いつまでも変わらぬ物 |
さくさくという足音だけが、微かに森の中に響いている。 もう何日この森を歩き続けたであろうか。 日が昇っては沈み、沈んでは昇るその繰り返しが続き、とうの昔に暦の感覚など無くしてしまった。 僅かの休息で、限界以上を歩き続ける旅路。 木の葉擦れの音だけが軽やかに響く森の中、だれも口を開く物は無かった。 ドワーフやホビット達の頬は紅潮し、僅かに息が乱れている。 しかしアラゴルンはそれでも立ち止まろうとはせず、ドワーフもホビット達も、歩みを止めようとはしなかった。 「失礼!あなた方はアラゴルン殿のご一行とお見受けするが」 不意にかけられた声に、一向は反射的に身を固くする。 この旅路で、彼らが習得した性だ。 ホビットたちは瞬間的に辺りを見回すが、彼らの肉眼ではその声の主を未だに姿を見る事ができなかった。 「――何者だ?」 アラゴルンは木の陰から発せられる僅かな気配を、その気配を肌で感じ取ろうとした。 剣の柄を握る指に力が篭る。 細心の注意を払いながら、彼はその伝説の剣を2インチほど抜いて辺りに神経を集中させた。 ホビットたちは、彼らが見つけられなかった者の影を追おうと、レゴラスに視線を向けた。 彼らは、エルフであり一同の中で一番遠くを見渡す事のできる瞳をもつレゴラスには、彼の者の姿を目で追うくらいのことはたやすい事であろうと思ったからだ。 レゴラスは彼らホビットたちが思うとおり、森の中の一点をその良く見える瞳で追っていた。 ホビットたちは眼を凝らしたが、そこにはまるで何も無いかのように草一本動かない。 しかし、そこに何かがいることは、アラゴルンや、ボロミアや、そしてレゴラスの瞳がそこから動かない事で証明されている。 やがて、そこから再び彼の者の声が発せられた事によって、静寂は破られた。 「私は、野伏です。野伏のと言う者です」 草を踏みつける音がやわらかく響き、やがてそこから均整の取れた身体と、厳しいが澄んだ瞳を持った一人の男が現れた。 「?」 「ええ。あなたは私をご存じないだろうが、私はあなたを存じ上げていますよ、アラゴルン殿」 は一歩、また一歩と先へ進み出ると、彼ら旅の仲間を見回した。 「私はある者の使いで、あなた方を探していました」 「それはだれです?」 レゴラスがその美声で彼に問うと、はふと、レゴラスへと視線をやった。 「判りません。その者は自分の名を明かしませんでした」 彼はその瞳を翳らせてそう言うと、心得たように頷く。 「あなたがレゴラス殿ですね?」 「そうです。レゴラスは僕です」 「レゴラス!」 厳しい声でアラゴルンがレゴラスをいさめると、彼は手で優雅にアラゴルンを制した。 「君の知り合いか?」 ボロミアが剣の柄から指先を離しながら、レゴラスに問う。 「いや。でも、僕の知り合いの知り合いかもしれないな」 「憶測で行動するのは、得策とは言えないとおもうがね。それとも、それがエルフの流儀というわけなのか?」 ボロミアの言葉にレゴラスは不思議な笑みで答えると、再び強くアラゴルンを制した。 「それがエルフ流というわけではないけれど、彼は少なくとも信用に足ると思うね」 「……ならば好きにするがいいさ」 アラゴルンは戦闘態勢を解かぬまま、それでも引き下がった。 「それで、僕にいったい何の用なのです?」 「彼に、あなたにこれを渡してくれるように頼まれました」 そう言いながら、は小さな緑色の袋を、背に括り付けた荷物の中から取り出した。 「彼は、エルフと見まごう程に美しい男でした。透き通る金の髪に、青い瞳。鈴の鳴るような声の持ち主です。彼は自分のことは何も話そうとはしませんでした。ただ、自分には時間がないと。そして、できる事ならばあなた方にもう一度会いたかったと、そう言っていました」 彼はその小さな袋をレゴラスの手の中にゆっくりと収めた。 「彼はただ、私がもしあなた方に会ったら、この袋をレゴラス殿に渡してくれるようにと頼まれました。それを渡せば、あなた方は彼が誰だか判るだろうと言っていました。あなたは、これに心当たりがありますか?」 レゴラスはその小さな袋を受け取ると、小さく頷いた。 その包みは、緑色のような茶色のような不思議な色の糸で織られている、エルフ特有の軽くて丈夫な布だった。 「これは……」 レゴラスがやわらかな布の中身をその手の中にそっと出して見ると、そこに緑の葉に金色のループが飾られた、小さなブローチが滑り出てきた。 「これは、あなたに持っていて欲しいと、彼は言っていました。あなたは彼をご存知なのですか?」 はそう言うと、レゴラスの顔を仰ぎ見た。 「……ええ、知っています。彼とは、たったの一度しか会った事は無いけれど」 レゴラスはそのブローチを手の中に握り締めると、ポツリと一人ごちた。 「ロリアンの……エルフだったんだね、君は」 「………彼、か」 アラゴルンは不意に肩の力を抜くと、レゴラスの手の中にあるだろうブローチを眺めやった。 「生のあるものとはなんと儚いのだ。だからこそ、その限りある生が光り輝くと言う物だが」 「それは、ガンダルフのことも含めて、か?」 ボロミアの問いに、アラゴルンはふと瞳を細めた。 「誰に対して言った、というわけじゃない」 アラゴルンはそれだけを言うと、皆に背を向けた。 「俺たちの旅は、先を急ぐんだ。人を悼む暇も、嘆く暇も残されてはいない。グズグズしていれば、今度は自分達が悼まれる番になってしまうからな。そして、それはこの中つ国総ての痛みなのだ」 「彼は、今は?」 「解りません。私もあの時に一度会ったきりですから」 は、レゴラスの問いに沈痛な面持ちで答えた。 「ただ彼は、そう――幸せそうな顔をしていました」 「そう」 彼はレゴラスの問いにそう答えると、強い瞳で微笑んだ。 「私の用件は、これで終わりです。あなた方は彼を知っていたし、私は無事用件を終えられた。後はあなた方の番ですね。最後に、彼からの伝言をお伝えします。 『強き心と、強き愛を持ってお進み下さい。あなた方は永遠に変わらぬ物をお持ちだ。そして、それはいつか肉体が朽ち果てたとしても、永遠に消えはしない。私は今、幸せです。あなた方も、いつか本当の幸せを見つけられますように。御本懐を遂げられる事を、心からお祈りしています』 ――これが、彼の言葉です」 の言葉はまるで夢の中の出来事のように、風となって自分を取り巻いて、そして消えた。 しかし、彼らの内に呼び覚まされた感動はいつまでも消える事無く、暖かくそして柔らかな塊となって、彼らの心に残った。 「――お手間を取らせました。先にお進みください。私の用件は、これで総て終った」 形のあるものは、どんなに美しい物でもいつか朽ち果ててしまう。 しかし、人の思いは消えない。 人が何かを思った事、それ自体は決して消えない事実なのだ。 彼の存在は、彼を思う人がいる限り消えない。 だからこそ、人が人を思う心は美しいのだから。 * * * * * 涼:言い訳コーナー(ドンドンドン、パフパフパフ!) またもやノードリィム!済みません、もう何も言いますまい……(言わないのかよ!)。 私にはラブラブなものは書けません(泣)。 しかし、感想をくださる皆様に、恩をあだでお返ししているような気が……(気だけか?)。 でも、きっと今後もこんな感じになってしまうと思われます……。 |
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