GHOST BUSTERS シリーズ 
  NIGHT MAREの誘惑 -01
『S級極秘ファイル――
十二年七月十四日 Dr.A.S研究論文、同ラボより押収――』 
S級国家極秘書類として厳重保管の扱い。 帯厳禁。
 
―抜粋―
……世の中には未知の生物が数多く存在する。それらの多くは古来よりお化け、妖怪、怪物、モンスター、クリーチャー等と呼ばれ、人類はその存在を否定する一方、その伝説を現代まで絶えることなく語り継いできた。我々は彼らを否定しながらも、どこかで彼らの存在を信じてきた。それは彼らが真実存在することを、本当は本能的に解っているからだ。
彼ら……妖怪やモンスター等呼ばれた者達は、普段めったに我々の前にはその姿を現さないとされる。しかし彼ら……BLUE BLOOD(以後BB)と呼ばれた者達の生活は、実は我々と密接に関係しているのだ。彼らは人知れず人間生活の中に溶け込んでいる。共に働き、共に学び、共に戦ったりもする。ただ人は、そのことに気が付かず……あるいは見ない振りをして生きてきているだけなのである。
BBと呼ばれる者たちは、概して優れた特異能力を持つ。彼らはその能力を使い、あらゆる外敵――時にそれは人間であり、同じBBであり、また他の生命体でもある――から身を守ってきた。彼らの能力は彼らの血の誇りであった。
しかし、優れた力を持つものの総てが、その力を善用するとは限らない。人間に犯罪者がいるように、彼らの中にもまたその力を使い悪行を為そうとする者が現れる。
クリーチャーハントとは、そのような輩を制圧するために、彼ら自身によって極秘に作られた警察機構の制度の一つなのである。BB警察機構はは犯罪者に多額の賞金をかけ、クリーチャーハンター(以後CH……俗的には大国の映画から発祥した通り名としてゴーストバスターズとも呼ばれる)はその犯罪書を捕らえるという、ごくシンプルなシステムとなっている。
CHになるのに資格は無いが、その警察機構自身の存在を知ることは難しい。には同じBBの者もいれば、人間――ただし彼らのフィールドは表世界ではない。彼らが暗躍するのは普通の人間の知らない……暗い闇世界である――も、その数は僅かながら存在する。
クリーチャーハンターと呼ばれる者たちの中には、人間でありながら、尚且つ特定の特殊能力を持つ者がいるとされる。その能力は個人によって(種族によって?)異なる。
これはある一つの仮説であるが、彼らはBBの末裔であるのではないかと推測できる。彼らは、生まれながらにして普通の人間よりも高い生命力、運動能力、第六感と呼ばれる者に優れ、世間では超能力と呼ばれている特殊能力を発揮する。これは、その人間の先祖にBBの血を持つ者がおり、時を経て隔世遺伝として現在にその能力が顕れている物と推測ができる。
彼らの生活は……。



十月一日 午後三時

「どこから、こんな情報が漏れたのだ……」
白髪混じりの頭髪を撫でながら、初老の男が口を開く。初老……とはいっても、張りのある声、精彩のある瞳、程よく均整の取れた体格により、かなり若く見えると評判の男である。
実際は外見より十は上ということだろうか。
「どうでしょう……私にも、さっぱり」
彼の秘書は、書類を持った雇用主の手元を眺めやりながら、困惑したように口篭もった。
「ふむ……で、この男の処理はどうした?」
「は、医師よりの『精神異常』との診断により、国立病院の精神病棟で只今療養中です」
「ふん……」
老人は軽く唸ると、自分のあごに手を置いた。かの老人の考え込む時の癖である。秘書は静かにその老人の手元を見据えた。
「まぁ……当面はそんなところでいいだろう。私も色々と大変なんだよ、そうそう問題を起こされてはかなわんのだがなぁ」
「ごもっともです」
「しかし……彼らを敵に回すことは……ある意味米国やヨーロッパを敵に回すことよりも厄介だ。当分その博士とやらを監視して置くように、警備に伝えろ」
「かしこまりました」
老人は椅子から立ち上がると、窓の外をゆっくりと眺めやる。都会のビル軍の中で、ひときわ背の高い建物の最上階にある彼の部屋からは、はるか遠くの山々がうっすらと見渡せた。
「まったく……また彼らに何か言われるんじゃないかと、私はいつも気が気じゃないよ」
老人は優雅に葉巻に火をつけると、一呼吸置いて白く香りの良い息を吐いた。
「ま……なんとかするがね」
老人の視線の先にある遥か遠くの山々には……頂上を覆うように、柔らかな霧がかかっていた……。



