WHITE 〜JUSTICE〜 |
その日もいつもの通り、シリウスは図書室へと足を向かわせていた。 今年に入ってから、シリウスは放課後の自由時間に今までのようにジェームズたちと新しい悪戯の仕掛けを開発をしているか、図書室へと向かうかのどちらかをしている。 勿論図書室へと向かうのは宿題をするためなどと言う無粋な理由ではない。 元来頭の回転と要領の良い彼は授業中の課題を寮まで持ち込んだことがなかった。 強いて言えば、ピーターの宿題を手伝ってやる事は有ったが。 そう言うわけで彼が図書室に寄る理由と言えば、新しい悪戯のための情報を集める時か、稀に気が向いて読書をしようという気になった時だけと相場は決まっていた。 しかし、今年になって、彼の図書室に寄る理由に新たな1項目が追加された。 それは、と話したい時だ。 シリウスと違い、は休憩の多くには図書室にいることが多い。 だから、シリウスはを探す時には、自然と図書室に足を運ぶ事が多くなるのだ。 シリウスにとって、の話はまるでおもちゃ箱をひっくり返したように面白い。 彼は自称マグルきらいなのだが、その知識の豊富さ、考え方の平行さは大いにシリウスの興味を引いた。 何度話を聞いても、シリウスにはがマグルを嫌っている理由がわからない。 むしろ、好きなんではないかと思う。 しかし、何度聞き返してもその答えは同じだ。 最近はそんな議論をする事も馬鹿らしくなり、シリウスは黙っての言葉に耳を傾け、時には冗談を言い、時には自分の意見を述べたりして、楽しい時間を過ごしていた。 彼の話は教授のマグル学等よりよっぽど面白いし、為になる。 ギシリと重厚で趣のある扉を開け、シリウスは図書室へと足を踏み入れた。 マダム・ピンスに軽く会釈をし、シリウスは視線をあちらこちらに彷徨わせる。 彼の視線が一番窓側の日当たりの良い席に移った時、シリウスは目的の人物を見つけた。 瞬間、彼の端正な眉が不快そうに歪められる。 視界に入ってきたのは、とその兄……セブルスだ。 シリウスは軽く舌打ちをし、その席から遠く離れた席に座る。 軽く足を組んで、シリウスは微かに聞こえてくるその話の内容に耳を欹てた。 「じゃあ……この薬草とこの薬草は相性が悪いの?」 「そうだ。だから、これと同等の効き目を持つ薬品を作りたいのなら、こちらの薬草と競合しないこちらの系列の薬草を使うのが正しい」 「そうだとしたら……この系列も使えない?」 「……うん……そうだな、あるいは、それでも可能かもしれない。いや、むしろこちらの系列の方がよく馴染むかも知れないな……」 「本当?」 「ああ。よく気が付いたな、今度実験してみようか。魔法薬学の教授にはわたしの方からお願いしておこう」 そう言うとセブルスはその険しい顔に僅かに微笑を浮かべた。 シリウスはそのセブルスの表情を見て、思わず呆けたようにあんぐりと口を開く。 「おい……あのスネイプが笑ってるのか……?」 シリウスは信じられないようなものを見たように頭を振ると、嘆息して再び視線を二人に向けた。 こうして見ていれば、二人はどこか似ている雰囲気をもっているような気がする。 最初にに会ったとき、シリウスは彼ら兄弟を似ていないと思った。 確かに個人個人で見てみれば、全く似ていることなど無い様に見える。 唯一同じなのは彼らの髪の色だけだ。 それなのに、今自分の目の前に並んでいる二人はシリウスの目から見ても兄弟以外の何者でもなくて……。 シリウスはテーブルに頬杖をついて、二人を眺めた。 「……そうか、似てるんじゃないんだ」 ただ、二人の雰囲気が、他の誰かといる時と違うのだ。 お互いを信じきった瞳、強い信頼関係。 そう言ったものが、二人の雰囲気に現れているのだ。 「……そりゃ、スネイプも笑うわけだ」 シリウスはそう言うと、その癖の無い黒髪をさらりとかきあげる。 と、不意にの視線がシリウスを捕らえた。 の瞳が嬉しそうに細められる。 シリウスはその瞳に笑いかけると、先ほどの席から静かに立ち上がった。 すると、その視線の先に気が付いたセブルスの眉根にとたんにしわが寄る。 「……どうも先ほどから女生徒が騒ぐと思ったら……お前がいたのか、有名人」 「そりゃ、どういうことだ?」 シリウスの問いに、セブルスはこれ見よがしに嘆息して面倒そうに言葉を綴った。 「お前がここにいると、頭の悪い面食いの女子生徒ども騒いで迷惑だ。出て行ってくれると有り難いんだがな、色男」 そう言うと、セブルスが出入り口を顎で示す。 シリウスはその言葉に不敵に笑顔を向けると、に向き直った。 「まさか、お前から褒め言葉を聞くとは思わなかったぜ、スネイプ。