SWEET SWEET ROMANCE

「よくない傾向だよな……」
結人が突然そんなことを口走る。
いったい何なんだと、俺はシューズを磨く手を止めて隣りに棒立ちの結人を振り仰いだ。
「よくない傾向って……なにが?」
「アレだよ」
結人の視線の先には仲良くボールの後片付けをする英士との姿。
「よくないって……この間の英士の怪我も大した事なかったし、とも仲直りできたみたいだし、よくないことなんかあるのか?」
俺はスパイク磨きを再開しながらそう答える。
「解ってないなー一馬は」
チッチッチと結人はまるで映画のワンシーンのように、大げさな仕草で俺の方に視線を落とした。
今時そんな仕草誰もしねーよ、結人……。
「悪かったな。……で、どこがよくない傾向だって言うんだよ?」
「お前、気づかない?あの一件以来、あいつらが異様に仲良くなった事」
仕草とは裏腹に口調にほんの少し真剣な響きをこめて、結人が唇を尖らせた。
「……」
「そりゃーさ、確かにあいつらは俺たちよりも家は近いし、前から仲が良かったけどさ」
「……結人、それってヤキモチってやつかよ?」
俺は既に気が乗らなくなったスパイク磨きの手を止めて、溜息をつきながら結人の顔を見上げた。
「――なんだよ一馬、お前は平気なわけ?」
「平気とか平気じゃないとか以前に、それのどこがよくない傾向なんだよ?」
「え?そ、それは……」
友達同士、仲良くなるって事は悪いことじゃないと思うし。
「好きだった女の子を親友に取られそうだ、とかそんなんなわけじゃないだろ?」
「それはそうだけど……」
結人は眉をしかめると、それでもまだ納得できないというように頬を膨らませた。
「それでも、やっぱりなんか嫌だ」
「だから……」
「何が理由だかわからないけど、嫌な物は嫌なんだよ」
結人は腕に手を当てて大儀そうにそう言い切る。
全然答えになってないじゃないか、と俺は心の中でぼやいてみるが言ってもしょうがないので黙っておく。
「で、一馬は平気なの?」
再び沸いて出た質問に不意をつかれ、俺は一瞬「はぁ」と溜息をつくと結人の顔を見やった。
「だから、俺は別に気にしてねーよ」
「へー、『気にならない』んじゃなくて『気にしてない』ね」
「……」
俺はきっと凄く不自然な顔をしていたと思う。
いや、してるだろうな確実に。
「……結人はどうあっても俺にお前と同じ感情があると考えてるんだな」
「だってさぁ……気にならねぇ? なんかさ、同じ場所にいるのにあの二人に取り残されたみたいで、俺寂しい」
結人はそう言って肩を竦める。
「好きな女の子を取られたとかそんなんじゃなくてさ、なんか寂しいんだよな。友達が急に遠くに感じるようになっちゃったみたいな感じかな」
「考えすぎだろ」
「冷たいなー、一馬。一馬の癖にー」
「用はそれだけかよ?他にないなら俺はもう帰るぜ」
俺は途中磨きのスパイクを片手に立ち上がると、足早にロッカーへと歩き出す。
「え?あ、おい……一馬?!」
結人の言葉も聞かずに、俺はその脇を通り過ぎる。
途中と英士の静止する声が聞こえたが、今日はなんだかあのメンバーで帰る気にはなれなくてそのまま無視をした。

* * * * *

――本当は、気になっていたのは俺の方だ。
いつのまにか達との距離が出来てしまっている気がした。
進入不可侵のような、妙な距離。
酷く透明なガラスのように、向こう側は覗けるのに確実に何かが邪魔をしてあちら側には進めない。
楽しそうな光景が目の前で広がっているのに、俺はそちら側の人間ではない事をまざまざと見せ付けられるようで、もどかしい。
それならば、いっそ見えないほうがマシだったのに。
結人のように、ただ気になるだけならばよかったのに。
こんな嫌な気持ちになる事がなければよかったのに。
このもやもやする気持ちの正体なんかに気がつかなければよかったのに……!
「――ちっくしょっ……わけわかんねぇよ……っ」
俺は半ば自暴自棄になりながら、乱暴にロッカーを開ける。
ギシギシと悲鳴をあけながらロッカーの扉が開き、その激しい振動で鞄ごとドサリと中身が床に散らばってしまった。
「くそ」
情けねぇったらねぇな……。
俺は情けなさのあまりこみ上げてくる笑みを抑えながら、床の荷物を拾う。
その瞬間、荷物を拾う俺の手が止まった。
「……?」
そこには練習前に入れた覚えのない紙袋と、メモ帳を破ったような手紙らしき物があった。
紙袋に書かれたメーカーは、俺が愛用している所のもの。
紙袋の中身をそっと開いて見ると、暖かそうなマフラーだ。
合わせ易くてシンプルで暖かそうで品がいいマフラー。
これははっきり言って俺好みだし、これをくれた奴は俺の趣味をよく知っているやつだと思う。
――ファンの子からのプレゼント?
そんなわけはないよな、ここは関係者以外立ち入り禁止区域の筈だ。
俺は綺麗に折りたたまれたメモ帳を開いた。
そこにはよく見慣れた綺麗な文字。

『 一馬へ。
   最近風邪が流行っているから、一馬も気をつけてね。
   3日くらい前から体調よくないよね?
   この時期一馬は毎年体調を崩すから、要注意だよ!
   これはこの間のゲームソフトのお礼。
   一馬の好きなメーカーだから、気に入ってもらえるといいな。    』

「――!」
あまりの驚きに、瞬間的に腰が抜けたように床に座り込む。
「は……ははっ……」
離れていた距離が一気に近づいた気がした。
俺のことを気にかけてくれていたというだけで、こんなにも嬉しい。
「ヤベ……すげー……嬉しい」
一方的に離れていたと思っていたのは、俺の方?
お前はいつも俺の傍にいてくれた?
涙が出そうだ。
俺はマフラーをそっと首に巻いてみた。
暖かくて柔らかくていい香りがして、ちょっとだけ気恥ずかしい。
俺は急いで鞄からノートを出して1ページ破ると、一言だけを書き添えてのロッカーへと放り込む。
こんな顔誰にも見られたくないから、今日は一人で帰ろう。
大丈夫、俺はもう一人じゃない。
一人の夜道も寒くはないから。


『 へ。
   サンキュ。スゲー嬉しい。ホントにありがとな!  一馬 』

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