COOL 〜Episode 1〜 <天邪鬼10のお題より> |
01. 大嫌い 段々と日が短くなり、朝晩は涼しい風が吹くようになった。 ほんの少し前まではまぶしい光の中あんなに青々と茂っていた若葉も、今や柔らかく紅く色づき始めている。 秋めいてきたな、と雲雀は読んでいた大層高価そうな革表紙の本から視線を離した。 その本は表題が金色の箔の英語で書かれていて、大層分厚い。 は痺れた腕を離して、反対の手で本を支えながら小さく伸びをした。 とたんに出る小さなくしゃみ。 は忌々しげにグズつく鼻をティッシュで押さえると、視線をこの状況の元凶である上方にやった。 窓の外の庭はふんわりと秋の香りが漂っているというのに、雲雀家のクーラーは未だに忙しげに冷たい空気を吐き続けている。 ふわりとクーラーの風がの栗色の柔らかな毛を揺らし、スウっと首筋を撫でるような肌寒さを感じは本に栞を挟むと、隣で平然と半袖で書類をめくる雲雀恭弥……自分の正真正銘血の繋がった兄をじろりとねめつけた。 恭弥はの視線にも気を取られることなく、顔色一つ変えずぱらりと一定のタイミングで書類をめくる。 はその形の良い眉を潜めると、一向に気がつく事のない恭弥へ溜息をついた。 「ねえ、恭弥、ボク寒いんだけど?」 「僕は寒くない」 あっさりと言われた取り付く島もない否定を表す答えに、は再び盛大に溜息をついた。 「ボクは寒いの。いいからリモコン貸してよ」 「そうしたら僕が暑くなるでしょ。嫌だね」 視線を合わすこともなく、恭弥は自分の隣にリモコンを置いたままで平然と書類をめくり続ける。 「貸してってば」 「嫌だ」 ぱらり、と書類をめくる音だけが響いた。 「……最低。やっぱり大嫌いだ」 軽く舌打ちをすると、はそう呟いた。 02. ありがた迷惑 は再び盛大に溜息をつくと、革装本を小脇に抱え徐にソファから立ち上がった。 「……どこ行くの」 書類にボールペンを走らせながら、恭弥は何気なく口にする。 「部屋だよ。こんな寒いところいられない」 は嫌味たっぷりに肩を竦めると、さらにこの部屋の温度が下がるような台詞をはき捨て、踵を返してリビングのドアに向かった。 「筋肉が足りないんじゃない?」 「おあいにく様、これでもしっかりテニス部のレギュラーだよ」 振り返ることなく早足で通り過ぎるの風圧で、小さな壁掛けが揺れる。 「ふぅん。でも、後5分でハウスクリーニングが来るから、君の部屋にはいられなくなるよ」 「……は?」 思わぬ言葉に、の足がピタリと止まった。 「ハウスクリーニング。キミの部屋を掃除してもらうように頼んだ」 しれっとして、恭弥はそう言う。 「なんで今日?!」 「今日君が帰ってくるなんて知らなかったから」 はその眉根を最大限に寄せると、その口をぽかんと開けたまま硬直した。 「先週、母さんには伝えたでしょ」 「そ。でも僕は聞いてない」 は軽い眩暈がして思わず額を指で撫ぜた。 母親が恭弥にの帰宅を告げないはずがない。 なぜなら、の全寮制私立中学受験を一番強固に反対したのは他でもない、恭弥だからだ。 しかし、はその恭弥の反対を押し切って中学受験をした。 もともと成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、少々難アリといえば性格だけ……というの受験は難なく合格、この辺りでは最も難関と言われる進学校へと入学した。 それもこれも横暴でうっとうしい兄、恭弥から離れる為だった。 この週末だって学校の都合で寮から追い出されさえしなければ、実家へ帰ったりしなかったのだ。 「いつも部屋を空けてるから、たまには本格的にクリーニングもいいかと思ってね」 ありがた迷惑も甚だしい――そう喉元まで出掛かっただったが、面倒くさくなってその言葉を溜息とともに吐き捨てた。 どうせ、この兄はすべて人のスケジュールを解っていて嫌がらせでやっているのだ。 はこの際無視を決め込む事に決めた。 03. ついて来るな 「……どこにいくの」 恭弥は止めたにも拘らず居間を出て行こうとする弟、に再び同じ質問を投げかけた。 「別に。どこでもいいでしょ」 はそっけなくそう答えると、ずっしりと重い本を抱えなおしながら重厚な木製の扉を開ける。 「答えないと着いていくよ」 本気でやりかねない……むしろ間違いなく本気でやるだろう恭弥の言葉に、は面倒臭げに振り返る。 「……図書館だよ、図書館」 もういいだろ、と居間の扉を閉めかかったの手を、素早く立ち上がり間を詰めていた恭弥が掴んだ。 「ちょうど良かった、僕もちょうど並中に用があったんだ。一緒に行くよ」 「なんで一緒なんだよ」 「途中まで方向が一緒だから。つべこべ言わないでよ」 そういうと、恭弥は持っていた書類と共に、の本を軽々と取り上げて小脇に抱えた。 ――しまった、本を質に取られた。 は無言で眉根を寄せる。 なぜ、この兄はこう自分に執着……というより干渉をしてくるのか、には皆目検討がつかない。 クラスメートの兄弟でも、マイノリティ甚だしい。 大抵中学に上がった時点で男兄弟同士などお互い不干渉になるものだ、というのが大抵の意見だ。 自身もそう思うし、またそうであって欲しいと思う。 「……並中までだよ。そこから先はついてこないでよね」 は諦めたようにそう答えると、足早に玄関まで急ぐ。 休日にまで書類をこなしていると言うことは、恭弥は本当に並中に用があるのだろう。 通っていないにはその良さはちっとも解らないが、並中命の恭弥は休日でも並中に入り浸っている。 きっと並中まで行けば流石に別れる事が出来るはずだ。 は寮へと帰宅が許される夕方8時まで、長めのカウントダウンをする事に決めた。 ** ** ** ** お待たせしました、やっとアンケート夢の雲雀恭弥弟設定夢をお届けする事が出来ました。 なんだか物凄く難産でした。 それもコレも主人公を当初から暖めていた、「雲雀恭弥に負けないオレ様君」にしたからでしょうか……。 このお話はもう少しだけ続きます。 お付き合いいただければ幸いです。 朝比奈歩 お題配布元「冤罪」様 http://love.meganebu.com/~rosequaiz/ |
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