「ザンザス、今の所潜入は上手くいってる様だ。ま、そろそろ短気なレヴィの事だから雷で暗視装置を麻痺させるくらいの事、するだろうけどな」 「フン……馬鹿の一つ覚えか」 「まあ、実際マーモン以外機械に詳しいやつがいない以上、それがこの場合一番手っ取り早いしな。オレがここから電波を飛ばして暗視装置の誤操作を誘導するって手も無いではないけど、それはそれでその後のミッションにリスクが出る。ま、この程度の相手ならレヴィの技で十分さ」 の言葉にザンザスは薄く笑う。 「フン……カス相手にはカスが丁度いい」 オッタビオは、ザンザスの呟きに眉を顰める。 瞬間、局地的に発せられた雷鳴に、オッタビオの蒼白の顔が浮かび上がった。 「レヴィか……」 オッタビオの弱弱しい声音に、ザンザスの唇が薄く持ち上がる。 「もはや……止められないのですね」 9月17日 AM1:45 「あなたは――それでいい」 オッタビオの声が、ザンザスの無線機を通じての耳に入る。 その瞬間ゾクリ、とした憎しみにも近いドロドロとした感情が自分の心に入り込むのを、は感じていた。 「お前に……何がわかる」 ディスプレイの発する光だけが、の磁器の様に白い滑らかな肌を映す。 その表情はまるで人形のように表情が抜け落ちていた。 ザンザスに傾倒する者は数多くいるが、その中にも3種類がある。 一つ目はその純粋なる強さに惹かれるもの。 レヴィやスクアーロなど、多くのヴァリアーのメンバーがこれに当たる。 次がその恐怖に縛られるもの。 ザンザスのその強さに恐れをなし、まるで畏敬の神に触るが如く接し、ゴマをする者だ。 一部の幹部達がこれに当たり、そしてザンザスがもっとも嫌う部類。 そして最後は……自身がこれに当たる。 ザンザスに好意を抱くもの。 しかし、オッタビオの思惑は、それらのどれともかけ離れていた。 それは天才の創造主となろうとする、浅はかなる傲慢。 才能のある人物を擁護し、補佐する事により得られる「天才を作り出す悦」だ。 それは相手を見ているようで、その実自分を見ているだけに過ぎない利己的な愛。 は、そんなオッタビオの視線が嫌いだった。 ザンザス自身はそんなオッタビオの思いを、ゆりかご以前から鼻で笑い飛ばしていたが。 「おい……てめぇ何をイラついてやがる」 不意にヘッドフォンから流れ出るザンザスの声に、は視線を上げた。 「いや……何でもねぇよ」 スクアーロへの信号をオフにして、はそう取り繕う。 「まだ気にしてやがんのか。――いいか、何度も言わせるな。てめぇとヤツとじゃ格が違うって言ってんだろうが。あぁ?」 「当たり前だ」 「じゃあ、なにをイラつく事がある?カス共みてぇに動揺するんじゃねぇ、馬鹿が」 は握り締めた拳をゆっくりと解く。 「……そうだな。悪い」 は切っていたスクアーロへのインカムの電源をオンにすると、その唇に本来の薄い笑いを浮かべた。 9月17日 AM2:45 「スクアーロ、首尾はどうだ?」 インカムから流れてきたの流暢な日本語に、スクアーロは心底嫌そうな顔をする。 「う”お”ぉぉぉい、誰に聞いてるんだぁ!上手くいったにきまってるだろうが!」 そういってスクアーロも流暢な日本語で返すと、レポートのはいったケースを抱えなおした。 「そんな事より!ザンザスに何がありやがったぁ!」 突然痛みを発した、無いはずの左手に言いようの無い不安が奔る。 「……オッタビオがモスカを動かした」 「と、いうことは、オッタビオは今までの事全部吐いたわけ?」 スクアーロのインカムに耳を近づけていたマーモンがに質す。 「そうだな、粗方は想像通りだ。芸の無い」 はそう言うと、溜息と共に笑う。 「じゃあマーモン、計画通りお前はザンザスのところへ行け。オレも今から向かう」 「了解」 「それとマーモン、緊急停止スイッチは背後の頸部にあるはずだ。