小悪魔にみせられた俺

「……?みんな何してるの?」
ある日の練習試合の後、疲れた俺の身体を癒してくれる声。
ほんの少し首をかしげたが、監督から頼まれたらしいファイルを手にした姿でたっている。
「ん?か。いや、ただ帰りのバスの席を決めていただけなんだ」
俺は笑顔でそう告げる。
他のメンバーからの視線が痛いが、構うものか。
これは正当な権利なんだし。
俺は自分に言い聞かせ、の持っていた荷物を半分ほど持ってやる。
本当なら全部持ってやるといいたいところだが、そんなことを言えば彼はきっと俺に気を使って断わってしまうだろう。
純粋な子だからなぁ、と俺は一人で苦笑する。
「ふぅん?あ、もうすぐ監督来るからって」
そんな俺の様子を見て、は不思議そうに反対側に首をかしげた。
こういう仕草も可愛い、と思う。
そんな自分の思考回路にある種の疑問を感じながらも、思ってしまう心は止められないのだから困ったものだ。
「どうしたの?バス来てるみたいだけど、乗らないの?」
が俺を急かす。
「ああ……そうだな」
俺は飛ばしていた思考を元に戻し、なんとなく後ろめたさから曖昧に返事をした。

* * * * *

「……ふぅ」
バスに揺られ初めて20分。
は既に夢の世界に旅立っていた。
俺の肩に……正確に言えば腕に、の体温を感じる。
予想はしていた。
しかし、本当に俺の期待を裏切らない子だ。
俺は苦笑を浮かべると、の寝顔を見やる。
こんな機会でもない限り、こんなに間近での寝顔を見る機会など無いだろうから。
柔らかで艶やかな髪がほんの少し上気して桃色に染まった頬にかかる。
長い睫毛。
通った鼻筋。
薄く開いた唇は、まるでリップを塗ったように赤い。
まじまじと見つめていると、まるで感覚が麻痺したかのように時の流れを感じなくなってしまう。
俺は軽く頭を振って感覚を呼び戻した。
「まずいなぁ……」
頭を掻く。
自分でもちょっと箍が外れていると思う。
俺は無理やりから視線を外し、窓の外を眺めた。
何もかもが高速で目の前を通り過ぎる。
行き交う人や、車、街路樹。
何もかもが普通の時間を過ごしているのに、自分だけが違う。
さして特別と思える瞬間があるというわけではない。
さして特別と思える出来事があったわけじゃない。
でも。
今、この瞬間が特別というわけではなくても。
今、自分が感じている感情は普通ではなくて。
今、幸せと感じる感情が心を支配していて。
だから、この感情だけは普通じゃない。
やっぱり、特別なんだと思う。
これは、やっぱり重傷だと思う。
肩越しに見える、の髪を撫でる。
ボールを蹴っている時のも。
笑っている時のも。
悔しがっている時のも。
皆にとって大切な存在だから。
勿論、俺にとっても。
俺は……子悪魔に魅せられてしまったから。

* * * * *

「あと10分で到着だからね。そろそろ用意をしておいて」
監督の声が遠くで聞こえた。
「……渋沢さん!渋沢さんってば!もうすぐ着いちゃうよ!起きて!」
「……?!」
目を開けると、そこにはの顔。
瞬間的にガバリと身を起こし、あたりを見回す。
「おはよう」
俺は顔が赤くなるのを感じる。
「す、すまない。いつのまにか寝てしまったのか……」
「相当疲れたんだね。すっごくよく寝てたよ」
ニッコリと笑う
「なに言ってるの。だって5分前まで寝てたでしょ」
「あはは……」
読んでいた本を閉じながら言った郭の厳しい一言に、は照れ笑いをする。
結局……俺たちは二人そろって眠りこけてたわけか。
なんだか笑いが込み上げてくる。
「何、一人で笑ってるんだよ、気持ち悪い。暑さで頭やられちゃった?」
椎名の毒舌も、今は気にならない。
結局悩むだけ無駄だということだ。
このままでいいのかもしれない。
俺はの頭をポンポンと叩く。
「俺はのことが好きだよ」
驚くほど、すらりと口にできた。
「渋沢さん?」
きょとんとする
俺は込み上げる笑いを押さえる。
「お前はそのままでいてくれ」
バスを降りると、夕日と夕闇が混じったような不思議な色だった。
それでいいんだ。
人の気持ちはこの空と同じで、混沌としたものなんだと気が付いたから。

それが、子悪魔に魅せられた俺の気持ちだったから……。

* * * * *

涼:アンケートの集計が今のところ恋愛方向希望が多かったので、今回は恋愛要素高めで攻めてみようと努力しました……が、しかしそれは徒労に終わりました……ハハ。
歩:今回は一応  さんからリクエストを下さった渋沢編で『勝利の……』の続きを書いてみる努力をしたんだよね?
涼:はい、そう言う方向で攻めてみようと努力しました……が、しかし(以下略)。
歩:あんまり派手な恋愛物は、拒絶反応があるかもしれないから、気を使ってるつもりなのかな?でもさ、それでそれ以外のお客様に楽しんでもらえなくちゃまったく意味が無いよね?(にっこり)。
涼:激しく恋愛なのは裏に飛ばしていますからね。難しいところなんです。これ以上責めないでやってー(泣)。
渋:……と、まぁそういうわけで俺のことをカッコよくかけない輩はアウターゾーンへ飛ばしてしまおう。
歩&涼:ブラック渋だ……。
渋:ドガ! (何かを蹴り飛ばした音)

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