君のために、僕のために
緑の丘の上に、か細く立ち上るパイプ草の煙。
それはいつまでも消える事無く、ゆっくりと空に吸い上げられて、やがて雲のようにふわふわと浮いた。
それは、まぁるいパンのようにも、ホットケーキにも見える雲の中に混じって見えなくなった。
けれど、その煙はその後も暫く立ち上り続け、まるで彼の居場所を知らせる狼煙のように立ち昇り続けた。
はいつまでも立ち上る煙にふと気が付くと、不意に道を歩む足を止めた。
「……フロド?」
彼は少しだけ目を細めると、その丘の方を見つめた。
その丘には、ただ独り小さな人影が白い煙をくゆらせてポツンと座っていた。
「おーい!!」
は自分を呼ぶ声に気が付くと、その白煙から視線をそらせた。
「やぁ、ピピンじゃないか」
彼が声のするほうを眺めやると、彼方から息を切らせて走ってくるピピンの姿を見る事ができた。
「どうしたの?そんなに息を切らせて」
今度は身体ごと彼の方を向くと、はだんだんと近づいてくるピピンを見やり、にっこりと微笑みながら言う。
「大変だよ!フロドがいなくなっちゃったんだよう!」
ピピンは足を速めての傍らに到達すると、開口一番そう叫んだ。
「フロドが?」
「そう、フロドがだよ!まさか、まさか、ビルボの後を追って旅に出てしまったのかなぁ?」
ピピンはそう言うとを急かすように、早口で後を続ける。
「だから、ぼく達はフロドを探さなきゃ!まったく、サムのヤツ職務怠慢だ!」
「ピピン、落ち着いてよ」
「落ち着いてちゃ駄目だよ!だってぼく達は……」
「フロドはどこにも行ってはいないよ」
「でも、家にはいなかったよ」
「フロドは……」
はいったんそこで口を閉じると、再び白い煙の立ち上る丘に視線をやった。
「あそこにいるよ、きっと」
「え、どこだい?」
「あの、丘の上だよ」
ピピンはじっと目を凝らすと、その丘を眺めた。
さわさわと木々が揺れ動く音だけが、静かに時の流れを感じさせる。
ピピンの眼には村からは少し離れたその丘の上に僅かに黒い影が動いているのを確認できるだけで、その他の物はなにも覗えなかった。
「どこにいるの?ぼくには見えないよ」
「でも、彼はあそこにいるよ」
はそう呟くと、その瞳を眩しそうに僅かに細めた。
「あそこは、ビルボとガンダルフがよく座っていた場所だからね」
「ビルボとガンダルフが?」
「そうだよ。ガンダルフを懐かしむ時、ビルボはいつもあそこにいた。そして、彼が出て行ってからは、ビルボを懐かしむ時にフロドがあそこに居るんだ。フロドはあそこにたった一人で座って、パイプを吹かせて、彼は彼の愛する養父の思い出と会話をしてる」
はゆっくりと長い睫毛を瞬かせると、その形のよい眉を僅かに顰めた。
「彼は……きっともうすぐ旅立つだろうね。ぼくの心が、そう告げている」
ピピンは、その言葉に苦しそうに頷いた。
「ぼくも、そう思うよ。だから、ぼくはフロドがなんでも一人でやってしまって、ぼく達に何も告げずに行ってしまおうとしていることがとても悲しいんだ……でもね」
ピピンはそういうと、不意に打って変わったようにいたずらっ子の様に瞳を輝かせた。
「そんなに簡単に撒かれるペレグリン様じゃないぞ!」
エヘン、と彼は胸をはって言う。
「ぼくは、絶対彼の旅にはついていくって決めているんだから!容易には出し抜かれないぞ」
「さっきまで、『置いていかれた』って大騒ぎしていたじゃない」
もピピンのその様子につられて、くすりと笑みをもらす。
「でも、その通りだね。君の言うとおりだよ」
野の草が、風に乗ってさわさわと囁きをもらす。
それはまるで波のように彼らの心に、優しさをもたらせた。
「彼のために、僕のために、後悔の無いように」
いつのまにか、永遠そこにあり続けるように見えた立ち上る煙も、その僅かな残存を残し、見えなくなっていた。
「ああ、なんだか慌てて探してたらお腹がすいちゃったみたいだ!なんせ、もうお昼のおやつの時間だもの」
ピピンはそう言うと、自分のお腹をぽんぽんと叩いた。
そうしながら、ふと彼がその先に視線を延ばすと、遠くからフロドがゆっくりとこちらに向かってやってくるのが見えた。
「噂をすれば、だね。彼のためにこんなに走りまわされたんだ。彼にはぼく達におやつをご馳走する義務があると、ぼくには思うな」
ピピンは嬉しそうに微笑むと、小走りにフロドの来る方へ走り出した。
「彼に、その理屈がわかるのかなぁ」
ピピン独特の台詞に、は微笑んだ。
今は、束の間の休息。
しかし、今この時だけは、ゆっくりと過ごそう。
はそれでも微笑みながら、ピピンの後を追った。


* * * * *

涼:済みません、ピピンドリームというよりは、フロドドリームじゃないか……。
ホビットさんたちは難しいです。
ピピンの可愛さがあんまり伝わっていない小説になっちゃいました(汗)。
ピピンの可愛いうっかりは、涼澤には無理なのか……(哀)。


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