THE DARK HALF −Side M
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RAIN |
「しかし、心外だな。骸ならもっと早く気がついてくれると思ったぜ」 「クフフ……それは済みませんでした」 ちっとも済まなさそうにそう言って骸が笑う。 感情の読めない仮面じみた表情はちっとも変わっていない。 「しかし、それならそれでもっと判りやすくしてくれなければ困りますね」 冗談とも本気とも取れないような言い方で骸はそう言った。 「それじゃオレの面が割れるだろ」 唯でさえオレは人の目を引く容姿をしている。 「確かに。君は目立ちすぎます……ところで」 不意に真剣な目で骸の視線がオレに突き刺さる。 その口角は上がっているが、目が笑っていない。 「何だ」 「約束、と言っていましたが……本気ですか?」 「その事か」 オレは膝の上に肘を乗せて窓の外を眺める。 しとしとと、雨が降り始めていた。 「思い出せよ。それを最初に言い出したのはオレの方だぜ」 「……そう、でしたね」 「自由になって、何がしたいんです?」 そう言って、鉄格子をはめられた四角い空を見上げながら、骸はオレに質した。 抜けるような青空が四角く切り取られている。 施設に軟禁されているオレたちにとって、空とはそういう物だった。 「そうだな、したいことは沢山あるけど……一番はマフィアの世界をぶっ壊す事だな」 「マフィアを……ですか?」 「ああ」 オレは窓にはめ込まれた鉄格子を握り締める。 鉄の冷たさがじんわりと指先に伝った。 「マフィアなんざクソ食らえ、さ」 オレは吐き捨てるようにそう言った。 「それは……今、こういう目に遭っているからですか?」 鎖で繋がれ、大人たちの道具のように使われる。 確かにそれは不快極まりない事だ。 それで落とした命も幾つあるだろうか。 しかし……。 「この前に言っただろ、世の中は矛盾に満ちているってさ」 「ええ」 骸が頷く。 「その根源がこの……マフィアの世界に根を張って、どこまでも通じてるからさ」 悪はどこにでもある。 しかし、その根は深く、世界中にはびこり、それはこのマフィアの世界を通じて伸びているのだ。 政治、行政、企業、軍……総ての悪がこの世界で絡んでいる。 そういった物から総て開放されて、自由になる。 それがオレの目的だった。 「――奇遇、ですね」 ぽつりと口を噤んでいた骸がそう漏らす。 「僕も……そうしたいと考えていますよ」 「そりゃ奇遇だ」 オレは頬杖を付いて骸の瞳を見つめた。 「じゃあ、約束しようぜ。オレ達は……この世界をぶっ潰して必ず自由になるってさ」 「クフフ……面白そうですね、いいでしょう。約束です」 「ただな……一つだけ訂正しなくちゃいけない事がある」 オレは思考を現実へと引き戻すと、骸の顔を見つめた。 「それは何です?」 「オレはマフィアってのは諸悪の元凶だと思ってた。けど、そうじゃないんだ」 世界にはびこる悪の巣窟。 しかし、元凶はここではない。 「では、何だと?」 「悪の温床。培地ではあるが、種は別にある。元凶は人の心さ。多分、マフィアの世界がなくなっても、こいつがある限り矛盾は消えやしない」 ただ、潰すだけではない。 世の中の価値観を大きく変える――そんな作業が必要なのだ。 「だから……やり方を変えるのさ」 曇ったガラスに雨が伝う。 とめどなく降りしきる雨の音が耳障りでもあり、妙に懐かしくもある。 総てを洗い流してくれる雨。 しかし、オレは雨の冷たさをも知っている。 『逃げろ、!いいか、絶対に捕まるなよ……!』 『嫌だ……も一緒に行くんだ!』 『いいから行け……!』 オレはを脇道に突き飛ばし、そのまま泥道を走る。 の声にも振り返らず、ただ泥の中を駆け抜けた。 どれだけ走ったかもわからない。 『やっと見つけたぞ、クソ餓鬼……手間取らせやがって!』 『……』 足がもつれて逃げる事も儘ならない。 オレは声のした方をゆっくりと振り返った。 『おい、もう一人のガキはどうした?!』 『知るかよ』 オレは自分の目論見がうまくいった事に安堵を覚えた。 