X-炎 Episode-0 前編  隠し弾2 X-炎 外伝

9月13日 PM10:00

「……ハッ!まったく、抜け目の無いやろうだな、てめぇは」
ザンザスはそういうと、ウイスキーの注がれたグラスを悠々と揺らした。
その上品な琥珀色をした液体は、グラスの中を優雅に踊る。
この夜のザンザスは、この上なく上機嫌だった。
8年もの永い間眠らされ続けていた彼が、目覚めてはじめて見せた至極愉快そうな壮絶な笑顔。
そんな彼の横顔を見つめながら、は笑顔で、それでも冷静に頭の中の計画を反芻していた。
「まあ、小物は小物なりに使い道があるさ」
はそういうと、ふっと吐息をつく。
8年前のあの日、彼の裏切りは予測できていた。
しかし、ザンザス達はそれを捨て置いた。
彼が裏切らずともイエミツら門外顧問チームがすぐさま異変に気づくだろうことは想像に易かったし、実際、彼らはすぐさま異変に気がつき手を打ってきた。
さらにはもう一つ、彼には一つの役割を演じてもらう必要もあった。
彼の使い道……8年前のそれは、ザンザスと以外のヴァリアーのメンバーの保護だ。
最悪の事態を想定し、が何らかの形で彼らから離れなくてはならなくなった場合――恐らく、それは死だろうと思っていたが――他の誰かがヴァリアーの存続に手を回さなくてはならない。
そうしなくてはスクアーロに宛てたザンザス復活の指示も全て無駄になってしまう。
冷静で穏健派を口外するオッタビオは立場上、ヴァリアーのメンバーを擁護せざるを得ない。
それこまで考えた上で、所詮は利己的な小物だと泳がせておいたのは他ならぬ自身であった。
そして、今回の彼の使い道――。
それは、ザンザスとヴァリアー復活の布石。
8年間、甘い汁を吸い続けていたのだ。
このくらい働いてもらわないと泳がせていた甲斐がないな、などとは喉の奥で笑った。
「で、オッタビオが軍の武器を横流ししてやがったってのは、本当なんだな?」
ザンザスは愉快そうに笑いながら、に質す。
「オレが、情報戦でオッタビオ如きに遅れをとるとでも?」
その答えは至極冷淡。
「……てめぇに限ってそれはねぇな」
の言葉に満足そうに笑うと、ザンザスは勢いよくグラスをあおった。
「クッ……ハハハハッ!そりゃ正におあつらえ向きだな。何も、いいチャンスが来るまで指をくわえて大人しく待っている必要は無ぇ。チャンスがなければ作るまでだ……!オレにはそれが出来る!カスどもと違ってなっ!」
他を寄せ付けないそのいっそ美しくすら見えるザンザスの孤高の眼差しに、は瞬き一度分ほど間見惚れた。
そして、ゆっくりと視線をはがす。
「……ああ、お前になら出来るさ」
はマレ・ディアボラ島の見取り図を眺めながら、そう独り言ちた。


9月14日 PM6:00

「……どういうことだ?」
オッタビオはその端整な眉を僅かに顰め、パソコンのディスプレイを見つめていた。
送り主は軍の武器を取り扱っている軍人であり……オッタビオの密通取引の相手でもあった。
「横流しがばれただと?……そんなはずは無い」
オッタビオはその神経質そうな指で眼鏡の位置を直すと、その手を顎の下で組んだ。
取引の仕方は万全の体制で自分で指示をしてきた。
武器の受け渡しは勿論、金の受け渡しや名義、その他諸々にも細心の注意を払ってきたはずだ。
それが何故……。
オッタビオは大きく溜息をついた。
全く、面倒なことになったものだ。
しかし、とオッタビオはすぐに思考を切り替える。
何かがあったとき、いつでも切り落とせる準備はしていた。
当然のことながら、オッタビオは自分の名前や姿、立場などを相手にさらすようなへまはしていない。
下手を打ったのは彼らだ。
あとは知らぬ存ぜぬを通せば良いだけのこと。
彼らが罰せられようが報復を受けようが、オッタビオの知ったことではない。
必要なものはもう手に入れたのだ。
オッタビオは狡猾な笑みを浮かべると、メールウインドウを閉じた。
「後は勝手に死んでくれ」
その顔は、数年前9代目の寵愛を得たときの笑顔に酷似していた。


