GHOST BUSTERS シリーズ 
  NIGHT MAREの誘惑 -02

十月十三日 午後一一時

「……本当にこんなトコにいるのか……?」
郁生はジャケットの前をかき合せ、双眼鏡を覗きながらぽそりと呟く。翼の情報によると、彼ら……ナイトメアの一団は、ここの工場にいるはずだ。翼の情報に間違いはないから、ここでよいはずなのだが……。
「う……なんか、嫌だなぁ……ココ」
薄暗い夜の帳の中、ひっそりと目の前に立ちはだかる廃工場。辺りにはマネキンの体の一部や、頭などが散乱している。薄闇の中人間心理も加わって、それらの人形の一体一体が自分を見据えている気すらしてくる。そして……それを取り巻く正真正銘の淀んだ空気。ここは悪意に満ち溢れている。
「ターゲットはナイトメア……」
郁生は翼によって手に入れた情報を、確認するかの様に呟く。
「名前は……ティエフ・レッドフォード……」
口の中でそう呟きながら、郁生は足を踏み出す。そうして、ゆっくりと歩を進めていった。
「……よっ……と!」
郁生は崩れかけた壁を軽やかに乗り越え、廃工場へと近づいてゆく。近づけば近づくほど、辺りに立ち込める空気には、更に悪意が溢れてきた。
「……やっぱり、結界が張ってあるなぁ。ま……当然だろうけどサ」
郁生は目前の廃工場を一瞥すると、自らの気配を断ち、手を工場の前にかざす。
「それじゃ……ミッション開始といきますか……!」
ピリピリと肌で痛いと感じられそうなほどに、空気が張り詰める。
「……いくぜ」
郁生は宙にかざした手で指を軽く鳴らした。
――瞬間、郁生の右手にバスケットボール大の青白い炎の塊が踊る。
パチッパチパチッ……!
炎と磁界が反発しあう音が聞こえる。郁生は手に炎を宿したまま、更に結界へと一歩近づく。
「……この辺り……でいいかな」
言うが早いか、郁生はその結界に向かって容赦なく右手の拳を叩きつける。
パシ……ン……ッ!
聞きなれない破裂音と共に、目の前の景色がグニャリと曲がる。一瞬、体が宙に浮く感覚、そして頭の中をキーン響く金切り音のような耳鳴り。
「痛ってー! ……やっぱり、空間捻じ曲げタイプの結界だったか」
耳から手を離しながら、郁生は再び目の前の廃工場を見上げる。姿形こそは何も変わっていないが、今までとは、はっきりと存在感が違う。これは先ほどまでのまやかしではない。……ナイトメアは、ここに、いる。郁生は確信した。


「うわっ!」
いきなり、宙からマネキンの頭が降ってくるのを必死で避けながら、郁生は工場の中を走り回っていた。もう何時間暗闇からの奇襲と戦ってきたことか。
「……ったく……っ、いくつ…罠をしかけりゃ気が済……おあっ!」
暗闇から、ワイヤーでつるされたマネキンのボディが、勢い良く突進してくる。郁生は慌てて横っ飛びに転がり、とっさにそれをかわす。マネキン自体の強度はそれほどでもない。しかし、問題なのはそれを影に現れる敵手の方だ。一瞬でも気を抜けば、相手の気配を辿れなくなる。そうなれば……相手の動きを読むことは不可能となり、結果ダメージを受けることになってしまう。
「……思ったより、厄介だな」
――しかし、どこかに感じる……違和感。 ここでは「何か」が違う。
「……とはいっても、その違和感の正体が掴めなきゃどうしようもないんだよなぁ」
郁生はぶつぶつと文句を言いながら、薄暗い工場内を駆け抜ける。所々に横倒しになったカートが打ち捨てられ、足をとられそうになるのを必死でよけながら、注意深く周りを見渡した。
「う――ん……」
郁生は一瞬瞬きをすると、急に足を緩めた。
「……んん〜〜?……あ――もしかし……」
ヒュッ!
「――死ねっ!」
「おわわっ……!」
突然降って湧いた気配に郁生はコンマ5秒の速さで反応し、振り返りざまに蹴りをくりだす。
「ぐはっ……!」
郁生に蹴り飛ばされた相手は、宙を飛び暗闇の中へ投げ出される。
「うわー、あっぶねぇなぁ……人が考え事をしてる時に襲ってくるとは、情けも容赦も無いのかよぉ」
敵なのだからそんなものを持ち合わせているわけも無いが、郁生はそう文句をいうと、はぁ、と盛大なため息をつく。
「……ってああ!」
一瞬の後、郁生はこの世の不幸を総て背負ったかのような大層な表情で頭を抱えると、唇をかみ締めながらうめいた。
「せっかく……何か閃きそうだったのに、忘れちゃったじゃないか……!」


そんなやり取りがあってからかれこれすでに数十分。
郁生は相変わらず工場の中を走っていた。
「…………」
いいかげん、おかしい。外から見た工場はこんなに広くは無かったはずだ。いくら郁生がこの工場内のことに無知で、更に暗闇だからといって数時間も迷っているはずは無い。
「……そこまでは解るんだけど……」
ブルーブラッドの力で、無限ループを作る為にはやはり結界が必要になる。だが、結界は、数時間前自分がこの手で壊しているのだ。そう、壊した手ごたえも、ちゃんと覚えている。
――では、これは何だ?
まるで、結界が続いているようではないか?
それから、敵の数。今まで郁生は数え切れないほどの敵を倒してきた。大抵の敵には当身を食らわせているから、しばらくの間は起き上がれないはずだ。なのに敵は飽きもせず次々と現れる。この状態はどこかで体験したことがある感じに似ていなくは無いか……?
「似てるって言えば……そうだよな、まるでアクションゲームの無限ループに入り込んだみたいに……敵は必ず同じところから、同じように現れ……る……?」
でも結界は……。
ヒュ……!
「死ねぇ!」
マネキンの横から影が踊り出る。郁生は身を翻すと振り向きざまに掌底を叩き込む。
「ぐふっ……!」
相手は、宙を飛び暗闇の中へ投げ出される。
「……!? 今のは!」
闇の中に飛ばされた瞬間、気配がかき消えたのだ。
「――ああ……思い出した……なぁるhごど、そういうことネ」
郁生は苦笑を浮かべると、すばやくゴーグルをはめた。
「じゃ……やることは決まったかな」
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