『今頃は警察に駆け込んでるかもな』 出来る限り、平静を装った声を出す。 『ふん……生意気な事を言うガキだが、アンヨが震えてるぜ』 男は余裕を取り戻したのか、ニヤついた笑いを浮かべる。 『もう一人の方はお前をとっ捕まえた後、じっくり探してやるよ……』 じりじりと男が近づく。 『……させるかよ』 オレは咄嗟に1時間ほど前に奪ったばかりの銃を構えた。 『ガキの玩具にしちゃ、物騒だな』 僅かな動揺が見られただけで、男はすぐに冷静さを取り戻す。 『近寄るな』 心臓が脈打っている。 じり、と手が汗ばんだ。 『やけどしないうちに手を放しな』 男の手がオレに伸びた瞬間、オレの指は引き金を引く。 躊躇いはなかった。 苦悶に満ちた男の表情を視界に捉えたと同時に物凄い衝撃がオレを襲い、オレは地面に投げ出された。 指先がしびれたように動かない。 視線を男に向けると男の胸からはあふれる様に血が滲み出ていく。 自分の心臓の鼓動と、荒い息だけしか聞こえない。 『……!』 不意に、聞きなれた声が聞こえた。 『大丈夫か!……は?!』 『逃がした……』 『そうか……』 安堵の吐息が聞こえた瞬間、オレは緊張の糸が切れたように自分の意識を手放した。 「キミは雨の日はいつもそのような顔をしていますね」 「骸か」 「ええ。千種が目覚めたので、一応紹介しておこうと思って」 そう言うと骸は不機嫌そうな柿本千種の背を押した。 「めんどい……」 「そう言うなよ、長い付き合いになるんだぜ」 「……」 千種はそう言うと、あからさまに嫌そうな顔をオレに向けた後、骸へと向き直った。 「骸様、彼とは契約を?」 「いいえ。していませんよ」 クスクスと笑いながら骸はオレを見る。 「今後もしないのですか?」 「そうですね……したいところですが、すれば痛い目を見そうですしね。そうでしょう?」 「そうだな。なんせ自分でさえなかなかコントロールの聞かない身体だ。お勧めは出来ないぜ」 オレが肩をすくめてそう言うと、千種はその眉を顰めたまま視線を外した。 「骸様が契約しなくてもいいと仰るなら、構いません」 「ははっ嫌われたもんだね」 オレはそういって笑うとソファの背へと身を沈めた。 「彼はもともとこんな感じですよ」 気に留めた様子もなく、骸が正面に腰を下ろした。 「さて。で、まずはどうするつもりなんです?いい加減考えを聞かせてもらいましょうか」 「そうだな……」 オレはそう言うと胸ポケットを探る。 「まずはこいつを確保する」 そういってオレは一枚の写真を放った。 「これは……ランキングフゥ太ですね」 「こいつのランキングで近い将来の有望マフィアファミリーの筆頭はボンゴレファミリーだ」 その次にキャバッローネ、ジェッソと続く。 キャバッローネは世代交代を終えたばかりであり、また当代のディーノも有能でターゲットには向かない。 ジェッソに関して言えば、今現在の時点では規模が小さすぎる。 これもこの計画には不向きと言えた。 その中で特に警戒が薄いのがボンゴレ10代目候補だ。 まだ若いため当代ほど警護も多くなく、しかも経験も浅い。 加えて9代目は既に高齢となり、世代交代も近いと言われている。 この計画には最も適したターゲットと言える。 「その、ボンゴレをどうするんです?」 骸はその端正な相貌に笑みを浮かべたままそう聞いた。 「乗っ取るんだ……契約してな」 「ほう……」 「組織ってのはな、外からの攻撃には強くても、中からの攻撃には以外と弱いもんなんだぜ」 しとしとと降る雨に視線を這わせる。 「けど、その10代目ってのがまだ外に面が割れてなくてな。オレの情報にも引っかかってこない」 「ほう」 「日本にいるのは間違いないけどな。だからまずフゥ太を使ってボンゴレの詳細を探る必要がある」 千種が僅かに身じろぎして、眼鏡を上げた。 異存はないようだ。 「まずはボンゴレを使ってマフィアを壊滅させる。それが第一段階だ……」 そこから、オレの計画がようやく始まる……。 オレは沸きあがる血を押さえるかのように静かに深く息を吸い込んだ。 |
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