「やっぱり、見殺しにしやがるか」
映し出されたオッタビオの映像を見ながら当然の如くがそう零すと、やはりザンザスも当然のように笑う。
「ハッ!まったくカスらしい答えだ」
全く持って予想通りの動き。
一時はヴァリアーの副隊長まで勤めた男だ、なにか予想外のことでもして来ることもあるかと思ったが、その予想は裏切られた。
やはり所詮は小物だという事だ。
失望したようにオッタビオの写真を投げ捨てると、はソファに深くもたれかかった。
「それじゃ……次は計画通りプランBを始動する」
は久々に感じるこの退屈さに、欠伸を一つかみ殺した。


9月16日 AM2:00

「……どういうことだ!!」
オッタビオの眼にギラリと憎悪の光が灯る。
薄暗い部屋にディスプレイの光が冴え冴えと揺らめき、オッタビオの顔色をいつになく蒼白に見せていた。
――『モスカの研究レポートに最新版がある』
そう、再度助けを求める彼らからのメールには書かれていた。
勿論、窮地に立たされた彼らのハッタリ、という可能性もある。
しかし、これが事実であれば、またモスカの研究は更に一歩進むことになるのだ。
どうにか、彼らを消しレポートだけを手に入れることは出来ないか。
オッタビオは頭を抱えた。
唯でさえ、今日はボンゴレファミリーにとって大切な懇親パーティを任されている。
ここ数日は睡眠時間も無い程、オッタビオはこのパーティの為に駆けずり回っていた。
このパーティを成功させることはボンゴレ内部の評価を確立することだけにとどまらず、同盟ファミリーに顔を覚えてもらう千載一遇のチャンスなのだ。
こんな、軍人崩れ如きに関わりあっている暇は無い。
オッタビオは覚悟を決めた。

『解りました、取引しましょう。そのレポートを持って例の時間に例の集合場所まで来ていただければ、あなた方の身柄を保護します――』

オッタビオの指は流れるようにキーボードを叩きそう文章を紡ぐと、静かに立ち上がりコートを手に立ち上がる。
勿論、彼らを生かして返す気など無い。
レポートを手に入れ彼らを消す方法……それには、アレを動かす他に方法はない。
オッタビオは静かに地下の私設研究室へと足を向けた。

9月16日 PM8:45

「ハハッ!物凄いイラだってるな、オッタビオのヤツ」
は可笑しそうに笑うと、覗いていた双眼鏡を置きその唇を舐めた。
「そりゃそうだ。取引を持ちかけてきた当事者が現れないんだから、イライラもするさ」
の言葉に、マーモンは淡々と答える。
秋とはいえ、夜気を帯びた風が頬を撫で上げればひんやりと感じる。
今夜は彼にとってもボンゴレにとっても、賓客を招いたパーティが行われる日だ。
その総責任者が不在などという事態は、すなわちオッタビオの失脚を意味する。
パーティの時間は近づいてくる、大切なレポートを持った取引相手は現れない……オッタビオのイライラは頂点に達していた。
この待ち合わせ場所からマレ・ディアボラ島までは車で15分の距離だ。
「さぁて……そろそろかな」
が腕時計で時間を確認すると、マーモンは無言で頷いた。
『たっ……大変です、オッタビオ様――っ!!!』
突如としてオッタビオの部下の悲痛な声が、降り始めた闇を切り裂くようにして響く。
「なんだ、騒々しい!」
オッタビオは苛々を隠さず、スピーカーにしていた車の無線機へと返事をした。
『大変です……パーティ会場が……マレ・ディアボラ島が……!』
「だから、どうしたというんだ!?」
『ゲリラ達に、襲撃されました……!』
オッタビオの手から、無線機が滑り落ちる。
――何だと……?
オッタビオの頭は混乱を極めた。
――まさか……。
オッタビオの背筋に、冷たい汗が滑り落ちる。
もしや、あの軍人達が自分を欺いて、強硬手段に出たのか。
彼らの中にそれほど頭の回る物がいるとは考えにくいが、タイミング的に見てそれ以外考えられない。
オッタビオは転がるようにして車に乗り込むと、連れて来ていた精鋭の部下を叱咤しマレ・ディアボラ島へと車を急発進させた。
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