WHITE 〜Prologue〜 |
柔らかな秋風が、湿度の低い石畳の回廊を通り抜けた。 夕闇の迫る回廊にはポツリポツリと明かりが灯しだされ、それはもうすぐ現れるはずの、新入生の到着を表していた。 回廊の窓から見渡せるホグワーツを囲む湖面には、ゆらゆらと船上の灯火が浮かび上がり幻想的な雰囲気を醸し出している。 恐らくその先頭の船の上には、ホグワーツの森番のハグリットが毎年のように僅かにかかったスコットランド訛りで『イッチ年生はこっち!落っこちるなよ!』等と声を張り上げているのであろう。 セブルス・スネイプはそんなとりとめも無い事を考えながら、チラリと横目でその船たちの流れに寄せていた視線を正面に向きなおすと、再び歩調を正して足早に通り過ぎた。 普段ならば、セブルスは新入生などに全く興味を示す事は無い。 誰が入ろうが入るまいが、自分には関係の無いことだといつも割り切っていた。 組み分けの儀式の時でもその態度は如実に表れている。 本来組み分けの儀式は、新入生だけでなく、在校生にとってもかなり重要で関心のある儀式であると認識されてきた。 寮対抗で1年間のペナントレースをする彼らにとって同じ寮生は運命共同体であり、誰が自分の所属する寮にはいるかが勝敗の鍵となっていると考えるからである。 従って、新入生は優秀な生徒の多い寮・自分の希望に添った寮には入れるのか、また在校生はどれだけ優秀な人材が自分たちの寮に入るかということに物凄い関心を寄せているのである。 そんな中、セブルスは例え新入生が自身の寮……スリザリンに入寮が決まった時も、立ち上がって新入生を歓迎する友人たちとは違い、儀礼的に拍手を打つ手を動かすだけだった。 しかし、そんなセブルスも今年だけは違っていた。 傍目にはいつもと全く変わりない「無愛想・無表情スネイプ」を装っているが、その実視線は微かに湖面の新入生の船に注がれている事が多かった。 セブルスはふと気がつくとまた自分が視線を湖面に這わせている事に気がつき、ふっと自嘲気味に溜息をつく。 まったく、自分は何をやっているのか。 セブルスは軽く頭を振りながら回廊を通り過ぎようとした。 カツリ、カツリとまだ人気の少ない回廊には自身の靴音しか聞こえない。 セブルスはふぅと安堵の吐息を漏らすと、再び視線を湖面へとやった。 どうせ気になるのなら気が済むまで眺めていればいい、都合のいいことに今は誰もいないのだから。 セブルスはツカツカと壁に歩み寄り、その頑丈な木の窓枠に腕を乗せてしっかりと湖面を眺めやった。 数十個の松明の光が湖面に揺れて乱反射し、まるでそこに天の川が存在しているかのような錯覚にさえ陥る。 薄闇のように張っていた夜の帳は既に空の総てを覆い、今や星と船の明かりだけが新入生を照らし出していた。 「…………」 思わず口をついて出た言葉に、セブルスは心底呆れたように眉根を寄せた。 全く……今日の自分はおかし過ぎる。 セブルスは肩を竦めると、窓枠から身体を離し踵を返した。 「……っ!」 瞬間、彼の眼に今、この世で一番会いたくない人物が、廊下の石畳の壁に背をもたげながら彼を見て意味深な笑みを浮かべているのが映る。 セブルスの口から思わず舌打ちが漏れた。 ――しまった、外に気を取られすぎた……よりにもよって奴の近づいてきた気配に気が付かないとは……。 「へぇ、お前が新入生に興味があるなんて珍しい事だね、スネイプ」 そう言いながら「セブルスのこの世で一番会いたくない人物」が、腕を組んだ姿勢のまま面白そうにセブルスを眺め回した。 その瞳には隙あらば攻撃してやろうと言う意図がありありと窺える。 セブルスは努めて平然を装いながら相手を見据えた。 「もしかして、今年の新入生の中に君の大好きなガールフレンドでもいるのか?」 「下らない詮索だ。お前に似合ってな、シリウス・ブラック」 セブルスはシリウスの挑発をそう言って受け流すと、その横を通り抜けようとする。 「はっ、なるほどね。あながち間違いでもないってわけか」 通り過ぎるセブルスに、シリウスは再び言葉を被せる。 「……お前のつまらん脳みそでは、わたしの答えがそう聞こえるらしいな」 「否定はしないわけだな?」 「下らん」 セブルスはシリウスの言葉に足を止めると、尊大な視線で彼の顔を見やった。 セブルスにはシリウスの何もかもが気に入らなかった。 「わたしはお前のように女の尻ばかり追い掛け回す趣味は無い」 セブルスの答えに一瞬シリウスの形のよい眉が寄せられたが、彼の開きかけられた口は音を発する事が出来なかった。 「じゃあ……誰がホグワーツに?」 替わりに言葉を継いだのはシリウスの友人、リーマス・ルーピンだった。 柔らかな雰囲気を湛え、にっこりとセブルスに微笑みかける。 シリウスは眼で「いつからそこにいたんだ?」