心の言葉

まるで、そこだけ陽が当たった様に輝いていた、君の周り。
静まり返る森の中、君はただ一人で僕たちを静かに見つめている。
それが、僕らの出会いだった。
「……どうやら、敵ではなさそうですね。エルフに、人間にドワーフ……そして、ホビットですか」
君は弓を下ろすと、かすかな微笑をたたえて僕たちを見回した。
「なぜ、敵ではないと言い切れる?」
素早くアラゴルンが、彼―-―それが僕の仮定通り男性であるとすればだが――のほうを向いて詰問した。
油断と隙の無い、厳しい瞳の光。
気の弱い物であれば一瞬にして立ちすくんでしまうであろう鋭い眼光を、アラゴルンは余す事無く彼に注いでいた。
「私たちの敵はオークや、その他の異形の者ですから」
彼はその視線を受け止めてやんわりと返すと、手にした矢を矢筒へとしまい込んだ。
「果たして、信じてもよいものかね?最近では、人間や魔法使いすらも冥王に寝返っていると聞くぞ」
ギムリの台詞に彼はほんの少し考えたように首をかしげると、困ったように微笑む。
「では……どうしたら信じていただけるのでしょう?私の何がそれほどあなた方を迷わせているのか?」
彼はゆるりとした動作で軽く肩を竦めると、弓を背負いながら問い掛ける。
「……緊張感だよ。我々には、君の身体からピリピリと張り詰めた緊張の糸が見えるものでね」
彼の問いに、誰が答えるよりも先にボロミアが口を開いた。
「敵ではない我々に、なせそのような警戒が必要なのかとね。それが我々が君を信じない総てではないが、挙げるとすればそれだな」
「ああ……確かにそうかもしれませんね」
ボロミアの言葉に、彼はふと気がついたように緊張を解くとふわりと自分の髪をなでた。
「これは、性分のような物なので。気を悪くさせてしまったのなら申し訳ありません」
「性分とな!ここは君をそんな性分にしてしまう程に危険なのかね?わしはついぞここの森が然程危険だなどという事は聞いたことがないが」
彼の言葉をミスランディアが継いで質問をすると、彼はまた困ったように微笑んだ。
「ええ、まぁ。――ただ、一つ付け加えるとすれば、それは“ここの森が危険だ”というわけではないのですよ。いや、まぁ違うと言う事にはなりませんが」
「エルフの言葉って言うのは全く持って要領を得ない!結局のところお前さんは何者なんだ?それさえ判れば、俺たちだってそんなに警戒なんぞしやしないということさ」
ギムリはそこまでを捲くし立てると、斧の柄に当てていた手を離しその逞しい腰に当て、ため息と共に彼に答えを求めるように視線を投げかけた。
「エルフ?」
「そうさ。お前さんはエルフなんだろう?エルフらしい、綺麗な顔つきをしてるんじゃないか。それに、あんたはこのアラゴルンの視線を受けても恐れなかった。そんなのは並みの人間には無理ってものさ」
「……でも、僕はエルフではありませんよ」
「なんと!」
彼はそこで初めてにっこりと微笑むと、顔の半分を蓋っていたマントを頭の後ろへ押しやった。
その顔は彫像のように整っており、ドワーフであるギムリがエルフと間違えたのも頷けるほどに美しかった。
ただ、彼がエルフと違うのは、その瞳に生に終わりのある者特有の、強く、そして鮮明な光がともっていた事だ。
「僕の名は・シェナ・アルディン。僕はエルフでもドワーフでもなく、人間です」
「あんたみたいに細っこいドワーフなんぞおらんよ。そっちは最初から期待なんかしちゃいない」
「確かに、僕はドワーフの頑強さには及びもつきません」
そう言いながら彼がギムリに向かって微笑むと、ギムリはフンと鼻を鳴らせて視線をそらせた。
「それで、君――と言ったね、何故こんなところを一人で歩いているんだ?」
アラゴルンが僅かに力は緩められたものの、未だに剣の柄から指先を離しきらないまま、二人の会話を遮った。
「いつもの事です。ここは私の住む森ですから」
「ここに住んでいると?」
「ええ、我々はこの森に住んでいるのです。といっても仮の住まいですが。我々は流浪の民なのです」