もしもの時はそれを押せよ」 「あぁ!?」 の言葉にスクアーロは眉を顰める。 「う”お”ぉぉい!!お前なんでまだファイルも見て無いのにそんなことが判るんだぁ!」 ヘッドフォンからは、スクアーロの怒声が響き渡る。 はそんな怒声も意に介さぬ様子で嘲笑を浮かべた。 「……ハッ!馬鹿にするなよ?どんな偶然にせよ、あの程度の下っ端が流せる程の警備しかしてなかった情報だぜ?他のヤツなら知らないが、このオレがそんな情報探り出せないと思うか?」 「………」 「じゃあ、なんでこのファイルをわざわざ取りに来る必要があったぁ……!?」 「ボンゴレ本部に流されちゃ不味いからさ」 マーモンが無表情でそう告げる。 「本部に知れればモスカの開発が僕たちだけで出来なくなる。それじゃあ今後の活動に支障をきたすってことくらい解るよね」 マーモンの声に、スクアーロは唇をかんだ。 「次の、活動だぁ……?」 「その事は帰ってからだ。今はミッションをコンプリートする事が先だ」 の冷静な声音にスクアーロは開きかけた口を閉じると、小さく舌打ちをする。 「フン、勝手にしろ。オレはオレの任務をこなすだけだぁ」 「消えろ!XANXUS !!!」 狂気に満ち溢れたその瞳。 は遠巻きに、それでも憎らしげにその顔を見つめる。 オッタビオはモスカを『究極のファミリー』と言った。 決して自分を裏切らない、意のままに動かせる最強の兵士と。 しかし、それは実はオッタビオの弱さの現われだとは思う。 機械以外を信じられないのは、自分が人を信じたことが無いからだ。 人を信じた事の無い人間に、信頼関係などできよう筈が無い。 信頼の上に基づく限界を超えた力……そういった物の強さを知らない、幼稚で独り善がりな考え方だ。 そんな人間に、ザンザスを倒せるわけが無かった。 は、ぼんやりとオッタビオとマーモン、そしてザンザスのやり取りを眺めていた。 怯えるオッタビオ。 悠然と、当然の如くそこに立ちはだかるザンザス。 やがて、その場所は紅蓮の炎に染め上げられた灼熱の地獄と化した。 「……おい、てめぇ何呆けてやがる」 不意にいつの間にか隣に来ていたザンザスにそう質されると、はワザとらしく肩をすくめた。 「ん……考えてみれば可愛そうな奴だったのかな、とね」 「ハッ、思ってもねぇ事言いやがって」 ザンザスはの軽口を、嫌そうな顔で一蹴する。 「いや、本心さ。だからって勿論同情なんかしちゃいないけどな。……結局、オッタビオは自分何がしたいのか、それをわかっていなかったのさ。けど、湧き上がる野心、それを抑える事が出来ずに、空回りしてた」 モスカを手に入れて、だからといってボンゴレを牛耳るほどの度胸も無く、かといって出世街道には乗りたくて邁進する。 全てが中途半端……器用貧乏ともいえるか。 結局、彼にはパーソナリティを形成する際の核となる『信念』が欠落しているのだ。 「フン、知るか。オレにはどうでもいいことだ」 「まあ、そうだろうな。けど、奴も道具としちゃ悪く無い働きをしたさ。原価償却はしたと思うぜ」 の言葉に、ザンザスは視線を投げる。 「感傷に浸ってる場合か、馬鹿が。これしきの事、まだ始まりに過ぎねぇ。計画の核は……これからだ。気を抜くんじゃねぇぞ」 揺らめく炎をその赤い瞳に映し、その強い瞳の色が揺らめく。 いっそ美しいほどに己を貫くその姿に、は僅かに見とれた。 「誰に言ってる」 そう、全てはここからなのだ。 コレはまだ、その前段階に過ぎない。 暗い空を見上げ、煌く星に視線を移す。 「てめぇは一生オレについて来い」 輝く星の下で、いま、覚悟を口にする。 「ああ……まかせとけ」 END |
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