と問い掛けるが、リーマスは呆れたように彼の視線を無視した。 「シリウスじゃないけど、僕も気になるな。セブルスがそこまで気にする相手って」 何かを言いかけるシリウスを手で制しながら、リーマスは柔らかくセブルスに問い掛けた。 「……弟だ」 リーマスの笑顔に勢いをそがれた形になったセブルスが、仕方が無いといった表情で無愛想に告げる。 「へぇ、セブルスに弟がいたんだね」 リーマスはにっこりと微笑んでそう言うと、セブルスはフンと鼻を鳴らし当たり前だ、と瞳を細める。 「どうせお前に似て可愛くない陰気な嫌なやつだろうな」 シリウスはそう言って苦い物でも噛んだような様に舌を突き出し、挑戦的な瞳をセブルスに向けた。 「シリウス、もしその彼がグリフィンドールの生徒になったらどうするの?最初から決めてかかるのは良くないよ」 「スネイプの弟だろ?どうせスリザリンに決まってるさ」 リーマスの言葉にシリウスは肩を竦めて見せたが、セブルスは一瞬開きかけた口をそのまま閉じた。 そう……シリウスの言う通り、弟……が迷い無くスリザリンに入ってきてくれればいい。 そうすればこんなに心配する事も、考える事も無かったはずだ。 だが彼の性格はどう考えてもスリザリン向きではないと、セブルスは思っている。 セブルスは再び無表情を顔に貼り付けて一つフン、と鼻を鳴らした。 「……勝手に好きなだけ想像しているがいい」 そう言うと、セブルスは足早に大広間への道を歩き去った。 「……あそこで反論しないってことは、スネイプに輪をかけて暗い奴なんじゃないか?」 シリウスがクックッと笑いを漏らしながらそう言うと、リーマスは困ったように肩を竦めた。 「どちらにしても、これからすぐにわかる事さ」 それから間もなくして、シリウスとリーマスは自分たちの想像が全く外れていた事を痛感した。 「今がRだから……スネイプはもうそろそろじゃないか?」 シリウスとリーマスから先ほどの話を聞いたジェームズがそういって、先ほどグリフィンドールに決まったばかりの生徒へ送る拍手の手を止めずにシリウスに耳打ちする。 シリウスもそれに同意して彼らがますます耳を澄ますと、マクゴナガルが遂にその目的の人物の名を読み上げた。 「スネイプ・!」 「はい!」 まだ僅かに残っている1年生の中から、澄んだ声が響いた。 シリウスは身を乗り出すようにして残りの一年生の集団に視線を走らせた。 間もなくシリウスが一人の少年の後姿が壇上に上っていくのを発見すると、在校生と既に組み分けの済んだ新入生の視線が総て彼に集まっているのを感じる。 少年はトコトコと壇上の中心部まで来ると、組み分け帽子の前で初めてくるりと観衆の前に顔を向けた。 瞬間、シリウス・リーマス・ジェームズの表情が固まり、次には在校生の大多数からの歓声が沸き起こった。 組み分け帽子の横にちょこんと座る少年は、艶のある青黒色の髪に澄んだ青い瞳の天使のように整った美しい容姿をしていたのである。 全く、シリウスの当ては外れた。 仄かに頬を染め微笑を湛えるこの壇上の少年は、陰気どころか何処かの王族の王子のような圧倒的な雰囲気を持っている。 セブルスが言いかけて止めたのは、この事だったのだ。 シリウスは思わず金のゴブレットを握ったまま「嘘だろ……?何かの間違いじゃ……?」と、うめいた。 「スリサリン!」 はたとシリウスが気が付くと、彼は大いに沸いているスリザリンのテーブルへと歩き去る所だった。 スリザリンのテーブルでは、在校生がに向かって手を差し出して握手を求めたり一生懸命話し掛けている。 彼は笑顔でそれに答えながら、当然のように一つ空いていたセブルスの隣に腰掛けた。 「……信じられないけど、彼がスネイプの弟さんなようだね」 ジェームズがその言葉どおり「信じられない」とばかりに首を振りながらシリウスとリーマスに視線を向けた。 リーマスも苦笑をしながら「そうだね」と曖昧に答える。 「なんだよ、リーマス。君はもしかしたら似てないのかもしれないってさっき僕に言った所じゃないか」 ジェームズは悪戯っぽくリーマスに茶々を入れると、リーマスも苦笑を崩さずにジェームズに向き直った。 「確かにそう言ったよ。でも……やっぱり僕だって君たちと同じさ。どんなに想像力が豊だって、あんな子は想像していなかったよ」 リーマスは素直に感想をそう述べると、未だに固まっているシリウスに視線を向けた。 「ほら、いい加減認めなよ、シリウス」 「……え?あぁ……」 そう言いながらもシリウスは未だに煮え切らないようにぶつぶつと呟きながら、いつものように突然現れた料理に視線を落とした。 彼らが、さらに驚く事になるのは……これからもう間もなくの話。 |
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