Goodnight baby… |
「ザンザスは9代目の元へ向かった筈だ!!A判は至急本部へ向かえ、B班は待機!本部への連絡を絶えず試みろ!」 門外顧問組織CEDEFは、荒れに荒れていた。 家光自身ザンザスのクーデターは予期してはいたものの、その予想以上の迅速な作戦によって本部とCEDEFとの連絡に支障をきたしていたのだ。 甘かった。 そう言わざるを得ない状況。 家光は小さく舌打ちをすると、動揺する部下の胸倉をつかんだ。 「グズグズするな、さっさと行け!」 「はっはい!」 家光は走り去る部下の背を見送ると、自分も車のある地下車庫へと急いだ。 階段がやけに長く感じる。 家光は締めていたネクタイを乱暴に引き抜いた。 いつかは来ると思っていたこの日ではある。 しかし、こんなに早く、しかもまるで気配もなく事が起ころうとは思っても見なかった。 家光はボンゴレ内部の至る所に綿密な情報の糸は張り巡らせていた。 情報はどんなアクションであろうとCEDEFの元へ入るようにしていたはずだ。 精鋭部隊のCEDEFならそれが出来る。 逆に言えばそれが出来なければ内部監視組織でもあるCEDEFたる意味がないのだ。 それが、何のアクションもなく、何の情報も得られることなく、ザンザスによって本部が襲撃されている。 何者かの手引きがあったことは間違いない。 しかし、CEDEFの監視を潜り抜け情報を操作する、そんな事が出来る人物がいるだろうか。 そこまで考えたとき即座に、家光の脳裏に一人の人物が浮かんだ。 このCEDEFを手玉に取ることが出来るような人物など一人しかいない。 「……か」 家光はハンドルを握りながら苦しげに呟いた。 まさか、という思いがあった。 は曲がりなりにも機関で組織への忠誠を叩き込まれている。 加えての9代目への信頼に関しては、家光もそれを認めていた。 だからこそ、家光はに主任補佐の任務を与えたのだ。 9代目を慕っていた、あの姿は嘘だったのか? 否、そうではないだろう。 では、なぜ? 家光は思いを振り払うかのように荒々しくハンドルを切った。 「……ッ!!」 カーブを曲がった瞬間、眼に飛び込んできたのはいく筋もの黒煙。 家光は舌打ちとともに思い切りブレーキを踏んだ。 ブレーキの摩擦熱でタイヤの焦げた匂いがツンと家光の鼻を突く。 家光は転がるようにして車から飛び降りた。 車の陰に隠れ周囲を伺う。 倒れているのは、本部へ向かった部下たちであった。 「……待ち伏せか」 「ああ。悪いがあんた達には一箇所に集まってもらった」 不意に、この光景に不自然なほど落ち着いた声が響いた。 冷たい、氷のような熱を持った感情の塊がそこにある。 家光は黒煙の先に目を凝らした。 スゥと風で黒煙が流される。 横倒しになった車に腰をおろし、その男――は家光を見下ろしていた。 「それぞれに無線でね、ここの入り口から突入するよう情報を流したのさ」 何の感情もなく、はそう言った。 「しかし、我々の指示は暗号で伝えられているはずだ」 「だから逆にその暗号さえ使えば、誰もアンタ以外の人物が指示を出してるとは思わないだろ」 バカな――家光は言葉を失った。 暗号自体はCEDEFの専門家が考案し、その暗号も1週間ごとに変更されている。 その暗号を利用するには期間内に暗号を解読するか、情報を盗むしかない。 どちらにせよ、この難解な暗号を解読する事や、厳重に保管されているそのデータを利用することなど不可能だ、と専門家は太鼓判を押していたはずだ。 それがいとも簡単に破られた……。 家光は改めての才能に焦りを覚えた。 「なぜだ」 家光は掠れた声でそう尋ねた。 「お前は――9代目を慕っていただろう……父のように」 は僅かにその形のいい眉を寄せると、それでもその感情を表へ出す事はしなかった。 「尊敬していた。