君の気持ち、僕の気持ち

風がそよいで、お日様が輝いて、雲がゆらゆらと流れていく。
僕はゆったりと満ち足りた気持ちで、パイプから流れ出る煙をすいこんだ。
ホビットに古くから伝わる上物の葉をたっぷりとパイプに詰め込み、そのまろやかな香りを楽しむことは、どんな楽しみよりも幸せな事であると思う。
勿論それは、食べる事以外に関してではあるけれど。
僕は野に寝そべったまま、深く吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出す。
吐き出した煙はふわりふわりと空へ立ち上り、やがて霞のように消えていった。
このまま、永遠にこの幸せな時が続けばいい。
子供の頃に夢を見た冒険も、今となっては夢物語だ。
僕にはビルボのような勇気も、智慧も無い。
今はただ、この愛すべき地で、静かに暮らせたらどんなにかいいだろうと思う。
「やぁ、フロド!暇そうだねぇ!」
不意に僕の頭上から軽やかで柔らかなな声が降り注いだ。
聞きなれた、そして聞き心地のよいその声は、まるで小さな鈴をいくつも連ねて鳴らしたような、美しい音となって舞い落ちる。
僕はゆっくりと視線だけを頭上に注いだ。
「やぁ、
僕はそうとだけ返事をすると、再びパイプを口にくわえる。
「隣り、いいかい?」
「構わないよ」
「ありがとう!」
は僕の言葉に嬉しそうに頷くと、早速僕の隣りに腰をおろした。
「いい日よりだねぇ」
「それは君にとって?僕にとって?それとも……」
「それら全部の事についてだよ」
僕の言葉を全部言い終わらないうちに、その瞳に笑みをたたえたが言葉を継いだ。
この言葉は以前ビルボが冒険のたびに出た時に、初めて魔法使いガンダルフに話し掛けられた台詞だと、彼の口から何度も聞いた。
それは彼が進んで話していた事も在るし、僕がせがんで話してもらう事もあった。
「君は本当にビルボが好きなんだねぇ。もう空で覚えてしまうほど、何度もビルボの冒険の話を聞いたんでなきゃその言葉は出てこないよ」
「それは、君だって同じじゃないか」
「僕は君から聞いたんだよ。ビルボからじゃない」
彼はにっこりと微笑むと、僕の作った煙の輪の中に草で作った舟をフッと飛ばした。
彼の吐息によって、葉はくるくると回りながら輪をくぐる。
その姿はさながら、ビルボの話に聞く美しいエルフの小船の様だった。
「それじゃあ君は、よっぽど僕のことが好きなんだねぇ」
「うん、当然じゃないか」
はホビットには珍しい、美しい顔で微笑んだ。
彼の髪は縮れ毛というよりは緩やかな巻き毛で、彼の体系はずんぐりと言うより華奢、彼の顔は人が良いというよりも整っている。
エルフの、月の光の様な神秘的な美しさは無いが、彼はまるで陽に当たった旬の花のような華やかさがあった。
「それはうれしいね」
僕は僅かに照れて、パイプを口から離してそう言った。
「最近、何か悩み事があるの?」
「どうして?」
「そんな気がするから」
「それは、あんまり理由らしい理由じゃないね」
「フロドも同じような顔してるんだよ」
「………」
「きっと、ビルボのことでしょう?」
はゆるりとその美しい瞳をこちらに向けると、その瞳を二度瞬いた。
「なんだかわからないけれど、ビルボが遠くに行ってしまう。そんな気が、フロドにはしているんでしょう?」
確かに――ここ数ヶ月の、いやここ数年のビルボの様子はおかしい。
それは僕も気がついていた。
なんとなく、ビルボが自分の傍を離れてしまうのではないかと言う事も、予期していた。
でも、僕はそれを認めたくは無くて、今までそれを考えずにいた。
「僕も今の君と同じ気持ちなんだよ、多分ね」
「君が?ビルボに?」
「違うよ。君にだよ」
しっかりと、は僕を見つめて言った。
「僕は――ここを離れるつもりは無いよ。ホビット庄はいいところだ。僕はこの土地を愛しているし、ここで生涯暮らすと決めた。ここのパイプ草は一級品だし、食べ物も美味い。それに、ホビットは容易に他の土地に足を踏み入れないことは、君が一番良く知っている事じゃないか」
「確かにそうだよ。でも、ビルボが旅に付いて来て欲しいと望めば、君はきっとビルボについていくよ。いや、でも今はそんな事を言いたいんじゃないよ」
は暫く考え込むかのように遠くを見つめると、不意に僕の手に自分の手を重ねた。
「つまり、僕が言いたかったのは、君には友達がいて、それは君が思う以上に驚くほど強い友情で結ばれていると言う事だよ。そして、それはきっと君を助ける事になるよ。君が辛い時、きっと君の助けになる」
「そうかもしれないな」
「君は一人ではない」
そういうと、はいつもの、柔らかな太陽のような顔ででほんの少し微笑んだ。
「いこう、ビルボが待ってる。パーティーの準備に追われて、君の帰りを今か今かときっと待ち望んでるよ」

僕は独りではない。
君も独りではない。
僕の気持ちも君の気持ちも、きっとどこかで繋がっている。
例えこの先僕に何が起ころうとも。


* * * * *

涼:またもややっちゃいました、萌え無しドリーム……(死)。
今度はホビット編です。
私の愛すべきピピンのドリームにするつもりが、何故かフロドドリームに。
ピピンについては好きすぎて書けないと言う説もあり(笑)。

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