The Prophet's Song |
〜♪ I dreamed I saw on a moonlit stair Spreading his hand to the multitude there A man who cried for a love gone stale And ice cold hearts of charity bare 〜♪ 青々と茂る緑のアーチを潜り抜けて、司馬はもう既に馴染みとなった遊歩道の緩やかな坂道を自転車で駆け上る。 木々の隙間から入り込む日差しがサングラス越しにもまぶしい。 夏を目前に控えて、いっせいに木々が緑色を映えさせているかに感じる。 司馬は額に薄っすらとかいた汗を乱暴に手の甲で拭くと、いつもの野球場を目指して足を速めた。 あそこに向かうのは2週間ぶりだ。 自然に胸が高鳴るのを感じる。 〜♪ I watched as fear took the old man's gaze Hopes of the young in troubled graves 'I see no day' I heard him say So grey is the face of every mortal 〜♪ 坂を登りきれば、あの人の笑顔に会える。 その坂の終わりももうすぐそこ。 ヘッドフォンを通じても軽快な金属音が聞こえてくる。 もうしばらくすれば少年たちの嬌声も聞こえてくるだろう。 司馬は頬に浮かんだ汗を再び手の甲で拭うと、ハンドルを右に切った。 * * * * * 「お、司馬!今日も来てくれたのか」 グラウンドで少年たちを相手にノックをしていたが司馬を振り返る。 はバットの先を地面につけると、袖口で額の汗を拭いながら微笑んだ。 司馬はコクリと頷くと背負っていたリュックをベンチに下ろして、羽織っていたシャツを脱ぎ捨てる。 ここに来るようになってから、色々な事を聞いた。 が十二支高校の野球部に所属していること。 守備位置はセカンドであるということ。 去年は同じ地区の2強に甲子園の出場権を取られてしまったこと。 『本郷ブラックマーズ』のコーチには当時入院中の監督に頼まれてやっていること。 その殆どはが話していたことを司馬は聞いていただけであるが、僅かだが自分のことも話していた。 こんなに人と話したのはどれくらいぶりだろう。 司馬は僅かに口元に笑みを漏らした。 「コーチ!次俺だよ!早く打ってよ〜!」 「あーはいはい、いくぞ!」 そんな姿を横目で見ながら、司馬は運動用のTシャツに袖を通した。 「こら〜野崎!そんなへっぴり腰で守備ができるか!もっと腰を落とせ!次!」 「お願いします!」 「木田!手だけでキャッチしようとするな!全身で追え!次!」 「お願いしまっす!」 「山田〜!ボールから最後まで目を離すな!」 少年たちは必死での打球を追う。 の球は大して速くは無いのだが、わざと彼らの苦手コースを突いているのでなかなか彼らの思い通りにキャッチできない。 司馬は自分のスポーツバッグからグローブを取り出すと、スパイクのつま先で地面をけりながらグラウンドに入った。 「いいか、みんな基礎のフォームを忘れちゃ駄目だぞ。……っと、司馬!」 がバットを肩に担いだ姿勢のままグラウンドに現れた司馬を振り返る。 「……?」 「悪いけど、守備の見本を見せてやってくれないか?俺がノックするから」 コクリと司馬が頷くと、は笑って少年たちを振り返った。 「いいかー、みんなちゃんと司馬のキャッチ見てるんだぞ」 〜♪ Oh oh people of the earth! 'Listen to the warning' the prophet he said For soon the cold of night will fall Summoned by your own hand 〜♪ 2球、3球とのバットから放たれた打球は、まるで吸い込まれるように司馬のグローブに納まってゆく。 勿論打球は少年たちに放たれていたものよりずっと早い、難易度の高いものだ。 しかし、そんなことを物ともせず、総ての打球はまるで魔法のように司馬のグローブにキャッチされた。 少年たちの口から思わず感嘆の声が漏れる。 最後の1球が司馬のグローブに納まると、少年たちはみな憧憬のまなざしで司馬の元へと集まった。 「おーい、お前らちゃんと見てたか?」 が苦笑混じりに少年たちに声をかける。 「見てたよ!司馬の兄ちゃん凄ぇ!」 「どこが凄かった?」 「そりゃ解んないけど、とにかく凄かったんだって!」 「それじゃ意味が無いだろ!」 司馬はそんなと少年たちの会話を眺めて、僅かに口元を緩めた。 * * * * * 「ほら、司馬」 「……?」 不意に右頬に冷たい感触がして、司馬が振り返る。 そこにはスポーツドリンクを両手に持ったの姿があった。 「俺もバイト料貰ってる訳じゃないからバイト料は払ってやれないけど、これぐらいはな」 の言葉に、司馬は一瞬「滅相も無い」と困惑気に眉尻を下げた。 むしろ、毎回押しかけて邪魔しているのは自分の方だとすら思っているのだ。 司馬はスポーツドリンクのボトルを受け取ると、頭を下げた。 「――どうだ?部活の方は。そろそろ夏の大会が始まるころだろ?」 再び司馬が首を縦に振る。 「来週あたりから本戦が始めるくらいだよな。となるとしばらくはここにも来れないなぁ」 司馬はふっと俯いた後、静かに首を縦に振った。 そうなのだ、来週からは本戦。 さすがに今までのように毎週来るわけには行かない。 司馬は今年3年生、引退がかかった試合だ。 何よりも優先するのはやはり部活だろう。 それは誰よりも司馬自身がそう思っている。 しかし……。 先週もその試合の関係でここに来る事ができなかった。 それだけで、なんとなく日常が違う。 「……ん?どうした?なにかあったのか?」 不意に心配げなの瞳が司馬の瞳を覗きこんだ。 司馬は弾かれた様に顔を上げると、勢いよく首を横に振る。 「そっか、何も無いならいいんだけど」 「……」 「実はさ、俺も来週から来られなくなるんだよね」 「……?」 「俺も、来週から地方予選が始まるから」 「……!」 「あ、でも来られない日が続くってことは、お互い試合をがんばってるって証拠になるんだよな?」 「……」 司馬がその言葉に素直に頷く。 「うん、そうだよな。そう考えればがんばれるってもんだ」 そう言ってはきれいな笑顔を見せる。 ――あの夢は正夢だ。 いや、もしかしたら予言だったのかもしれない。 司馬は心底そう思う。 「それじゃあ、お互いの前途を祝して、乾杯!」 はそう言って自分のボトルを司馬のボトルに軽く当てた。 その衝撃でボトルの口元のドリンクが跳ねる。 それは太陽の光にきらきらと輝いて、グラウンドをぬらした。 「秋まで、がんばろうな!」 その言葉がその夏最後の会話になることを、司馬はまだ知る由も無かった。 |
♪“The Prophet's Song” Words and music by Brian May |