A man who was called Xanxus. |
「う”お”ぉ”ぉ”い!お前、どこに行くつもりだ!」 背後から突如かけられた声に、は優雅に振り返ると声の主に視線をやった。 肩ほどの金髪を颯爽と揺らしながら、一人の男が乱暴な足音をさせて近づいてくる。 スクアーロと言う名前だったな、とは瞬時に記憶を導き出した。 「それをお前に言う必要はねぇと思うけどな」 抑揚も温度もない声音ではスクアーロの視線を面倒くさそうにかわす。 「無いわけねぇだろうが!てめぇはボスに忠誠を誓ったんだろう!」 スクアーロはズカズカとに近づくと、その胸倉をつかみ上げた。 ザンザスほどまでは行かないまでも長身のスクアーロに掴み上げられ、華奢なは半ば宙吊りのような形になっている。 しかし、それでも唯不快気にその端正な眉を寄せたのみで、の顔色は変わらなかった。 「チッ……バカ言うな。何度も言うが、オレはザンザスに忠誠を誓ってるんじゃねぇんだよ」 そういうと、はスクアーロの手首を軽くいなしてその呪縛から逃れた。 「いい加減覚えやがれ、阿呆」 「う”お”ぉ”ぉ”い!何だとぉ!?」 カッとスクアーロの鋭利な眼が見開かれる。 「無い頭絞ってしっかり覚えとけよって言ったんだよ」 そう言ったの瞳にも静かな炎がともる。 お互いの殺気が冷気のように二人を包み、今にもはちきれんばかりにまとわり付いた。 「丁度いいぜぇぇ!お前を倒してまた一つ技を見切ってやるかぁ……!」 「ふん……出来るもんならしてみろよ……」 ピリピリと空気が痛い、そんな熱を感じるほどの殺気が互いの肌を刺激する。 ふわり、と一瞬二人の頬を撫で上げた風を合図に、二人の殺気が最大限にまで高まった。 ごう、という熱気と共に互いの筋肉が緊張した瞬間、背後から別の冷たい冷気のような殺気が二人を襲った。 ゾクリ、と背中に電流が走るかのような強烈な痺れに、思わず二人は瞬時に半歩互いの距離をとって身構えた。 「やめねぇか、バカが!」 低く響くバリトンが劈くようなうなり声を上げる。 二人の身体を包む殺気はその一言で嘘のようにかき消されていた。 「ザンザス」 「ボス……かぁ……」 ギロリ、とザンザスはスクアーロを睨みつける。 「このカスが、テメェこんな所でなに油売ってやがる」 「こいつが妙な動きしてやがったから尻尾を押さえてやろうとしてたんだぜぇ……」 「そりゃ、オレの命令よりも大事な事だって言うつもりか、カス……!」 「いや……」 スクアーロは思わず小さく舌打ちをすると、踵を返した。 「……例のターゲットを殺ってくるぜぇ」 「最初からそうしてろ、アホが」 ザンザスの言葉にスクアーロは再び舌打ちすると、その挑発的に燃えた瞳を平然とそこに佇むに突き刺す。 「う”お”ぉ”ぉ”い!貴様ぁいつかこの手で斬りきざんでやるぜぇ!」 「……できるもんならしてみろよ」 二人の視線が冷たい熱を発したように絡まる。 「さっさと行け、殺されてぇのか」 ザンザスの言葉に、スクアーロは再び高い靴音を響かせながら歩み去った。 ゆっくりと傾きかけた陽が廊下を歩み去るスクアーロに降りかかり、長い影を落としている。 その影を見送りながら、ザンザスは視線だけでを捕らえた。 「おい……お前なんであんなカスなんかを相手にしてんだ」 「売られた喧嘩を買っただけさ」 「何をしようとしてた?」 「さぁ。おれの個人的な事をさ」 そういうと、、はその端正な口角を吊り上げた。 「それはお前にだって言うつもりはないね」 「フン……てめぇは本当にいけ好かないヤツだ」 ザンザスはそれでもどこか楽しげに口元を緩ませた。 「けど、そこが良いんだろう。退屈しねぇしな」 「ああ、しねぇな」 そう言うと、ザンザスは傍目にも解るほど唇を大きく吊り上げて、ニヤリと笑った。 「まあ――今は好きにさせておいてやるさ。いずれはお前はオレの物になるんだ。遅かれ早かれ、な」 は歴代ボンゴレの資料の詰まった別棟の巨大な書庫に居た。 湿気や温度管理の為、陽の光も殆ど届かないような埃っぽい地下の書庫はきちんと整理されてはいるものの、どこか雑然とした感じを思わせる。 それは代々の歴史的価値のある資料がほぼ大きさも材質もその年代のままの形で保存されている事もあるし、なによりこの途方も無い貯蔵量によるものが大きい。 そんなところに、はここ一週間ほど毎日のように篭っていた。 きっかけはほんのちいさな偶然だった。 久々に本部に戻った門外顧問のイエミツが発したたった一言に奇妙な違和感を感じたからだ。 「しかし、それではブラッド・オブ・ボンゴレが――」 1週間ほど前、イエミツは確かにそう言っていた。 