WHITE 〜DISTANCE〜 |
「ミスター ・スネイプ?」 「はい?そうですが?」 それが、たった今交わしたシリウスとの初めての会話だった。 遠慮の無いシリウスの声音に全く怯みもせず、は読んでいた本から視線を上げ、にっこりと微笑みながら答える。 窓から秋口の爽やかな風が入り込むと、さらりとの青黒の髪が揺れた。 「本当に似てないな、兄貴と」 「僕の事をご存知ですか?」 にっこりと笑みを絶やさずに聞くに首を振って同意を示し、シリウスはの隣のテーブルに軽く腰掛けた。 「ああ、知っている。君はあの組み分け式以来有名人だし……君の兄さんと同学年だからな、俺は」 「ええ、知っていますよ。ミスター・ブラック」 そう言っては読んでいた本に栞を挟むと、頬にかかった前髪を無造作に払いのけた。 「俺の事を知っているのか?」 「ええ、知っていますよ。貴方は僕が入学する以前から有名人ですからね……それに、僕の兄が同学年だから、貴方と」 はそう言って彼の言葉を真似て返すと、クスクスと声を立てて笑った。 そんな様子を見て、シリウスは苦笑を浮かべながら参ったとばかりに肩を竦める。 「なぁ……君は俺の見たところ……あんまりスリザリン向きじゃないと思うんだが……なんでスリザリンなんだろうな?」 「スリザリン向きではない?」 「ああ。向いてないと思うね」 「僕は、歴代の卒業生のように偉大な魔法使いになる素質が無い?」 「そう言う意味じゃないさ。でも、君は狡猾ってタイプじゃない」 「僕達はさっき初めて言葉を交わしたばかりだというのにそう言い切れますか?」 「言ったろう?君は今や有名人なんだよ。直接言葉を交わさなくても、行動を見ていれば大体判るさ。俺はこう見えても人を見る目は確かなんだ」 「僕が有名かどうかは別ですが……有名になればなるほどその人物に対する噂の信憑性は低くなります。人を信じる事は素晴らしい事ですが、いつかそれが仇とならないように気をつけてくださいね、ミスター・ブラック。」 僅かに苦笑を見せたの言葉にシリウスは少し声を立てて笑うと、組んでいた腕をローブのポケットに無造作に突っ込んだ。 「肝に銘じておくよ。それと、俺のことはシリウスでいい。友達だと思って喋ってくれ」 「ではシリウス、僕のこともと」 「ああ」 そう言ってシリウスはまぶしそうに窓の外を眺めると、思い出したようにを振り返った。 「君は、今までマグルのプライマリー・スクールに行っていたんだって?」 「あぁ、うん。よく知ってるね」 「前にスネイプ……セブルスが言ってたよ、苦虫を噛み潰したような顔で。あいつ、唯でさえ陰気な顔つきをしてるのにあんな顔してたら余計に……っと、すまない、君の兄さんだったな」 「気にしていないよ、本当の事だから。セブルスも学校でももっと笑えばいいのにな」 そう言っては困ったように笑うと、シリウスの顔を見上げた。 窓から入る太陽の光が彼の睫毛をキラキラと煌かせ、その青い瞳が一層輝いて見える。 シリウスは一瞬その姿に見惚れ、その長い睫毛の下に窺える瞳に視線を縫いつけられた。 「それにしてもセブルス、学校でもそんな事言ってたんだ」 の言葉に弾かれたように意識を呼び戻すと、シリウスは出来る限り平然を装って足を組替える。 「言ってたな。……君はマグルが好きなのか?」 「大きらいだよ」 シリウスは即座にそう言ってのけたの瞳に再び視線を合わせる。 この穏やかな表情に不釣合いなほどはっきりと言った台詞のアンバランスさに、シリウスは正直混乱した。 だが、の視線に憎悪などというものは存在せず、だが妙にはっきりと言い切った歯切れのよさだけが耳に残る。 「嫌いなのに……マグルの学校へ行ったのか?」 「うん。嫌いだけど、彼らの生活には興味があるから。