はそういうと、僅かにその端正な眉根を寄せた。
それはほんの僅かばかりで、エルフの良く見える瞳で無いと判りかねる位のものだったが、それでも彼の心情をよく表していたように思えた。
「昔は……違ったということだね?きっと。その、エルフの何でも見通す瞳で見れば、君の瞳からは悲しさが見て取れるし、苦労の跡も垣間見る事ができるよ。」
僕は初めて言葉を口にした。
とても饒舌に僕の舌からは言葉が流れ出でてくる。
というより、他の誰もが判り得なかっただろう彼の感情の僅かな揺れを感じた時、僕の意思とは裏腹に言葉が口をついて出た。
「きみは、どうしても流浪の民にならざるを得ない状況にいたのだね」
「――ええ。確かに違いました」
は今度はその瞳の驚きを隠そうとはせずに、僕の方をしっかりと見つめた。
「あなた方は……指輪狩りを、ご存知ですか?」
は今やその瞳から悲しみを消して、口から言葉を滑らせた。
「指輪狩り?」
「そう、指輪狩りです。今はもう伝説と化している冥王サウロンの指輪をめぐる話です。これは、我々に語り継がれている『伝説』の話ではなく、現実に起こっている事。彼の者、サウロンは3000年前にイシルドゥアの剣によって指輪を切り離され、消滅した筈だった。しかし、彼は現実には生きていた。英気を養い、復活までの間長い長い時を休養しながら。そうして今彼は復活し、彼は自分の手中に戻そうと考えた。彼は、彼の手下を、その指輪探しにモルドールの外へやった。あなた方は信じやしないかもしれないが、それは本当にあったのです。」
「信じるよ」
アラゴルンは、いつの間か剣の柄から完全に指をはずし、緊張を解いていた。
そうして、深くの言葉に聞き入っている。
「彼ら……オークと、その他にいた別の僕には判らない怪物達ですが、彼らは口々にモルドールの言葉で“一つの指輪を探しだせ”と叫んでいた。その頃僕達は、モルドールに程近い森の隅の村で密やかに暮らしていたが、それは突如として冥王の軍勢に破られた」
彼はそこまでを言うと二、三度その長い睫毛を瞬かせ、口を止めた。
それはまるで長い眠りに落ちる寸前のような儚さで、僕の喉は不安と緊張で思わずクッと鳴った。
「彼らは僕たちの村を焼き払った。村の男たちは総出でオークと戦ったが、結果は見えていた。何の前触れも、用意もなく小さな村一つが戦うんです。僕自身もオークと戦ったが、彼らは後から後から沸くように這い出てきた。村の男の一人は“ここには指輪は無い”と叫んだ。彼の言葉に偽りは無かったが、オークらの殺戮は止まなかった。彼らは本当は“指輪”を探していたのではなくて、“誰か”を探していたようだから。だから、彼らには僕らの村を襲うのなど、ただのお遊びに過ぎなかったというわけなのです」
「………」
「あるいは、本番前の力試し、腕慣らしといっても良いかもしれませんが。ともかく、このままでは村の壊滅は目に見えていた。だから……村の男たちは女性や子供だけでも救うおうと考えた。彼女達の引率には僕が選ばれた。彼らの中では僕が一番戦と旅になれていたから。僕は村の女性や子供をつれて、村を後にしたのです」
「そうして、流浪の民になったというわけか……」
そういうと、ミスランディアは眼を細めて、を見据えた。
その瞳からは同情や心痛など、複雑な心情が見て取れた。
「ええ。ですから、男手は僕と後2人しかいないんです。男たちの殆どは村に残りました。だから、僕は2人の見張りを残して、一人でこの森の見回りをしているんです」
「なるほど、な。……君の緊張の糸はそこに在ったのだな」
ボロミアが額に指を当て、半ばうなだれたようにつぶやいた。
「……ああ、すっかり話してしまった。こんな事まで話す予定は無かったのに!」
はマントを深く被り直すと、フードの上からクシャリと自分の髪をまさぐった。
彼の表情はほとんど読み取れないが、その声色に乗って染み渡る困惑の色が彼の同様を表していた。
