LONG AWAY

〜♪ Take heart my friend we love you
Though it seems like you're alone
A million light's above you
Smile down upon your home 〜♪

家へと向かう電車の中で、司馬はいつもの通りヘッドフォンから聞こえる気に入りの曲に耳を傾けながらぼんやりと窓の外を眺めていた。
会場を出るときには一緒だった仲間たちは既に二駅ほど前におりて、がらんとした車内には司馬と会社帰りのサラリーマンや学生たちが数名しかいない。
司馬はこの落ち着いた空間に僅かに緊張を緩めると、過ぎてゆく町並みを見つめた。
クーラーの冷たい風を肌に感じて、不意に日中感じた陽の光の強さと熱さを思い出す。
今日は地方予選の最終日だった。
柑田中は日ごろの努力が実って見事決勝まで勝ち残り、最終日の今日地元の全国大会常連校と対戦し、6−5と僅差で勝ち星を収め全国大会の出場権を手に入れた。
仲間たちは皆全国の切符を手に入れたお祝いに出かけてしまったが、司馬だけはそれを一人辞退し参加をしなかった。
部員たちは今回の功労者である司馬の出席を強く望んだのだが、司馬は「寄りたいところがあるから」と頑なに断ったのだ。
普段であれば、断りはしなかっただろう。
彼自身率先して騒ぐタイプでは決してなかったが、孤立して一匹狼を気取るわけでもない。
しかし、今回はどうしても気になることがあったのだ。

〜♪ Hurry put your troubles in a suitcase
Come let the new child play
Lonely as a whisper on a star chase
I'm leaving here,I'm long away
For all the stars in heaven
I would not live I could not live this way 〜♪

今回の予選の功労者は誰が見ても明らかだった。
司馬はファインセーブを連発し、幾度となくチームの危機を救った。
彼のテリトリー内に転がったボールはことごとく彼のグローブに納まり、また彼の返球によってセーフタイミングのランナーを刺す。
もともと捕球の上手かった司馬だが、今年に入ってからの彼の上達振りには監督も仲間も舌を巻いた。
そしてそれが試合でもいかんなく発揮されたということだ。
司馬自身、自分の上達振りをなんとなくは解っていた。
そして、その理由も。
自分が憧れて止まないあの人のプレーに触発されて、前以上に練習量を増やしてきた。
彼に近づきたくて、認めて欲しくて、ただがむしゃらに走り続けた。
彼はどうしてもその結果を報告したくて、こうして祝勝会をも抜け出てきたのだ。
――いや、もしかしたらただ単に彼に会いたいだけなのかもしれない。
そう考えて、司馬は己の考えに思わず苦笑する。
そんな取り止めの無いことを考えているうちに、車内アナウンスが降車駅名を機械的に告げた。

* * * * *

「………」
空が夕焼けで赤く染まる。
初めてあの人に会った時の目に染みるような青空とは対照的な紅の空。
人のいないグラウンドに、司馬は一人佇むと唇をかんだ。
彼がいないことくらい解ってはいたことだ。
彼が臨時でコーチをしていたリトルリーグのホームグラウンドも、先月を最後に別の新しい場所に移った。
約束などしていない。
彼がここにいる理由など何も無い。
それでも――。
自分にある彼との接点は、ここだけなのだ。
ここにくれば彼に会えるのではないかという、ほんの僅かな期待が彼を動かした。
先輩……」
胸が痛い。
この甘い痛みは何なのだろう。
暮れなずむ夕日に、切なさが募る。
――会いたい。


* * * * *

は組んだ腕で右膝を抱えた。
太陽が沈んでも、じっとりとした暑さがグラウンドを包んでいる。
は汗で張り付いた前髪を乱暴に払うと、ただなんとなく前方のマウンドに視線を這わせた。
人のいないグラウンドは本当に静かで、暗闇を深くする。
自分ただ一人しかこの世にいないような、そんな錯覚がを包んだ。
孤独。
は組んだ腕に力を込めると、目の前のグラウンドを睨み付けた。
バッターボックスにぼうっと人影が映る。
瞬間、暗闇の中に脳裏に焼きついた昼間の光景が、くっきりと浮かび上がった。
9回の裏。
バッターボックスの人影がバットを構えると、ゆっくりと大きくスウィングをする。
カキィィィン!
バットが芯を捕らえた音がグラウンド中に響くと、白いボールは空に浮かぶ雲と同化した。
は思わず頭を振るう。
しかし、その映像は何度も何度も頭の中で繰り返し再生された。
逆転サヨナラホームラン。
はただ頭上を高く越えてゆくボールを見送った。
まるで壊れてしまったCDプレイヤーの様に、バットが球を叩く快音が頭の中を駆け巡る。
試合終了のサイレンが、今年の夢の終わりを声高に主張していた。

――悔しい。
――悔しい。
――悔しい。
――また今年も阻まれた。
――今年こそはと皆で力を合わせた。
――それなのに。

〜♪ Did we leave our way behind us?
Such a long long way behind us
Leave it for some hopeless lane
Such a long long way such a long long way
Such a long long way I'm looking for
Still looking for that day 〜♪

不意に口を突いて出たフレーズに、は驚きを隠せなかった。
司馬が好んで良く聞いているQUEENの1フレーズ。
いつのまにか覚えてしまっていた。
「……なんで、ここにきたんだろ」
夏前までリトルリーグのコーチをしていたグラウンド。
司馬にはじめて会った場所。
今はもう、使われてはいない……。
「こんなところに、来るわけないのに」
中学野球に詳しい記者の一人から聞いた情報によれば、柑田中学は見事全国への切符を手に入れたらしい。
今ごろは司馬も祝勝会に参加している最中だろう。
彼はここにはこない。
彼とを結ぶ接点はここしかないのに。
ズキンと胸が痛む。
「なんなんだよ……これ」
は瞬く星々を見上げた。
――彼もこの星空を見上げるのだろうか?
「……会いたい」

♪"LONG AWAY" Words and music by Brian May

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