研究対象としてはかなり面白い素材だと思うよ」 そう言っては読んでいた本をパタリと閉じると、改めてシリウスの顔を振り仰いだ。 「人が何かを研究しようとする動機は二つあると思うんだ。一つは純粋にその事物が好きだって言う場合。そしてもう一つはその事物が嫌いって場合。つまり、ある対象を研究する動機は、その対象物に必ずしも好意的である必要はないんだよ」 「けど……嫌いな物をわざわざ研究したがるか?」 「するよ。正にシリウス、貴方と兄セブルスの関係のような物じゃないか。互いに非好意的でありながら互いを観察し、ちょっかいを掛け合っている。シリウスはセブルスが嫌いなんでしょう?」 「ハッキリ言うな。まぁ、違わないが」 シリウスがそう言って少し肩を竦めて見せると、はほらね、とでも言うように悪戯っぽく笑う。 シリウスはそんなに苦笑で返して、癖の無いその黒髪を無造作にかきあげた。 「でも……はマグルの何がそんなに嫌いなんだ?」 「彼らが……魔法を使うからさ」 「魔法?……だって、マグルだろ?」 「科学って言う名の魔法さ」 そう言っては不機嫌さを表すように、その唇を尖らせた。 しかし、そんな仕草も何処か愛らしい。 まるで、彼の心には憎しみのような負の感情など存在しないかのような、そんな純粋な雰囲気を醸し出している。 少なくともシリウスにはそう思えた。 「マグルはマグルでありながら、僕たち魔法使いよりもよっぽど魔法みたいな魔法を使うんだよ。ペンを使わずに文字を書き、火を使わずに料理をして、遠く離れた相手とリアルタイムで話をしたりする。これが魔法じゃなくて、なんて言うの?魔法使いよりも魔法使いらしいマグルなんて、好きじゃないよ!」 そう言ってはテーブルに置かれていた杖を一振りし、丁度掌に乗るサイズの一つの知恵の輪のような物体を出し、シリウスの眼前に差し出す。 シリウスは意味がわからないとばかりに首を傾げたが、その手を差し出しそれを受け取った。 その知恵の輪のような物体は、キラキラと光るシルバーの円盤状のリングに矢をかたどった木片がしっかりと刺さっている物だ。 丁度天使の矢がハートに突き刺さったような形をしている物体を、シリウスはしげしげと眺めた。 「なんだ?これ」 「それ、シリウスが同じ物を作れといわれたら、どうやって作る?」 そう言われ、シリウスはさらにその物体をしっかりと眺めた。 シルバーのリングにほとんど隙間は無く、しっかりと矢を模った木片の矢じりと羽の間に揺れている。 どう見ても矢じりと羽の直径はリングの穴の直径を上回っていて、無理矢理通そうとした所で通らないことが判った。 となると、方法は一つ。 シリウスは顎に手をやりながら、そのリングを揺らした。 「この矢じりに縮み呪文をかけて通すか、あるいはこのシルバーのリングに伸ばし呪文をかけて大きくして通すか、どちらかだろうな」 「でも、それはマグルが作ったものなんだよ」 「え?」 シリウスはもう一度手の中のその物体を隅から隅まで眺め回した。 しかし継ぎ目も割れ目も見られず、何も変わった様子はない様に見える。 「でも……じゃあ、どうやって?」 「簡単さ。まず、その矢を先に煮るんだよ、ぐつぐつと」 そういっては立ち上がり、ゆっくりといくつもの大きな本棚を取りすぎてマグル学の書物のある棚へと歩を進めた。 そして、その中から植物学の大きな分厚い図鑑を取り出し、繊細な白い指がその植物の名を追う。 「その木みたいに見える矢はアジアに多く見られる、『竹』という素材なんだよ」 「『タケ』?」 「うん、バンブーって言ったら解るかな?その『タケ』の特性はね、長時間ずーっと煮込むと硬かった芯がグニャグニャに柔らかくなる事なんだ。