Save Me

桜の花びらが舞い落ちる。
十二支高校の入学式の当日空は真っ青に晴れ上がり、まるでそれは新たな入学生を心から迎えているようだった。
校門には式を終えた新入生を待ち構えるように部活への勧誘のビラを持った在校生がいそいそと歩き回り、必死に入学生の獲得にいそしんでいる。
その声はイヤフォン越しにも司馬の耳に飛び込んでくるほどだ。
「ねぇきみ、軽音部入らない?ギターが弾けると女の子にも凄くもてるよ!」
「………」
司馬はそれらの勧誘の手を何とか撒きつつ、目指すグラウンドへと歩を進めていた。
最初から、入る部など決めている。
司馬は野球部に入る為に、担任の反対を押し切りこの十二支高校を受験したのだから。

〜♪ The years of care and loyalty
Were nothing but a sham it seems
The years belie we lived a lie
I love you till I die

学校案内の地図を見比べながら、司馬はグラウンドを目指す。
受験の時にも感じたが、中学の敷地とは広さが違う。
迷いながらも地図通りに歩を進めると、少し奥まった場所にグラウンドはあった。
入学式当日だというのに、部員たちは黙々と練習を重ねている。
ここから見える限りでも、部員数は40を下回らないだろう。
表の校門前の出店に、野球部の勧誘は居なかった。
きっと十二支高校の野球部なら勧誘などしなくても部員が集まるからだろう。
司馬は、ふとその中でも自分の目がを探しているのに気がつく。
ごく自然に、まるで試合中にボールを追うような感覚で彼を探している自分の瞳。
しかし、想い焦がれているその姿はグラウンドには見つからない。
司馬は思わずきつくフェンスを握り締めた。

〜♪ Save me save me save me
I can't face this life alone
Save me save me save me...
I'm naked and I'm far from home
助けてくれ、僕を救ってくれ
僕はたった一人で人生に立ち向かうなんて出来ない
助けてくれ、ああ、僕を救ってくれ
僕にはもう何もない、頼る家もない

歌詞と気持ちがオーバーラップする。
――僕を、救ってください。
カキィィイン!
高校野球特有の金属音が響くたびに、初めてに出会った日を思い出す。
焼け付くような太陽。
まぶしかった日差し。
それらの総てが、あの思い出に繋がっていく。
甘くて、切なくて、痺れる様な、眩暈にも似た痛み。

The slate will soon be clean
I'll erase the memories
To start again with somebody new
Was it all wasted
All that love?...

なぜあの時自分は手を離してしまったのだろう?
なぜあの時もっと話をしなかったのだろう?
なぜあの時もっと話を聞かなかったのだろう?
なぜあの時自分は分かれてしまったのだろう?
いくら責めてみても、過ぎてしまった過去は換えられない。
それでも、司馬はいつもその疑問を頭から切り離すことが出来なかった。

I hang my head and I advertise
A soul for sale or rent
I have no heart I'm cold inside
I have no real intent
Save me save me save me
I can't face this life alone
Save me save me save me...
I'm naked and I'm far from home

ここにくればあの人に会えると思った。
それなのに、あの人はここに居ない。
絶望が、司馬を襲った。

* * * * *

「ふぅ……」
は溜息をつく。
今日は入学式だ。
野球部は出店を出すことは無いが、それでも見学者は数多く集まるだろう。
中々に大変な1日になりそうだった。
――でも、もしかしたら……。
「よう、
不意に声を掛けられて、は思考を中断した。
「あ、監督。どうかしました?」
はスケジュール表から目を上げると羊谷へと視線をやった。
「ホラ、前に言っただろう?入部テスト後の5月に予定してる合宿の話」
「ああ……それがどうかしましたか?」
羊谷は咥えたタバコに火をつけると、手に持っていた2冊のパンフレットを机に放った。
「こんな感じで資料集めてみたんだが、お前の目から見てどっちが妥当だとおもう?」
「俺に決めさせてどうするんですか?そういうのを決めるのが監督の仕事でしょう?」
はそういいながらもパンフレットを手に取り目を通した。
一冊目のパンフレットには何の変哲も無い合宿所と野球施設が掲載されている。
設備も整い、グラウンドも広い、機械的な空間。
きっと全国から高校球児たちが集まる有名キャンプ地だろう。
もう一つのパンフレットにはそれよりも僅かに小規模で立地条件も良くないが、整備の手の行き届いたアットホームな施設と合宿所が掲載されている。
は一瞬、イメージがどこかと重なることに驚いた。
「………」
「ん?どうした?」
「あ、いえ……ちょっと知っているグラウンドに似ていたので……」
決して最新とは言えない設備、広いとも言いがたいグラウンド、しかし手入れの行き届いた明るい雰囲気。
以前通っていた、司馬と知り合ったあのグラウンド……。
は思わずパンフレットを握り締めた。
「……俺は、ここがいいと思います。俺の個人的な意見ですが」
「そうか、やっぱりお前もそう思うか」
羊谷は満足そうに顎を撫でると、パンフレットを取り上げた。
「オレもここの雰囲気は嫌いじゃなくてね。海もあるし温泉もあるから可愛い女子マネの水着姿も……」
「監督……」
「おっと悪ぃ悪ぃ……。」
羊谷はゴホンと一つ咳払いをすると、丸めたパンフレットでの頭を軽く叩いた。
「と、言うわけでだ。オレとお前の意見が一致した所で、お前牛尾と一緒に旅行代理店に予約に行って来てくれ」
「でも監督、今日は見学者が沢山来ますよ?もうすぐ入学式終わるし……」
「あん?そんなもんは残りのヤツにやらせりゃいいだろ。どうせ今年は希望者のうち半分以上は叩き落してやるつもりだからなぁ」
羊谷はそう言って灰皿にタバコを押し付けると、面倒そうに頭を掻きながら部室の扉を開けた。
「と、いうわけでオレは今から可愛い女子マネの希望者を眺めてくるつもりだから、予約の件頼んだぞ」
「か、監督……」
羊谷はじゃあな、と手だけで返すと、そのままグラウンドへ歩いていく。
それとほぼ同時に牛尾が部室へと現れた。
「……君、監督に言われてきたけど、いったい何なんだい?」
「……これ、予約して来いってさ。自分は女子マネの見学」
はパンフレットを牛尾の方へ向ける。
「ハハハ……。まぁ、頼まれてしまったことだし、行こうか?」
「……いのに……」
「ん?」
「あ、いや……なんでもないよ」
――もしかしたら彼が……司馬が来たかも知れないのに……。
は唇を噛むと、パンフレットを持って立ち上がる。
もしかしたら、とは何を根拠に思ったのか?
きっと、自分が思うほど彼は自分を想ってはいない。
彼の実力ならもっと別の高校という手もあるだろう。
――来るわけが無い。
でも、もしかしたら、と想いたい自分がいる。
は牛尾に見られないよう自嘲気に唇を歪ませると、パンフレットを握り締めた。
「いこうぜ、牛尾」


――君はここには来ない。
だって俺には君がここに来る理由が見つからないから。

♪ " Save Me"  Words and music by Brian May

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