十月一〇日 午後一時

トゥルルルル……トゥルルルル……
けたたましい機械音がこざっぱりとした部屋の中にこだましている。必要最低限の家具しか置いていないために、かなり広い部屋の印象を受ける。実際、かなり広いのだが。
トゥルルルル……トゥルルルル……
「はいはいはぁ〜〜い、ちょ〜〜っとだけ待っててねぇ?」
両手でカップ麺の器とマグカップを持った青年が、電話に向かって話し掛ける。
「おわっ!あちっ……」
トゥルルルル……ガチャリ
「はいはいっ!こちら超優秀で超親切!クリーチャーハンターの高岡です!ご用件は何でしょうか?あ、もしかしてご依頼ですか!?」
『……その通り、依頼だよ郁生君』
声の感じからすると、二〇代後半ほどの男だろうか。気品と知性の感じられる、落ち着きある声だ。
「なんだ、桐嶋サンか」
郁生と呼ばれた青年はあからさまにがっくりと肩を落とすと、派手な白髪をかきあげた。
『おや、不服そうだね?』
桐嶋は声に少々笑いを含めながら、おかしげに問う。
「不服だよ! 確かに仕事の依頼を回してくれるのは嬉しいけどサ、ここ最近変な噂が立ってるんだよね」
『……噂? ほう? どんな?』
意にも介さないように、桐嶋は聞く。
「……"CHイクミは危険で難易度の高い依頼しか受け付けない、根っからの喧嘩野郎だ"って噂だよ!」
『はははは!』
「笑い事じゃないよっ! ボクにとっては死活問題なんだぜ?」
『ははははは!いや、すまない。じゃぁつまり君は、私が持ってくる仕事は"危険で難易度が高い"と、言いたいのかい?』
「それだけじゃないよ! そんな噂が立ってから、一般依頼の数が洒落にならないくらい減ってるんだ! そりゃそうだよ、ボクだってそんな危なそうな噂の立つ奴に、仕事なんか依頼したくないからね」
『なるほどね』
「けどさ! ボク自身は全然そんなこと思ってないわけ。むしろ、一般依頼大歓迎なんだよ。危険度の低い、安全な仕事がいいに決まってる!」
『じゃあ、この仕事は断るかい?』
「…………」
郁生は受話器を持ったまま、しばし考え込んだ。……もっとも、答えは決まっているのだが。
「そうは、言ってないよ」
『じゅあ、受けてくれるのかな?』
にっこりとした優雅な笑顔がすぐにでも思い浮かびそうな、桐嶋の声。
「……わかったよ、しょーがない。見るだけ見てみるよ。仕事がなくなっちゃ元も子もないからね」
『たすかるよ』
郁生は本格的に肩を落とすと、盛大なため息をつく。
「こーやって、自分の首を締めてるんだよね……ボク」
『では、ターゲットは後でいつものようにメールで送るよ』
桐嶋はさらりと郁生のため息を聞き流し、事務要項を伝える。
「……ねぇ、桐嶋サン」
『ん? なんだい?』
「仕事を頑張るのはいいけどさ、ほどほどにしとかないといつまでたっても彼女ができないぜ?」
『…………』
「あれ? どうしたのぉ? 桐嶋サン」
『いや……そうだね、ありがとう。でも郁生君……それは君だっていっしょじゃないかい?』
「……!」
『それじゃあ、また後で資料を送るよ』
桐嶋の軽い笑い声と共に電話が切られる。郁生はむっつりと膨れながらちらりと受話器を見つめ、乱暴に充電器に押し付けた。
「……ったく」
郁生はぶつぶつといいながら、どっかりとソファーに腰をおろす。視線の先には先ほどのカップ麺の器。
「……!」
郁生はあわてて時計を見た。通話時間はおよそ15分といったところか。
「ボ……ボクのラーメン……」
郁生はがっくりと頭を落とし、恨めしそうな顔で、時計と、汁を吸って伸び3倍ほどの太さになったラーメンを交互にをにらみつけた。
「あ〜〜〜もぉ〜〜!」