そして、その時の水分が蒸発してしまえば、また元の硬さを取り戻す」 「じゃあ、つまりこれを作ったマグルは唯そのバンブーを煮て、グニャグニャにして、この小さいリングに穴に通して乾燥させたただけだって言うのか?」 シリウスは思わずやりきれないとばかりに嘆息した。 はそんなシリウスを見て、満足そう……いや、不満足そうにと言った方が正しいか、とにかく図鑑を元に戻しながら大儀そうに腰に手をやり、締めくくりとばかりに言葉を括った。 「やりきれないでしょ?彼らは僕らが魔法を使ってしか出来ない事を、何だかんだで魔法無しで解決しちゃうんだ!だから、僕彼らが大きらい!」 そう言ったの顔は今までよりも随分幼く見えて、シリウスは思わず顔をほころばせる。 今まですらすらと言葉を綴っていた人物は容姿とは裏腹に随分と大人びて感じていたが、今の彼の表情は歳相応だ。 シリウスは今更のように彼が6つも年下だという事実を思い出した。 「……なぁ、でもそれ……嫌いな理由になってるのか?いや、むしろそれは嫌いって言うのか?」 シリウスの言葉に、は心外だ!とその薄く桜色に色づいた頬を膨らませる。 「な、何で?きらいだよ?どうしてそんな事を聞くんだよ!」 「……っく…や、悪かった……っは…あははははっ!」 「な、ちょ……!なんでそんなに笑うの?!あ!そういえばシリウスってマグル贔屓だったんだ!」 「ははっ、いや、悪い……ははは!面白いな、君って」 シリウスはこらえ切れない笑いを唇に拳を当てて制御しようと試みるが、それでも込み上げてくる笑みは押さえきれない。 マグル贔屓なのはむしろの方じゃないか、とシリウスは心の中で思う。 マグル贔屓といわれている自分などよりよっぽど良くマグルを観察している。 シリウスにはがどう見てもきらいな物を勉強しているように思えなかった。 勿論、そんな事を口に出しては言わないけれど。 「……もう、シリウスなんて知らないよ!」 そう言ってはむくれた様に羽ペンを仕舞う。 「悪かったよ、本当に。……ほら」 そう言ってシリウスはに先ほどの竹で出来た知恵の輪を差し出す。 チャラ、とシルバーのリングが揺れた。 は差し出された知恵の輪を凝視すると、不意にシリウスの瞳を射る様に見つめてぽそりと呟く。 「……あげるよ、その『マグルの知恵』」 ぶっきらぼうに言ってはいるが、の桜色の頬にさらに赤味が増している。 「……いいのか?」 「いいよ。シリウスもそれをずっと見て、マグルの事きらいになればいいんだ」 そう言って、は照れ隠しのようにニッと笑った。 シリウスはその涼しげな瞳を細めて、の幼い笑顔を見つめる。 「じゃあ……マグルを嫌いになろうキャンペーンって事で、またこれからもがマグルを好きじゃない理由を沢山聞かせてくれよ。そしたら、俺もマグルが嫌いになれるかもしれないぜ」 「本当?!」 そう言っては心底嬉しそうな顔をしてシリウスを見上げた。 シリウスは思わず心の中で『そんなにマグル嫌い仲間』を増やしたいのかと苦笑する。 本当に、彼は自分がマグル嫌いだと思い込んでいるのだろうか? 「じゃあまたお話できるって事だね!」 しかし、返ってきた答えは想像と違う物で、シリウスは思わずその深い色の瞳を見開いた。 「当たり前だろ。俺達はもう友達だろ?いつでも気が向いたら遊びに来いよ。今度はジェームズ達も紹介するから」 一瞬の沈黙の後、シリウスは極上の笑顔でそう答えるとの頭を乱暴に撫でた。 「うん、約束ね!」 そう言ってはにっこりと笑顔を返す。 「あー……でも、スネイプには内緒な?」 その後、彼らの会話はマダム・ピンスの咳払いによって終了する事となる。 |
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