Blue plot |
薄く開いた窓から風がそよいでいる。 さわさわと揺れる木の影がタイルに優しげな模様を描き出し、部屋を彩っていた。 ふわり、と柔らかな風がの艶やかな白金色の髪を揺らす。 ぼんやりとは窓の外を眺めていた。 「久しぶりだね、君がそんなに退屈そうにしているのは」 「9代目……」 は窓辺についていた肘を離し、9代目を振り仰いだ。 「君が自ら私の部屋に来る、ということはよっぽどの話があるということかな」 温厚で慈愛に満ちた視線がを包む。 懐かしい感覚だ、とは思った。 が生まれてすぐ、とある抗争によって両親を失って以来自分を引き取って育ててくれたのもこの9代目だ。 は親の顔は知らない。 しかし、それはさほど大きな問題ではなかった。 そう思えるようになったのも、この9代目のお陰なのだろうとは思う。 「思えば君はいつも退屈と戦っていたね。君は君が満足する相手をずっと見つけられずにいたようだ」 「……」 その通りだった。 はずっと孤独と戦っていた。 「しかし、君がザンザスと居るようになってから、少しだけ退屈から開放されているように見えたよ。そして、それはザンザスも同じだ」 そういうと、9代目は窓の外の揺れる木漏れ日に視線を投げた。 「そう、かもしれません」 は同意を示すように軽く頷いた。 「君たちは――他の人に無い、抜きん出た才能に恵まれている。それゆえに感じる退屈、孤独は計り知れないだろう。そういった才能は、同じ力を持つ二人で切磋琢磨することによってのみ伸びていくものだ」 さわり、と木々が揺れ、木の葉が一枚窓辺に舞い落ちた。 「長い間、退屈や孤独は続いてしまえば、人は世界に絶望し信じる心を奪われてしまう」 「……」 「私は昔から、君にザンザスの親友になって欲しいと思っていたのだよ」 「ザンザスの?」 「そうだ。君ならザンザスの退屈を理解できると思ったからね」 そういうと9代目はふわりと微笑み、優しげにの頭を撫でた。 「本当に――大きくなったね。初めて会った時、君はまだ言葉も儘なら無かったが、それでもとても理知的な瞳をしていた。君は覚えていないかもしれないが、その時ザンザスは君をとても気に入って色々なところに連れまわしていたこともあるのだよ」 9代目は遠い眼差しでを眺めた。 「君が主任補佐の訓練を受けると決まった時、私が真っ先に反対した理由はそこだったのだよ。君には……ずっとザンザスの側にいてもらいたかった」 いてもらいたかった……その過去形に心臓を貫かれたような痛みが走った。 「オレはサブなんだから……ザンザスが10代目に就任すれば、死ぬまで彼を守りますよ」 そうであって欲しい、そんな思いから発せられた言葉。 9代目はいっそ痛々しいほど優しい瞳で首を横に振った。 「それが出来ないのは……本当は君が一番わかっているんじゃないのかい」 「それは……」 9代目の言葉に、は思わず飛び出しそうになった言葉を飲み下し、口を噤んだ。 「まだ、先のことは解らない」 「ああ、そうだね」 ここに来て、9代目を問い詰めて、自分はいったい何を知りたかったのだろうと、は深く後悔した。 そして、それを確認してしまったら、いったい自分はどういう道を選ぶというのか。 「少し……頭を冷やしてきます」 は9代目の視線を逃れるように立ち上がった。 「……息子を――ザンザスを頼む」 9代目のまるで独り言のような切ない呟きに、は視線だけで頷いた。 「う”お”ぉ”ぉ”い!待ってたぜぇ……!」 不意に廊下に響いた声に、思わずは舌打ちをした。 9代目との会話に心を奪われて、気を抜いていた為にスクアーロの気配に気が付かなかったのだ。 「中で何を話してたんだ!」 「何の話をしてようと、お前に話す義理はねぇって言ってるだろ、阿呆」 「阿呆だとぉ!切り刻んでやろうかぁ……!!」 「うるせぇよ。