慕ってもいた。しかし、オレが忠誠を尽くすのは9代目じゃない。10代目だ」 淡々と、はそう告げる。 「だから、アンタ達にこの先に行ってもらっちゃ困るんだ。ザンザスが9代目から時期ボンゴレを継承するまで」 「それが出来ないのはお前が一番解っているだろう!」 「ザンザスはそれを望んでいる。ザンザスがそれを望むなら、俺はそれを叶える」 ゆらり、とは音もなく立ち上がった。 立ち上る黒煙の中に佇んでいても、尚氷のように青白い壮絶なまでの美しさをたたえている。 ピンと殺気の糸が張り巡らされた。 ピリピリと、むず痒い様な緊張が家光の頬に伝わる。 「どちらにせよ、アンタにはここで眠ってもらうよ」 家光は体中の筋肉をこわばらせると、のみに意識を集中させた。 「それは出来ない相談だな」 家光の体中から熱気が迸る。 それらが身体中を覆い始めると、次の瞬間轟と爆発した。 の凍て付く様なとがった殺気と家光の燃えるような熱い殺気がぶつかり合う。 互いにジリリと間合いを計っていた。 たったの5秒が10分にも20分にも感じる長い瞬間。 ツ、と家光の額に汗が伝った。 瞬間、ボンと黒煙を上げていた一台車の爆音を切っ掛けに、互いの姿が視界から消える。 家光は神経を最大限にまで敏感にし、の気配を手繰った。 背後に現れた気配へ振り返ることなく、強烈な拳を繰り出す。 しかしその家光の攻撃は宙を掻いた。 それと同時にわき腹に鋭く熱い痛みが走る。 「……ちっ」 不意に繰り出された横からの攻撃を横っ飛びに避け、再び気配を探る。 家光のわき腹からは血が滲み出ていた。 ――今度こそ右だ 家光は銃を右方に向けると、躊躇うことなく引き金を引いた。 激しい衝撃と共にキィン、と車が弾を弾く耳障りな音が響く。 ――バカな! そう思った瞬間、家光は正面に現れたの銃によってこめかみをしたたかに打たれていた。 ガツンと脳の揺れる気持ちの悪い感覚が襲う。 家光は必死で吐き気をこらえた。 殺気は間違いなく右から襲ってきた。 しかしは正面から攻撃をしてきている。 あり得ない話であった。 「強い戦士ほど、戦場では目ではなく相手の戦士の気配を読んで攻撃する。だが、普段戦場で気配に頼っているやつほど、その気配に騙されちまうのさ」 冷たい声が家光に降り注ぐ。 「それをコントロールできれば戦術を考えることもたやすい」 カチリ、と冷たい銃口が家光の後頭部に押し付けられた。 「――惜しいな……それほどの才能を持っていながら、なぜザンザスに組する?」 家光は割れるように痛む額と吐き気と戦いながら、それでも口角を上げた。 「あんたには関係ない」 は鋭くそう言い放つとトリガーに指をかける。 「銃を捨てろ」 「……殺さないのか?」 家光は銃を投げ捨てると、両手を挙げた。 「アンタが10代目の候補に考えているヤツは誰だ」 そう言うことか、と家光は理解した。 「言うと思うか?」 「言わなきゃ死ぬ」 「言っても死ぬだろう」 「言って楽に死ぬか、言わずに苦しんで死ぬか」 「……息子さ」 「何?」 「俺が候補に考えてるのは、まだ5歳の俺の息子だ」 家光の答えには瞬き一回分ほどの、言葉どおり瞬く間だけ動揺を見せた。 その瞬間を、家光は見逃さない。 目に見えぬかと言う速さで袖口から超小型の爆弾を取り出し、黒煙の中に放り込んだ。 「しまっ……!」 瞬時に受身を取ったと同時に地響きがするような破裂音と轟音が辺りを包む。 は爆風で5メートルほど後方へと弾き飛ばされ、フロントガラスの上に投げ出された。 ガラスの砕ける音が聞こえるのと同時に、左肩とわき腹に鈍い痛みが走る。 「……ちっ」 爆風によって飛ばされた歪な金属の破片がざっくりと突き刺さっていた。 はそれらを無造作に引き抜くと、溢れ出た血を止めることも無くそれを投げ捨てる。 ――5歳の息子だと? あれは自分の隙をつく為の嘘だろうか。 は頭を振った。 土埃でけぶる中、家光の姿を探す。 あの怪我で爆風をもろに受けたのだ、無事では無いだろうが生きていれば厄介な相手だ。 「……直撃か」 その姿は爆風に煽られた車の下にあった。 もう、生きてはいまい……。 は荒い吐息を出すと、館へと踵を返した。 屋敷内の雑魚は総てスクアーロとザンザス自身が片付けていた。 累々と、本部の床を元は人だったものの塊が投げ出されている。 はそれらを飛び越しながら、ザンザスの元へと駆けた。 厄介だったイエミツの方は何とかなった。 次は9代目だ。 9代目はザンザスが思うより、ザンザスを愛している。 その事をは知っていた。 知っていたが故にザンザス自身を9代目の元へと向かわせたのだ。 穏健派の彼であれば滅多にザンザスを己の手にかけることはしまい。 しかし、たった一つ使わせてはならない技がある。 このクーデターが本部に致命傷を与えそうになれば、9代目はやむなくその技を使うだろう。 ザンザスを殺さずに捕らえる方法。 「死ぬ気の炎、初代エディション」とでも名付けられるそれ。 は先を急いだ。 「……!!」 「……」 9代目とザンザスの声にドキリ、との心臓が高鳴る。 スクアーロは既に膝を折っていた。 棍を振り上げた9代目の両腕には死ぬ気の炎が揺らめいている。 ――まずい! 「ザンザス!!」 は思わず声を上げた。 「……何しにきやがった!」 その瞬間、9代目の棍がザンザスへと振り落とされる。 「ちぃっ!」 を振り返ったザンザスは9代目の攻撃に僅かに遅れをとった。 棍がザンザスの肩口を打ちつける瞬間、その棍をザンザスの前に飛び込んだの左腕が受け止める。 ゴキリ、と骨の砕ける嫌な音が響き、その左腕はそのまま瞬時に凍て付く氷に包まれた。 「!」 は痛みに顔をゆがませると、そのまま9代目へと銃口を向ける。 「ザンザスッ……!9代目に直接触れては駄目だ……!」 9代目は苦しげに顔を歪ませると、熱を帯びた銃の熱さを物ともせずの銃口を素手で掴んだ。 ビキッという音と共にの右半身が凍り付いていく。 「ザンザ……ス……この技は……受けちゃ駄……目……」 そこまで言った所で、の心臓が凍て付き始めた。 「……なんだ?!おい、クソ親父何をしたぁ!!!」 ザンザスは倒れこむの腰を支えると、9代目に吼えた。 の身体は熱を失ったように冷たい。 その熱は本来の氷のソレではなく、不自然な、人間界の熱とはかけ離れたような冷たさだった。 冷たい、が冷たくない。 まるで人形を抱いているような不自然な体温。 「こ…の技……時…止める……初代…技……。受け……い…け…な……」 そこでの唇は完全に音を発しなくなった。 最後に、唇の形だけが「ザンザス」と動いたかのように見える。 「何言ってやがる、カス!おい、目を開けやがれ……!」 ザンザスはごく僅かに震える腕を感じ、初めて自分が動揺していることに気がついた。 怒り以外の感情が無かった自分。 その自分が他人のことで動揺している。 「……クソジジイ!!なにをしやがったぁぁ!!!」 ザンザスの感情が爆発したように、殺気が体中から溢れ出る。 まるで部屋中……いや屋敷中が赤く燃えているかのようだった。 「は死んではいないよ、ザンザス……。今なら、彼をちゃんと戻すことも出来る。だから……大人しくするんだ、今ならまだ……」 「うるせぇぇ!!!」 まるで龍の咆哮のような激しい叫び声が響き渡る。 「ザンザス……」 9代目はその瞳を苦しげに細めると、再びその手に死ぬ気の炎を灯した。 「殺してやるぞ、クソジジイィ!!!かっ消えろ!!」 「許せ、ザンザス……!皆すまん……やはりワシには……!」 |
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