十月十日 午後七時

「……来た来た」
郁生は机に軽く肘をつき、たった今桐島によって送られたばかりのメールを受け取っていた。実に桐島らしい、簡潔で的を絞った文章。
『今回のターゲット……名前:ティエフ・レッドフォード 種族:ナイトメア 特殊能力:不明(生存帰還者の記憶喪失により不明 ランク:特A 賞金:1億3千万円……)
「ナ……ナイトメアだってぇ?」
郁生はリストをダウンロードする手を止め、すっとんきょうな声を上げた。しかも、賞金ランクは特A、賞金額が1億を超えている大捕り物だ。CHならば一度は名前を聞いたことがある筈の人物だ。郁生は画面を睨み付けると、軽く唸る。
「うう……そりゃこんな仕事ばっかりやってたら、あんな噂も立つよなぁ……」
郁生は顔にありありと苦笑浮かべると、盛大なため息をついた。
「それにしても……だ、特殊能力が不明ってのはどういうことだ?」
郁生は首をひねる。
「ナイトメアって言ったら……夢魔だろ?」
夢魔……人の夢の中に入り込み、生気を吸う魔女として、主にヨーロッパの伝説として残されている。辞書を引けば、「悪夢」という意味も出ているだろう。……そのナイトメアの特殊能力?
「まさか、単純に悪い夢を見せるってだけじゃないだろ……?」
しかも『生存帰還者の記憶喪失』……とは。
「う〜〜。駄目だ、解んないや」
郁生は降参、とばかりにがっくりと頭を垂れると、心からのため息をついた。
「あ〜〜もう、だから桐島さんの持ってくる仕事は嫌いなんだ……」
しかし、いくらふて腐れていても仕方が無い。仕事は仕事だ。プロ意識はあるつもりだ。
「……でもなぁ……ここでやめて、『CHイクミは度胸なし』なんて言われるのも癪なんだよなぁ……。う〜〜ん」
郁生はしばし眉根を寄せて考え込む。
「はぁ……しかたねーな、あいつに頼むしかないか」
郁生はしぶしぶ立ち上がると、棚の上の電話を取り上げ、もう何も見なくても覚えてしまった番号を軽やかな手つきで押した。
『……はい、もしもし相馬です』
5コールの後しばらくたって、電話の主は声を出した。
「あ、もしもし、翼? ボク、郁生」
『……間違いです』
「あっ! ちょっとまてよ! 間違いなわけないだろ! 今自分で相馬って言ったじゃないか!」
『……相馬って名前くらい他にもたくさんいるでしょ、じゃあね』
すぐにでも切ろうとする翼に、郁生は慌てて言葉をかける。
「何言ってるんだよ! これでもボクは客だぞ!」
『……そういう言い訳したいんなら、ちゃんと仕事用の番号にかけてよね』
「う……だって、仕事用のお前の電話、繋がらないんだもん」
『そうだよ、それだけボクに仕事を依頼する人が多いってこと、忘れてるわけじゃないよね?』
翼の容赦の無い言葉に、一瞬郁生は怯みかける。そうなのだ、電話の主である相馬翼は裏世界では有名な情報屋なのだ。彼の情報を頼みにしているCHは多い。
「そ、そうだけどさ……なぁ、頼むよ! 今回マジで大変なんだってば!」
郁生は食い下がる。
「翼クンレベルの情報屋……いや、翼クンでないと手におえないんだよ」
『……今度は誉め殺し?』
「誉め殺しなんて、そんな! オレは本当のことを言ったまでだよー!」
『また……今回の依頼主も桐島さんなわけ?』
「そう」
『……ねぇ、キミ知ってる? 今この世界でなんて呼ばれてるか』
「あああ、知ってる。知ってるから言わないでくれ!あんまり考えたくないんだ」
『へぇ、なんだ、知ってるのか。つまらない』
ちっともつまらなくはなさそうに、翼は答える。
「あ〜〜もう、そんなことはいいじゃん! ね、情報お願い!」
『……わかったよ。その代わり情報料一五〇〇万、特急料金割増一〇〇〇万の二五〇〇万ね。それ以上はまけないよ』
「え――……と、成功報酬で……」
『駄目。前払い一括のみ』
「いやぁ、実はさ……この間計器壊しちゃってさぁ〜〜! 前回の仕事料ほとんどそれに消え……」
『あ、そ。じゃ、自分で調べたら?』
「あ〜〜、分かったよ! あした口座に振り込んどくよっ!」
『交渉成立だね。まいどどうも』
郁生は苦虫を噛み潰したような顔で、口をつぐむ。
『それじゃ、がんばってね! ……"命知らずのイクミ"クン』
「……!」
郁生の耳には、通話終了を告げる音だけがむなしく響いた。
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