今はそんな気分じゃない、失せな」 がイラついたようにスクアーロの傍をすり抜けようとしたとたん、不意に別の手が伸び彼の腕をつかんだ。 「悪いけど言い争ってアンタの言い分聞いてる暇はないのよ」 「知るか」 は忌々しげにルッスーリアの瞳をにらみつけた。 瞬間、そのサングラス越しの瞳の色に極度の焦りと緊張が浮かんでいるのを感じ、思わず足を止める。 「緊急事態よ。ボスがどこにもいないの」 「ザンザスが……?」 「忌々しいが、貴様ならどこにいるか知ってるんじゃねぇかぁ?!」 つかみかかるようなスクアーロの腕を跳ね除けながらは口を開く。 「ザンザスが一人で行動するのは今に始まった事じゃないだろう」 「いつもと同じならね。でも違うのよ……」 「何が」 「部屋が一つ丸ごと消し飛んだぞぉ……」 「……なに?」 の眉が跳ね上がる。 「ボスの執務室が、丸ごと消し炭になってたのよ……死ぬ気の炎でね」 「それ以来行方不明だぜぇ」 ドクン、との心臓が高鳴った。 背中からサァと血の引く冷たい感じがわかる。 「だから、心当たりを教えて頂戴!」 ルッスーリアの声が遠く感じる。 「……っあのバカ」 次の瞬間には、はルッスーリアの腕を振り切り、走り出していた。 「あっちょっと……っ!」 周りの音などもう何も聞こえない。 はただ一つの場所を目指して飛ぶようにかけた。 心臓が張り裂けそうに脈打つ。 たどり着いたのはボンゴレ本部の最奥に位置する頭目執務室だった。 「っ……ザンザス!!」 は一秒でも惜しいといった様子で、古めかしく重い樹の扉をまるで殴りつけるような勢いで押し開ける。 「何か用か、カス……」 魂まで凍えそうなザンザスの声が、執務室に響いた。 質のいいデスクには書類が散乱している。 ザンザスは革張りのソファーに深く身を沈め、ウイスキーを瓶のまま煽っていた。 その瞳は、見たものを凍らせてしまうような冷たい威圧感に満ちている。 「ザンザス、お前……」 「こんな所まで何の用だ、10代目サブさんよぉ」 「お前、まさか、アレを……」 そこまで言うと、はその形の良い唇を引き結んだ。 「やっぱ、知ってやがったか……」 酷く緩慢な、しかし有無を言わさぬ調子でザンザスの手がに伸びる。 と、不意に凄い勢いでザンザスはの髪を掴み、乱暴に引き寄せた。 「……っ!」 「もう、オレには用はねぇだろう、カス!何しにきやがった、オレを笑いに来たか?!」 「違う……っ」 「じゃあなんだって言うんだ、あぁ?今更俺に付いたって、意味ねぇだろうがよぉ」 「違う、ザンザス!聞け!」 「うるせぇ!!!」 獣の咆哮のような声が部屋中に響き渡り、窓を振るわせる。 ザンザスは荒い息と共に、を思い切り壁に突き飛ばした。 「……っ!」 石造りの壁に、強かに打ちつけられた背が悲鳴を上げる。 「……消えろ」 「ザン……ザス……っ」 の口内に、じわりと鉄の味が広がる。 「いいから失せろ……!」 絶望。 ザンザスの瞳に浮かんでいたのは、海よりも深い絶望と、そして冷たい怒りだった。 の唇が何かを言いかけ、しかし何も言えずに閉じられる。 わずかな逡巡の後、は片手を付いて立ち上がると、無言で執務室を出た。 背後からは、瓶の割れる乾いた音が響く。 ザンザスは知ってしまった、自分の生い立ちを。 誰よりも10代目の座を望み、誰よりもその座に近いところにいた男は、たった一枚の紙切れひとつによって、その夢を断たれるようとしていた。 裏切り。 それは父であった9代目への信用というものだけでなく、その思いは今やこの世界全てに及んでいた。 は強かに唇をかむ。 時は、動き出してしまった。 自分の道は二つに一つ。 もう、迷っている暇はない。 は、胎を括った。 |
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