Leaving Home Ain't Easy

〜♪ I'm all through with ties
I'm all tired of tears
I'm a happy man
Don't it look that way
Shaking dust from my shoes
There's a road ahead
And there's no way back home (no way back home)
Oh but I have to say 〜♪

「……君、最近君はよくそのアーティストの曲を聞いているけど、何ていうバンドなんだい?」
不意に昼休み時間に牛尾に聞かれ、は驚いて傍に立っていた友人を見上げた。
太陽は頭上に輝いていたが、秋も中盤に近づいたこの時期の屋上は風に煽られ、僅かに肌寒い。
は上半身を起き上がらせると、隣に腰をかけた友人の方を振り仰いだ。
「牛尾……? ああ、これね、"QUEEN"だよ。イギリスのバンド。……あ、もしかして音漏れして煩かったか? 最近ずっと聴いてたから、悪いな」
はすまなそうにイヤフォンを外す。
「いや、別にそういうわけではないよ。純粋に興味でね」
牛尾は笑ってそう言うと、片方のイヤフォンを自分の耳に嵌めた。
「へぇ、これが"QUEEN"か。名前は知っていたけど、曲ははじめて聞いたな」
「うん、俺も最近知った」
はそう言って微笑むと、自分も片方のイヤフォンを耳にする。

〜♪ Leaving home ain't easy
Oh I never thought it would be easy
Leaving on your own
Oh is the main thing calling me back
Leaving home ain't easy
On the one you're leaving home 〜♪

脳裏にあのころの泣きたくなるほど懐かしい情景と匂いが浮かぶ。
じりじりと照り付ける太陽の暑さ、風の心地よさ、グラウンドの土埃……。
は視線を落とした。
同じ太陽が作り出す日向でも、あのころの光の強さはもう無い。

「……君、この曲に何か悲しい思い出でもあるのかい?」
瞳を上げれば、を覗き込む牛尾の優しげな視線とぶつかる。
牛尾は優しい。
掛け値なしの愛情を、いつもに注いでくれている。
が落ち込んだときには、いつもさり気無く手を差し出して、暗闇から救ってくれる。
十二支高校が甲子園行きの夢を立たれたときも、ずっと傍にいてくれた。
辛いのは自分も同じはずなのに、それでもずっと傍にいて元気をくれた。
今日わざわざ声を掛けて来たのも、きっと最近元気の無いを気にしてのことだろう。
「悲しい……思い出ではないよ」
はポツリとそう呟く。
「むしろ、思い出すのは楽しい思い出ばかりなんだ」
の瞳が揺れた。
「本当に楽しい思い出なんだ。ほら、前に話しただろう?リトルリーグの臨時コーチを引き受けた話」
「ああ、聞いたね。春から夏ごろにかけてだったかな?」
「そう、その時の思い出なんだ」
は無意識に膝を抱えた。
「皆いい子でね。野球が好きで、がむしゃらにがんばって、凄く上達したんだ」
牛尾はただ優しい微笑を浮かべて頷いた。
「練習試合でも連勝を続けて、皆が自信をつけていくのを見るのが何よりの俺の楽しみだったよ……本当に……楽しい思い出ばかりなんだ……」
は再び視線を落とすと、無理やりに笑顔を作った。
牛尾はそんなの肩に自分の腕を回して引き寄せると、優しく諭すように質問する。
「それじゃあ、なぜ君はそんなに辛そうなんだい?」
「無くした物が……俺は無くした物の大きさを、無くして初めて知ったんだ……」
あのグラウンドに司馬の姿は無い。
夏までは当たり前のように隣にいた、司馬の姿はもうどこにも無い。
司馬のヘッドフォンの音漏れを聞くことも、サングラスに写る太陽に目を顰める事も、総てもう……。
「………」
「深い海へと落とした真珠と一緒さ。手を伸ばしても、もうそれは掴めない。大切なものは、海という途方も無い深い世界に戻ってしまった。もう俺の手には戻らない」
の瞳から一粒透明な雫が落ち、白く無機質なコンクリートに黒い染みを作った。
牛尾は肩に回した手で、ポンポンとをあやす。
「――ねぇ君、それは本当にもう取り返しがつかない事なのかい?」
「……判らない。でも俺はあいつのことを何も知らない」
牛尾はの頭をあやす様に叩く。
君、信じることだよ。人生に絶対は無いんだ。君が会いたいと願うなら、その思いは必ず届く。でも君がそれを拒否してしまえば、それはきっと永遠に叶わない」
「……牛尾……」
牛尾はいつものようににっこりと微笑む。
「ボクは今でも十二支高校が甲子園にいけることを信じているよ。来年こそは、きっと行けるとね。それをボクらが信じていなくて、誰が信じてくれるんだい」
「……そうだな、俺も信じてる。甲子園も、落ちた真珠のことも……信じてみる」
はそう言って少し笑った。


〜♪ Stay my love my love please stay
Stay my love what's wrong my love?
What's right my love?
Oh leaving home ain't easy
I thought how could I think of leaving
Leaving on your own
Still trying to persuade me that
Leaving home ain't necessarily the only way
Leaving home ain't easy
But may be the only way 〜♪



――今度会うときまでに、歌を全部覚えてやろう。
次に会った時に、司馬がびっくりするように。
そう思えば、会えない期間も少しは楽になる筈だから……。

♪ "Leaving Home Ain't Easy"  Words and music by Brian May

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