『ブラッド・オブ・ボンゴレ』 素直に考えればボンゴレの血筋、ということになる。 今で言うなら、9代目の唯一人の直系であるザンザスが一番近いところにあるはずだった。 その他にも8代目の傍系や、7代目の傍系など居るにはいるが9代目の直系がそれに劣るとも思えない。 まして、ザンザスは資質、実力共に抜群に恵まれているのだ。 9代目の直系とはいえ無能では仕方が無いが、能力としてもザンザスは申し分ない。 とてザンザス本人にははぐらかしこそすれ、その継承には否といえる要素が無いとも思っているのだ。 しかし、なぜか引っかかる。 イエミツのあの声。 ボンゴレの血。 次の瞬間、の明晰な頭脳は最も冷酷な可能性をはじき出していた。 ――ザンザスはブラッド・オブ・ボンゴレを継いでいない。 まさか、とも思った。 確かに穏健派の9代目とは異なる性質を持ってはいる。 しかし、ブラッド・オブ・ボンゴレ特有である死ぬ気の炎、知性、能力、これらはどれをとっても9代目に見劣りしないものを持っている。 嫌な予感がした。 はそれからというもの、来る日も書庫に篭り、資料を読み漁っていた。 そして、ついに見つけてしまったのである。 9代目のサブだった男の極秘手記。 それは頑丈に偽装され、施錠され、隠されて仕舞われていた。 は慎重にその施錠を解くと、静かにページを捲った。 「これは――」 ページを追う毎に、の白い肌がさらに青白くなっていく。 「ザンザスが――養子……?」 は、指先が冷たく感覚がなくなっていくのを感じた。 文字を追う指が震える。 「11月20日……冷え込んだ朝、スラムの女が一人の少年を連れて9代目の前に現れる。その少年は指先から死ぬ気の炎を出して見せ、9代目は大層喜んだ……」 しん、と静まり返った冷たい書庫にページを捲る音だけが大きく響く。 「女はその少年を自分と9代目の息子だといった。しかし、少年の生まれた当時の9代目は大変愛された奥様を亡くしたばかりであり、大層お嘆きになっていたためその他の女性との付き合いは皆無だった。したがって、これは女の狂言であることは間違いない……」 苦悩に満ちた文章が綴られている。 「しかし、奥様との間にご子息がいなかった9代目は大層に少年を気に入り、その少年を自分の息子として育てる決意をなされた。万が一に備え、私は9代目にも極秘にその少年と9代目のDNA鑑定をした。結果は『血縁関係ナシ』であった。ご自分自身がそれを一番判って射た9代目は少年を自分の養子として迎え入れる決意をした……」 ひんやりと冷気がの背を撫で上げる。 吐き気がこみ上げた。 未だかつて、これほど大きな偽装があっただろうか。 ボンゴレ頭目の継承にはブラッド・オブ・ボンゴレは必須である。 これが事実であるとすれば、ザンザスは10代目を継承する視覚が無くなってしまうことになるのだ。 今やザンザスは10代目継承の筆頭候補だ。 多くの幹部もそれに賛同しているし、9代目もそれを望んでいると思っていた。 自分のレールは決められていると、そう思っていたのだ。 「オイ……お前何ぼんやりしてやがる」 「あぁ……」 不意にザンザスの声で、は意識を現実に引き戻された。 「気の抜けたツラしやがって」 「いや……なんでもねぇ」 は軽く頭を振ると、真横にあるザンザスの端正な横顔を見つめた。 野心と自信に満ちた、強い面持ち。 このザンザスという男は、真実を知ったらどうなってしまうのだろう。 はそれでも無表情のまま、ただザンザスを見つめた。 ねっとりと視線が絡まる。 「クッ……挑発してやがるのか」 ザンザスはそう言って唇の端を吊り上げると、の襟元をつかみ上げその唇を自らのそれで塞いだ。 荒々しく揺さぶって唇をこじ開け、舌が侵入する。 ゾクリ、と快感の電流がの背を這った。 息をつくまもなくザンザスの舌は歯列を這い回り、の舌を絡め取る。 「んう……っ」 体が火照るのを、は感じた。 不意に唇が離される。 僅かながらも物足りなさを感じている自分に、は思わず荒い息を吐いた。 「フン……続きはお前を手に入れてからだ」 ザンザスはそういって笑うと、乱暴にの口元を拭った。 ふと、この男に続きがあるのだろうか、とは思う。 「ああ……」 しかし、その唇は希望を紡いだ。 「お前がオレを手に入れたら……なんでもしてやるよ」 その言葉は僅かな希望を抱いて闇に溶けた。 なんか最近「夢枕獏」に影響されている文章になってきたなぁ。 |
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