「貴方の言葉に……思わず驚いてしまったからです」
そう言いながら彼は困ったように笑うと、僕の顔をチラリと覗いその細い肩を竦める。
再び、僕の口は僕の意思の制御を受けなくなったように、ゆっくりと言葉をつむぎだした。
「……レゴラス」
「……?」
「レゴラスっていうんだ、僕の名前」
「――ああ」
「まだ、僕達は名前もろくに言ってなかったからね」
「レゴラス……“緑色の葉”か。いい名前ですね。なんだか、懐かしい感じがする」
そういうと、はフードの下で微かに微笑む。
「あんたは、本当にエルフじゃないのかね?あんたはさっきからモルドール語やら、ルーン語やら、やけに詳しく知っておるな。あんたが人間ならばその知識には脱帽するところじゃ。もっとも、さっきの話を聞く限りじゃ人間って事は疑いようも無いところだけど」
ミスランディアがその灰色の帽子を玩びながら口を開く。
「――その昔は、そう呼ばれていた事もあります」
はそう言うと、銀ともプラチナとも違うきらきらと光る輝きを放つ胸元の鎖を指でなぞった。
「でも、今は人間なんです。僕は人間である事を選びましたから」
彼がその美しい声色でその言葉を言い終わると、アラゴルンの表情に一瞬の電撃が走ったかのように、視線を上げた。
「……そうか、つまり君は人間を愛したんだね。永遠の生を捨ててまで」
僕はなんとなく感じていた疑問が、フッと消えてゆくのを感じた。
「――ええ。ですから、恐らく今後あなた方とお会いする事は無いでしょう。私は私の仲間を安全な地に送り届けてしまえば、それで使命が終るから」
エルフは――愛しい人を亡くしてしまえば、その悲しさ故に自らの命をも落としてしまう。
「僕の愛した人は、この戦で亡くなってしまいました」
彼は悲しげに答えると、その瞳を伏せた。
「ですから、悲しい事だけれど、もう僕はあなた方にお会いする事は無いでしょう」
その瞬間、総てが凍えてしまいそうな悲しみが、彼をとり囲む僕たちをも包んだ。
悲しくて、冷たい、氷の中に独りぼっちにされてしまったかのような感覚。
「ですが、僕にはまだやらなくてはならないことがあります。それが私の愛した人の願いだから。あなた方もそうでしょう、灰色のミスランディア……いや、ガンダルフ、そしてストライダー・アラゴルン。それに緑の葉たるレゴラス、そしてそのお仲間の方々!僕はあなた方を知っているし、あなた方がこれからするであろう事を知っていますよ」
そう言いながら再び顔をあげた彼の顔には、もう悲壮感は無かった。
「さぁ、もうお行きになった方がいい。夜になればこの森も危険です」
「――そうじゃな、わしらとて人の心配をできる旅路ではないからの」
ミスランディアの言葉に一同が重い足を動かそうとした時、ふと僕の瞳が彼の瞳を捉えた。
彼は、低くしかし澄んだ声で僕に向かってルーン語を綴った。
「お気をつけて。最後に貴方にお会いできてよかった。僕はエルフの血が惜しいわけではなかった。そう、惜しいとは思わない。今まではまるで光のように四季が過ぎ去り、そして時は緩慢に流れていった。しかし、今は一瞬一瞬の時が輝いて見える。生に限りがあるから見つけられた物がある。そうです、後悔はしていない。けど、それでも、同種の言葉とはなんて胸に響くのだろうね!」


それは、きっと彼の心の言葉であったのだろう。
だんだんと小さくなる彼の姿を見ながら、僕はそう思った。


* * * * *


涼:すみません、これはただ涼澤が書きたくなって書いた短編物です(汗)。
しかも、なぜか翻訳調。瀬田さんには適いませんが(汗)。
きっとこの文章は英語翻訳がしやすいでしょう(笑)。
この小説はドリームと呼べる代物ではありませんよね(汗)。
しかも、アンハッピーエンド(?)だし。
本当に済みませんでした〜〜m( _ _;)m

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