IT'S LATE

「――じゃあ司馬、お前は十二支高校が第1志望でいいんだな?」
誰もいなくなった教室で担任の菱田にそう聞かれ、司馬はコクリと頷く。
「まぁお前の成績なら妥当なセンだとは思うが、どうして十二支なんだ?」
菱田はそういって自分の顎を撫でると、司馬の内申書・成績表と十二支高校の学校案内を見比べた。
「お前の部活の活躍をみると、十二支以外でも十分に推薦が取れると思うぞ」
「………」
菱田は学校案内をもう数枚指で探りながら小さく唸る。
「確かに十二支は野球の名門校だといわれていた。だがそれももう何年も前までの話だ。今や名前だけの二流校に成り下がっている」
司馬は菱田の言葉に、申し訳なさそうに再び拒絶の意を示す。
「例えば、根瓶高校なんかもお前を是非にと言っているぞ?ここ数年十二支より大分ランク上の野球の実績を持っている」
「………」
それでも、司馬は首を縦には振らない。
菱田は軽く溜息をついた。
「まぁ、お前がそれを望むなら否定はせんが、もう少し視線を広げて考えてみてもいいんじゃないかと思うぞ、司馬。お前は才能がある奴だ。こんなところで潰れて欲しくは無い」

――もう、十二支には村中に続く伝説は生まれんよ。
菱田は最後にそう付け加えて、司馬の退出を許可した。

* * * * *

♪〜 It's late, but I'm bleeding deep inside
It's late, is it just my sickly pride?
Too late, even now the feeling seems to steal away
So late, though I'm crying I can't help but hear you say
It's late it's late it's late
But not too late 〜♪

一礼をして教室を出ると、外は既に赤く暮れていた。
赤い夕焼け。
あの日一人で見たのと同じ色……。
暑かった夏が通り過ぎ、部活も引退をした。
全国大会は2回戦で敗退し、最後の夏は終わったのだ。
今でも受験勉強の合間に野球は続けているが、依然として心の空洞は埋まらない。
部活をしているときは、それでもいくらか気を紛らわすことができた。
野球をしている時は、普段の生活のしがらみすべてを忘れられる。
けれど……。

〜♪ The way you love me
Is the sweetest love around
But after all this time
The more I'm trying
The more I seem to let you down 〜♪

あの日一人で見た夕焼けの色の悲しさが、胸に焼き付いて離れない。
来るわけ無いと知りながら、それでも一人待ち続けたあの日。
あの日の胸の痛みは、今も自分の中に残っている。
じわり、と熱い物が胸を駆け抜けた。

十二支に行けば、あの人に会えるかもしれない。
僅かながらの期待で、司馬はそう決めた。
憧れたあの人のプレイがもう一度見たくて。

〜♪ Now you tell me you're leaving
And I just can't believe it's true
Oh you know that I can love you
Though I know I can't be true
Oh you made me love you
Don't tell me that we're through ♪〜

十二支の出場した地方大会の試合はビデオが擦り切れるほど何度も繰り返し見た。
残念ながら今年も甲子園には出られなかったが、それでも十二支高校の試合は司馬の目には多くの新鮮な驚きを与えた。
そして、その中でも特に司馬が目を奪われたのが、セカンドのの守備だった。
今までリトルリーグのコーチとして見せていた動きとはまったく違う、まるで豹のようなしなやかな動き。
決して長身なわけでも、体格が良いわけでもない彼の身体は、まるでグラウンドを翔ける風のように速く宙を舞った。
その表情は司馬が初めて見る真剣な表情。
瞳には炎が燃え盛る。
それらの総てに司馬は魅せられた。
今、その光景を思い浮かべただけでも、ゾクリと背筋に熱い電撃が走る。
それほどまでに衝撃的だった。

* * * * *

司馬はゆっくりと目を瞑る。
あれから、何度かこのグラウンドを訪れた。
人のいないグラウンドは、その本来の目的を忘れたようにただ空虚な空間を剥き出しにしている。
秋の冷たい風が司馬の髪を煽り、彼の思考を現実へと引き戻させた。
思えば――自分はの事を何も知らない。
住んでいる場所も、携帯番号も、今なにをしているかも、どこで会えるのかも。
このグラウンドという場所を取り去ってしまえば、自分ととを繋ぐ物は何も無くなってしまうのだということを痛感した。
いまさら後悔しても、もう遅い。
また会えるのだと、漠然とだが楽観していた。
だからあえて携帯番号も聞かなかった。
黒い空に星が輝く。
今、彼は自分と同じ星を見上げているのだろうか?
司馬はサングラスを取り、星空を眺めた。


星に願いをかけるなら――今は、そう……貴方に会いたい。
♪ "IT'S LATE"  Words and music by Brian May

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