でも残念だが俺はに用事があってな。迷惑だと感じるならお前が出て行ったらどうだ?どうやらここで俺の存在を迷惑だと思っている奴はお前だけみたいだぜ?」 そういってシリウスが軽く眉を持ち上げて笑い声を立てながらそう言うと、セブルスはそれでも余裕の笑みで肩を竦めてみせた。 「いや、そうでもないみたいだぞ、ブラック。わたし以外でもお前の存在が迷惑に感じている人物がいるようだ。……お前は馬鹿な女子生徒どもの感心を煽るだけで無く、その良く通る無駄に大きい笑い声で図書室の静寂を破ったと思われているようだ」 セブルスの台詞に、シリウスがギクリとして振り返ると、まるで影のように彼の背後に立っていたマダム・ピンスの視線が痛いほど突き刺さった。 その額には行く筋もの青筋が立っている。 「シリウス・ブラック!何度言ったら解るのです、ここは談話室ではありませんよ!」 マダム・ピンスの押し殺したような怒声に、シリウスは思わずその片目を痛そうに閉じる。 「その……すみません、マダム・ピンス……」 シリウスは苦笑いを浮かべながら、それでも殊勝にマダム・ピンスに謝罪をした。 セブルスはそれを見ると、普段の仕返しとばかりに口元に含み笑いを漏らしている。 「解ったのなら今日のところは退出を命じます。どうせ本を読みに来たのではないのでしょう?」 マダム・ピンスの真理を付いた厳しい一撃に、シリウスは落胆の色を隠せずに項垂れたように頷いた。 「……だそうだ。残念だったな、ブラック」 意地の悪い笑みを浮かべて、セブルスは鼻で笑った。 「……何をしているのです?ミスター・スネイプ、貴方もですよ」 一瞬にして、セブルスの表情から嘲笑が消え失せる。 なぜ、といわんばかりの表情のセブルスに、マダム・ピンスはまたもやぴしゃりと厳しい言葉をかける。 「彼を焚きつけたのは貴方なのでしょう?同罪です」 「しかし……」 なおも反論を続けようとした言葉を、今度はが遮った。 「すみません、マダム・ピンス。僕達、すぐに退出しますから!」 そう言うと、読んでいた分厚い魔法薬学の本を素早く閉じた。 「……まったく、貴方達上級生が下級生に諌められてどうするのです」 マダム・ピンスはそう言って指先で眼鏡を上げながら溜息をつく。 シリウスとセブルスはサッと顔色を赤くすると、無言で各々片付けをはじめた。 「いいですか、今後図書室で騒ぎを起こすような事があれば、以後の立ち入りを禁止しますからね。……では、おいでなさい、ミスター・スネイプ。ええ、です。まだその本を読み終えてはいないでしょう。貸し出し手続きをしてあげましょう……」 「その……悪かったな、勉強の邪魔して」 そう言ってシリウスはばつが悪そうに頭を掻いた。 「まったく、お前のせいだ、ブラック」 セブルスはそう言ってシリウスを横目に見ると、フンと偉そうに鼻を鳴らす。 「俺はお前に謝ってるんじゃない、スネイプ」 「なんだと?」 「もう、やめてよセブルス。シリウスは謝ってるじゃないか。大体シリウスの言葉に皮肉を返したのはセブルスも同じでしょう?」 「しかし……」 セブルスは一瞬何かを言いかけた言葉を途中で飲み込んで、呟くように謝罪の言葉を述べた。 そんなセブルスの行動に少々面食らいながらも、シリウスは顔に出さないように会話を続行させる。 「あ、で、勉強は良かったのか?」 「うん、キリのいい所までは終わっていたから」 はそう言って、たった今借りてきたばかりの分厚い本を嬉しそうに持ち上げた。 そんなの表情に、シリウスはにっこりと微笑む。 「、あまりこの男と付き合うな。お前にまでブラックの性質の悪い遊びクセがついたらかなわない」 不機嫌そうなセブルスの言葉に、シリウスの眉はつり上がり、の眉は困ったように釣り下がる。 「誰が遊びクセが悪いだ」 「お前以外におるまい?ブラック。だからあまり弟に関わるな」 「俺はがお前みたいに勉強だけの面白みの無い奴にならないように願うね!」 「……口を慎め、ブラック!」 再び険悪なムードがたち込め激しくにらみ合いを続ける二人に、は小さく溜息をついた。 「……?」 思わず窓を見やったの視界に、何百の梟が群れてホグワーツへと向かってくるのが見えた。 瞬間的には眉を顰める。 ――おかしい。 梟便なら今日の昼食の時に届いたはずだ。 しかし、彼らの群れは確実にこのホグワーツへと向かってきている。 は思わず二人の注意を引くように、未だにいがみ合っているセブルスとシリウスの腕を揺さぶった。 「ねぇ……ねぇ、あれ、なにかな?」 「……え?……なんだ?……梟便はもう今日の配達は無いはずだよな?」 「……当然だ。だがあれだけの量がこちらに向かっていると言う事は、ただ事では有るまい」 3人がそう話し続ける間も、梟の群れはどんどんとホグワーツに近づいてくる。 「……きたぞ」 そう言ってセブルスが梟の群れを視線で示すと、次々と梟たちがホグワーツ領内に各々分かれて入っていく。 その中の数羽は3人の元へと向かい、3人の頭上に数枚の羊皮紙を落としていった。 「……なんだ、これ?」 「……月刊予言者新聞だ……号外?」 羊皮紙を覗き込む3人の視界に、大きな見出し記事が一斉に飛び込んでくる。 瞬間、3人の頭をハンマーで殴りつけられたような衝撃が走った。 『日刊予言者新聞 号外 ――名前を呼んでいけないあの人が再び精力的に動き始めたと、本日魔法法執行部が正式発表――』 「………」 「………」 「……くそ!」 静寂を打ち破ったのはシリウスだった。 セブルスとの視線がシリウスに集まる。 「不安を煽るような書き方しやがって!見ろ、この記事を書いたのはリータ・スキーターだ。コイツの記事は信用できないね。嘘ばっかり並べるので有名な女だ」 「……ふん、単純な奴は考える事が楽でいいな……」 「なんだよ、お前はこの噂が本当ならいいと思ってるのか?」 「……わたしは希望的観測も余計な気休めも必要としない。必要なのは真実だけだ」 「は、可愛げの無い奴だ!なんにしろ……まぁこの記事が本当ならば、ダンブルドアが夕食の時間にでも俺たちに話すだろうな」 「ほう……お前にしては理性的な意見だな……どうした?」 「え?いや……何でもないよ……」 「それにしては顔が青いぞ?平気か?……マダム・ポンフリーの所にいくか?」 「大丈夫だよ、眩暈が……しただけ」 そういっては二人に無理矢理のように笑顔を張り付かせると、その羊皮紙をグシャリと握りつぶした。 「僕……今日の食事はいらないから、二人で食べてきて」 そう言っては二人の静止も聞かず、寮へと走り出した。 「……あ、おい!」 「………」 「……いいのか?行かせて」 「……本当にお前は単純な奴だな。今何を言ったところで、何かを話すとは思えないだろう」 そう言ってセブルスはシリウスの瞳に、今までシリウスが感じた事の無いほど射る様に鋭い視線を合わせる。 「……でも」 「……黙れ。お前にの何がわかるというのだ」 そう言うと、セブルスはシリウスのローブを掴み、鼻先が触れ合うほど顔を近づけた。 「一つ、ハッキリさせておく。はわたしの弟だ。彼の事はわたしに任せておいて貰おうか。他人の君には関係ないことだ」 視線を合わせたまま、セブルスはハッキリと言葉を紡いだ。 彼の言葉に、今までのような揶揄は感じられない。 シリウスはそんなセブルスの言葉に、一瞬ザックリと胸の内を抉られる思いがした。 「……他人は、干渉しちゃいけないなんて法律は無いぜ」 「兄弟のいないお前は、ただママゴトでの弟のようにを見ているに過ぎない。一瞬の同情でわたしたちの間に割り込まれるのは迷惑だ」 「………」 「どうだ、反論できまい。わたしは……わたしとは一生消えない血の繋がりがある。わたしは彼のことを見捨てない、忘れない、離れない、だが……」 「血のつながりは無くとも、人の情には強い絆が存在するだろう!」 「友情にどれほどの拘束力がある?」 「俺は、友人の為なら死さえも厭わない!」 「……ならば、恋情ならばどうだ?」 「………!」 「わたしはお前のに対する友情など認めない。ましてや……それ以上の感情など……!!」 セブルスはその低い声音を最大限に回廊に響かせると、荒い吐息をついた。 シリウスはそんなセブルスの瞳から視線を逸らす事も出来ず、ただ唇を噛んで押し黙る。 「わたしは……今ほど貴様を憎いと思ったことは無い……」 そう言うと、セブルスはその濃い色の瞳に青い炎を揺らめかせシリウスを一瞥し、バサリとローブを翻してシリウスに背を向ける。 「いいな、今一度言っておく。……今後、に近寄るな」 シリウスは、ただそのセブルスが去っていく背中を見つめる事しか出来ずに、佇んでいた。 「……くそっ……!」 ドン!と鈍い音が回廊に響く。 シリウスは唇を噛み締め、再び拳を石畳の壁に激しく打ちつけた。 つ、と拳からは赤黒く光った血が伝う。 シリウスは仰ぐように天井に視線を向けると、壁を背にずるずると力が抜けたようにその場に座り込んだ。 「……わかってるんだよ!」 廊下を照らす淡い光のランプですら、今の彼にはまぶしい。 彼の視界がぼんやりと歪む。 「……俺が……どうかしてるって事くらい……俺が……」 彼の言葉は小さく響いて、闇に消えた。 |
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